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WFP2024年9月号 感想

バーチャル詰将棋作家の駒井めいです。
Web Fairy Paradise 2024年9月号(第195号)の感想を書いていきます。


1.はじめに 最近の話題

(p.2)

誌面の話題を初めて知った方は、下記のリンクをご覧ください。

仲平さんとは何者なのか…その謎を探るべく我々はアマゾンの奥地に…

2.ルール細則の変更2つ

(pp.3-5)

「ボカスカ」と「All-in-Shogi」の細則を変更したという内容です。

2.1 ボカスカ

ボカスカは盤上の対象駒(同じ種類の味方駒)を着手する際に、対象駒全てを同じ方向に動かす制約を課すルールです。
ただ、移動距離については少し条件が緩いです。
基本的に対象駒全てを距離 L 動かしますが、とある理由で距離 L 移動できない駒は、L 未満の最長移動距離 x で動かせばよいです。
x=0 の場合がやや特殊で、本来そのような動きができない駒でも、「動かせなかった」という扱いで許容されます。
移動距離は「可能な限り揃える」のが基本思想です。

L 未満の移動が許される条件は、仮想的に L 動いたときに盤の端や他の駒と干渉して、「物理的に移動が不可能」と判断できる場合です。
仮想的に L 動いたときに「王手放置」や「行き所のない駒」などの禁手になる場合は、L 未満の移動が許されず、着手全体が禁手と扱われます。
この条件に関する取り決めはルールに明記されていないので、細則を追記する必要があるかもしれません。

ここまで盤上の駒を動かす場合について述べてきましたが、誌面で書かれた変更は持駒から打つ場合についてです。
駒台にある対象駒(同じ種類の味方駒)を着手する際、対象駒全てを同じ方向、つまり「同じ地点に打つ」とするのが自然な拡張でしょう。
ただ、対象駒が複数枚あったとき、打った駒が重なって結局1枚しか打てない結果になります。
それではボカスカの面白さが出ないので、持駒から打つ場合は対象駒それぞれを任意の方向、つまり任意の地点に打てる規則にしています。

前置きが長くなりましたが、「対象駒のうち打てない駒が出た場合はどうするか?」というのが誌面の内容です。
非標準駒数や全ボカスカ(WFP第193号「ボカスカルールの拡張」を参照)などで容易に起こり得ます。
盤上の駒を動かす場合の規則に合わせるなら、以下のようになるでしょう。

・行き所のない駒などの禁手になる駒が生じた場合は、着手全体が禁手になる。
・他の駒で埋まっていて、着手可能な地点が物理的に存在しない場合、打たない駒があってもよい。

ただ、こうしてしまうと流石にルールとして不都合が多いです。
例えば、全ボカスカで受方の駒台に歩が10枚以上あったら、受方は二歩の反則により歩を1枚も打てないことになります。
歩の扱いを緩和した全ボカスカにおいて、歩が使い物にならないのでは流石に問題です。
従って、誌面に書かれているような細則変更に至るわけです。

盤面の駒を動かす場合と、駒台から盤面に駒を打つ場合で、若干異なる規則になるのは、ルールとして複雑さが残る印象を受けます。
しかし、考えれば考えるほど仕方がないように思えます。
何か妙案があれば、筆者の神無七郎さんにご連絡ください。

ちなみに、誌面で触れられている「fmbsk.exe」は、Onsite Fairy Mateでダウンロードできます。

2.1 All-in-Shogi

下記は現行のAll-in-Shogiルールの細則4です。

4) 自玉を取らせる手は反則。

All-in-Shogiルールの細則4(現行)

All-in-Shogiは相手の駒も着手できるルールです。
細則4は「相手駒で自玉を取らせてはダメ」という取り決めです。
何故ダメなのかというと王手放置禁が関係しています。
王手放置禁は「相手駒が自玉に取りを掛けている状況を放置してはダメ」というルールです。
この状況を禁じている以上、「相手駒で自玉を取らせるのはセーフ」とするのは辻褄が合わないのです。

細則4が王手放置禁の延長にあると捉えると、「王手放置が許されている状況では?」という疑問が生じます。
「複玉」というルールでは特定の条件で王手放置が可能です。
「王手放置をしてもOK」という状況なら、「自玉を取らせる手もOK」としないと逆におかしなことになります。

