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表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬を読んで


 読書感想文を書くのはとても久しぶりのことで、わくわくしている。小学生の頃、窓際のトットちゃんを読んで感動して、二年連続で感想文を出したら先生にたしなめられたことを思い出した。私は今でも誰かの人生の欠片を少し見せてもらえるような本が大好きだ。

 子供の頃、自分は何故子ども扱いされるのだろうと思っていた。もうなんでもわかるのに、大人と同じなのに、と憤慨していた。中学校、高校では空いた時間はほとんど図書館にいた。本を読むことで世界を広げていくような感覚があった。本のおかげで自分がいかに子供で、何も知らないちっぽけな者なのかということを知っていった気がする。

 本を読むということは縁だと思う。一生かけても読み切れない量の本が、本棚に並んでいて、背表紙を見る、平積みにされている本の帯を読む、本屋さんが書いてくれているポップを読む、時にはえいっと直感で手に取る。その本を読む時の自分の状況、考え方、その時々で選ぶ本も読了後の感想も変わる。私は2020年の10月に若林正恭さんの著書、『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』に出会った。

 読み始めたとき、私は若林さんに共感はできないのかもしれないと思っていた。私は田舎に住んでいて、都会で戦いながら生きる若林さんの息苦しさを、想像することはできても経験がないからだ。社会主義、民主主義について深く考えを巡らせたこともなく、そんな自分を無知だと思ったし、携帯の検索機能を使いキューバのことを調べながらでないと、若林さんの旅行に寄り添えないのが悔しかった。けれど、少しキューバについて知ることができて、読み進めていくうちに、自然と携帯を手放して旅に没頭していった。共感できないかもしれないと思っていたはずなのに、若林さんが初めてハバナの街を目にした場面では、私も街を見下ろし、その場の空気を吸っているような気持ちになっていた。あの場面で若林さんが感じていた気持ち、わかるわけないのに、わかるわかる・・・と思いながら胸をいっぱいにしていた。不思議だな、同じ境遇じゃなくてもこんな気持ちになれるのか。

 そこからはもう、歴史的にわからないことがあっても、調べることはやめて、旅行に集中した。寡黙だけど優しい通訳さん、日本人の案内役の女性、現地のあたたかい人々に出会い、私もキューバを楽しんでいた。美しいビーチに到着して、今まで白黒だった写真がカラーになった時などは、思わず自分が想像した海の美しさに涙しそうになったほどだ。こんな風に、若林さんの体験を通して、私もキューバに想いを馳せて色んなことを学んでそしてエンディングに向かうんだ、と思っていた矢先だった。

 一人で居るはずの若林さんが突然誰かと会話し始めた。自問自答のような、会話のような。私はこの会話にどこか親近感があり、心臓がドクドクと少し早まったのを感じた。じっくり読みたいのに、早くページをめくりながら読んでいく。最後の最後、若林さんの旅の本当の理由を知ることになった。若林さんは亡くなったお父さんと旅をしていたのだった。心がぐっと掴まれ、視界がぼやけた。涙をぬぐっては紙をめくる、途中から読んでいるという感覚もなくなった。若林さんの声が直接聞こえてくるようだった。油断していた。

 私の父は18年前の秋、46歳で突然亡くなった。心の拠り所だった父がいなくなった時、学校にも行けなくなっていた私を救ってくれたのは周りに強く勧められて行った、アメリカ旅行だった。旅行中ずっと私も父を想っていた。そうして心を取り戻した。けれどずっと、考えるのが怖かったことがある。父は父の人生を楽しめたのか、という疑問だ。若林さんもお父さんに、そのように問いかけていた。この本は私に一つの答えをくれた。お父さんの最後に食べたかったものはコンビニのパフェ。特別なことができなくても、幸せはいつもすぐそこにあったはずだ。私はとても安心した。父と海外旅行に行くことはできなかったけれど、日常にたくさんの思い出がある。ずっとそれを覚えていようと思う。今でも一人で父を想って泣くことがあるが、それを少し恥ずかしく思っていた。でも、そんなことないよと、この本が言ってくれたような気がした。この本を手に取って読もうと思ったのが、秋だったことにも驚いた。本を読むことはやはり縁だ。おこがましいが、若林さんがキューバに行けて本当によかったなあと、読み終わった後それを一番に思った。

随分と独りよがりな、自分語りの感想文になってしまった。本を読んで自分の中に広がった想いをとめどなく書いてしまったが、久しぶりの感想文、とても楽しかった。若林さんは本の中でとても赤裸々で、実直で、魅力的だった。もう今は変わってしまったかもしれないけれど、この情勢が落ち着いたらいつか私も、自分にとってのキューバに旅行に行きたい。

#読書の秋2020  
#表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬

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