4) 複玉以外で手番側の玉を取らせる手は反則。複玉の場合でも手番側の玉が0枚になる手は反則。

All-in-Shogiルールの細則4(変更後)

ちなみに、複玉はWFP第172号「玉が増える詰将棋」(pp.3-4)で提案されたルールです。
WFP第175号「複玉での玉取りの仕様」(pp.3-4)でも言及されています。
現行ルールの内容を知りたい方は、Web Fairy ParadiseのHPにある「WFP作品展登場ルールのまとめ」をご覧ください。

3.今月の手筋

(p.17, 55)

今月のテーマは「原形転」。
普通の詰将棋でも「邪魔駒の原形消去」という手筋があり、「特定の駒(邪魔駒)を消去しただけの局面を作る」ことを意味しています。
「原形消去」に倣って「原形成」という手筋が、過去に同じコーナーで紹介されています(WFP第179号 p.36,107)。

今回の「原形転」は「特定の駒を所属変更しただけの局面を作る」ことを意味しています。
ここでいう「所属」とは「攻方・受方のどちらに所属している駒なのか?」という意味です。

この「原形転」を狙いとした作品は過去にもあります。
ただ、用語がなかったため、テーマとしての認識は薄かったです。
用語が与えられたことで、更なる発展が期待されます。

4.「第61回神無一族の氾濫」投稿作品募集

(p.18)

「神無一族の氾濫」とはフェアリー詰将棋の作品展のことで、詰将棋パラダイスで半年に一度の頻度で開催されています。
元々はフェアリー詰将棋の愛好家グループである「神無一族」の作品を発表する催しでした。
しかし、今では神無一族以外の作家からも作品を募集しています。
有難いことに、私も過去に二回ほど作品を掲載していただきました。
メンバーの一人である神無七郎さんが運営するOnsite Fairy Mateに、過去の原稿が再録されています。

5.第163回WFP作品展結果

(pp.19-42)

WFP作品展鑑賞室:https://k7ro.sakura.ne.jp/wfp/EnjoyWFP.html

163-1 占魚亭作

攻方をステイルメイトにしようとして、攻方王が詰んでいるように見えるのが面白いところ。
点鏡と協力自玉ステイルメイトの組み合わせで生まれた味です。

163-2 springs作

受方の手番ならステイルメイト達成ですが、初形は攻方手番です。
例えば攻方31黄が本当の横行だったら、初手で41の地点に動かすなどの手待ちで受方がステイルメイトになります。
ただ、攻方31黄・23艮はどちらも利きが調整されていて、配置を保ったまま手番を渡すことができません。
攻方はこの好条件を壊さなければなりません。

局面を壊した結果何が起こるかというと、なんと繰り返し手順が現れます。
攻方から見て配置が下にシフトします。
この明瞭な配置シフトを支えているのはライフルルール。
居食い(駒の位置を変えずに他の駒を取ること)の性質が存分に活かされています。
このライフルルールの使い方はとても興味深いです。

163-4 真T作

打歩ルールがあるので、最終手は受方歩王(あるいはと王)の頭に歩を打つ着手です。
詰ますためにはその歩を支える駒が必要で、盤面の攻方歩を成ってと金を作ることになるでしょう。
攻方は19歩を突いていきたいわけです。

ただ、その間に受方が何を指すかが問題。
受方は11歩王を動かすしかありません。

そうすると攻方歩と受方歩王が途中で衝突することになり、非王手ルールに抵触します。
これを避けるために受方歩王と攻方歩の足並みを揃える必要があります。
攻方はひらすらZeroで手待ちをして、その間に受方は歩王を成ることで逆向きに動けるようにします。

受方は詰みに協力するにもかかわらず、歩王をパワーアップさせる展開になるのはなんとも不思議です。
このパラドキシカルな展開が、実にシンプルな理屈で成立しているのは驚愕です。

163-5 神無太郎作

ポイントは受方22銀を設置すること。
攻方王で取るとキルケの効果で受方銀が31の地点に再生して、攻方王に王手が掛かります。
つまり、受方銀は自分で自分に紐を付けている状態です。

ただ、受方22銀を設置しただけでは攻方12王に王手が掛かっていませんし、21王と逃げることもできます。
そこで点鏡の出番。
受方22銀を玉の利きに変化させます。

面白いのが2手目87玉と8手目同玉/99香の局面比較。
受方22銀を追加しただけの局面に変化しています。
これによって受方22銀の設置が強調されています。

163-6 さつき作

初手67香の意味付けが素晴らしい作品。
これによって受方が4手目に何を指したかが判別できます。
4手目が同角成なら「詰み」、同角生なら「(詰みではない)王手」の情報が攻方に渡ります。
同じ王手情報でも「詰んでいる王手」と「詰んでいない王手」の二種類があるわけです。
攻方がわざと詰まされ得る状況を作るとは驚愕の戦略です。

163-7 三角淳作

1手目94銀成~4手目同玉は必然の進行。
攻方取禁は余詰消しに使われることもありますが、本作は攻方取禁を積極的に活かした手順なのが良いです。

受方玉を67の地点に動かし、攻方97銀を66の地点に動かし、受方57銀を68の地点に成らせて、攻方47金を57の地点に動かして詰まします。
構造は複雑ですが、順番に説明していきます。

攻方97銀を66の地点に動かすにはどうしたらよいでしょうか。
絶対に必要になるのが受方66金を退かすこと。
受方66金を退かすのに、受方玉を75の地点に動かして、攻方が76歩と指すことになります。
そうすると、受方75金も退かす必要が出てきます。
受方75金を退かすのに、受方玉を84の地点に動かして、攻方が85歩と指すことになります。
そうすると、攻方85角・88歩を消去する必要があります。
まとめると、攻方97銀を66の地点に動かすのに、少なくとも受方66金・受方75金・攻方85角・攻方88歩が邪魔になっているという構造です。

最終手で攻方47金を57の地点に動かすにはどうしたらよいでしょうか。
絶対に必要になるのが受方57銀を退かすこと。
受方57銀を退かすのに、受方玉を67の地点に動かして、攻方が68歩と指すことになります。
そうすると、受方68とも退かす必要が出てきます。
受方68とを退かすのに、受方玉を77の地点に動かして、攻方が78歩と指すことになります。
そうすると、受方77と・78とも退かす必要が出てきます。
受方77とを退かすのに、受方玉を86の地点に動かして、攻方が87歩と指すことになります。
そうすると、受方86と・87とも退かす必要が出てきます。
まとめると、攻方47銀を57の地点に動かすのに、少なくとも受方57銀・68と・77と・78と・86と・87とが邪魔になっているという構造です。

最も重要なのが初形の受方86との位置。
攻方が受方87とを動かすときは、受方86とは86の地点にいて構いません。
ただ、攻方が受方77とを動かすときは、受方86とは86の地点にいるとダメです。
更に、王手で手を繋げていくのにも、初形の受方86とを位置調整する必要が出てきます。
結果として、初形の受方86とは3回も動いています。

連鎖的な構造になっていて理解するのが難しいですが、じっくり見てみると非常に緻密に作られていることが分かります。

163-8 たくぼん作

連続詰なので指すのは攻方だけです。
通常は受方駒が動くことはありえませんが、PWCルールと組み合わせることで可能になっています。
連続詰とPWCはとても魅力的な組み合わせに感じます。

成禁ルールがあるので、目指すべき詰上りは攻方88銀・受方99玉・受方89銀・受方98銀の形に決まります。
「どう進めればその形を作れるか?」が本作に課せられた問題です。

攻方から見て受方銀を左に輸送するには、攻方銀で左から取る必要があります。
2枚の受方銀を斜めに並べて、連続で取っていくのが効率的です。
ただ、2枚の受方銀は斜めに進んでいくので、左に真っすぐ進めるには取り方を調整して、受方銀の並びを90度回転させる必要があります。
その結果、攻方銀1枚・受方銀2枚のユニットが、特徴的なパターンを描きながら進行していくわけです。
受方銀を輸送するためとは言え、攻方銀が左に進んでから右に戻るのを繰り返す様子はなんとも味わい深いです。

163-9 上谷直希作

出題図は攻方が21馬か21龍と指して詰むので余詰があります。
何か駒を1枚足して完全作にするのが本作に課せられた課題です。

「4解」にできるところをあえて「2解+2解」の形式にしているので、どうしても不自然な印象が拭えません。
ただ、ある意味作者が「この作品はこう見るんですよ」とレールを敷いているので、狙いがより強調されるメリットも大きいです。

要はチェス・プロブレムにおけるHOTF(Helpmate of the future)の考え方を取り入れた作品です。

詰将棋(フェアリーを含む)だと、複数解やツイン自体が異質な考え方です。
本作のように「2解+2解」の形式にする方が、実情に合っているかもしれません。

普通の詰将棋は作意・変化・紛れ、協力詰でも作意・紛れから構成され、多層的な手順構造で狙いを表現する文化が全くないわけではありません。
もし詰将棋らしい多層表現が見出されれば、一気に流行するかもしれません。

163-10 さんじろう作

駒4枚の並びを作ってから、それを崩していくのがネコネコらしい展開です。
全着手桂なのも狙いをより際立たせています。

163-11 るかなん作

最終形から中立55玉を逃げようと思ったら、46の地点(Roseが利いている)を除く周囲7マスに逃げられそうです。
攻方駒が利いているわけでもないのに何故逃げられないかというと、既にその局面を経験しているからです。
千日手禁(同一局面2回で千日手)を利用した特殊な退路封鎖です。
しかも7マスも封鎖しているのがなんとも驚異的です。

これがたったの3枚で成立しているのは、Roseと中立玉のおかげです。
Roseは盤面の様々な地点に利きを持ちますが、その分布は離散的です。
これに中立玉を組み合わせることで、攻方が中立玉をRoseの利きに動かして王手を掛け、受方が中立玉を55の地点の周囲に逃がすことで、効率的に局面を経験させられるわけです。

攻方77歩を配置しているのが惜しいと感じる人もいるでしょう。
ただ、私としてはこれほど凄い狙いが、歩1枚の追加だけで済んでいることに驚きを隠せません。
Rose+中立玉の組み合わせを思い付いた作者は、控えめに言って天才的と言えます。

163-12 上田吉一作

攻方は飛車を使って受方89とを95の地点まで動かします。
そのために初形の攻方35飛を攻方の持駒にする必要があります。
ただ、27手目83歩~44手目93玉で見られるように、攻方は飛車を入手するのに歩5枚を消費します。
従って、攻方飛を捨てて受方とを動かす手順を繰り返すには、攻方が攻方飛を捨てたときに歩を5枚持っている必要があります。

どうやって歩を入手するかというと、47手目12飛のような最遠打。
受方に連続で歩合をさせれば、攻方は歩を6枚入手できます。
「歩5枚消費 → 飛1枚入手・消費 → 歩6枚入手」という流れになるので、27手目83歩~62手目同玉の手順で、攻方の持駒に歩が1枚増える計算になります。
これだけ手数をかけて歩を1枚入手するのは、まさに長編趣向作らしい回りくどさです。
攻方は歩を5枚貯めたところで、ようやく9筋に飛車を捨てられます。

更に驚きなのは、攻方が9筋に飛車を捨てると状況がリセットされること。
再び歩を5枚貯める手順を踏まなければなりません。
これによって854手という長手数が実現されているわけです。
完全作にするために多くのフェアリー要素を使っていますが、それを加味してもとても素晴らしい作品です。

話は逸れますが、長編詰将棋の魅力が語られた動画があるので、この機会に紹介しておきます。

6.協力詰・協力自玉詰 解付き #28

(pp.62-65)

私の担当コーナーです。

28-1 せら作

独特な雰囲気を持つ4解作品です。
複数解やツインのような複数手順を用いた表現は、手順間の対照性を重視して作ることが多いです。
本作は手順間の同一感が強く、絶妙な匙加減で差異が盛り込まれています。
複数解やツインはチェス・プロブレムから持ち込まれた形式ですが、チェス・プロブレム的な価値観から脱却した表現を採用している意味でも、とても価値の高い作品です。

7.フェアリー版くるくる作品展10

(pp.66-68)

くるくる10-1 若林作

本作に限らず、今回出題された作品は全てZeroと安南を組み合わせた作品です。
7手目23角”居成”が驚きの一手。
攻方23角はZeroの利きに変わっているだけで、Zeroそのものに変わっているわけではないのがポイントです。
角から馬に成れるという角が持つ性質は残っているのです。
他の例として、安南によって玉の利きが変化しても、玉属性を維持しているのもそうでしょう。
言われてみれば「確かに」と思いますが、実に斬新なアイデアです。