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置き去りにされたシールと落としたエリマキトカゲ

子供の頃にふいに落としてしまったもの、つい置き去りにしてしまって失われたもの。大事にしてたけど壊れてしまったもの。

わたしはそのときの感覚がいまでも残っている。もう大人になったいまであれば、それは欲しいものでは決してない。だけどそれらは、その瞬間の自分にはとても大切なものだったり、すごく好きなものたちだった。その気持ちが高いところにある時に、自分の意思に反してふいに失くしてしまった。ちょっとした選択や状況の差異で、回収し得なかったものに対して、悲しみや後悔の念、喪失感、その時感じた心の機微が真空状態のまま残っている。その物質自体に対する所有欲はすっかりろ過されてしまっているのに、その時の感情だけがろ過されないまま残っているような感覚がある。


 小学生低学年頃のある日、土曜夜市と呼ばれる商店街の夏の縁日に家族で行った。わたしは当時、土曜夜市のことを「どよよいち」と思っていて、なんだかわからないけど人がたくさん町内から集まって確かにどよよとした市場だよなぁと納得していた。

そのどよよいちの屋台でヨーヨーやおもちゃの指輪、キャラクターのお面、それからエリマキトカゲのぬいぐるみを買ってもらった。小さな商店街ながら、端から端まで歩くと結構遠い。着慣れない浴衣や履きなれない下駄。こういった特別な行事の衣装というのは、いつも嬉しさのピークは着た瞬間で、下駄の鼻緒の部分はすぐ痛くなるし、浴衣はいつものように歩くとすぐ着崩れるし、暑さで顔は火照り、天然パーマの髪の毛はうねり、腰に入れられたタオルは暑くて、帯はキツくてお腹が苦しく、食欲はあるのに買ってもらった焼きそばはほとんど食べれなかったし、夢みたいに大きくてふわふわした白いわたあめは、ベタベタして口の中が痺れるほど甘すぎたし、すぐに湿気って嘘みたいに縮んだ。頭の中で空想した縁日のほうがずっと夜風が涼しく、着飾ったわたしは可愛らしく、家族はゴリゴリの岡山弁などではない美しい言葉で優しく話しかけてくれ、思うように事は運び、夏の匂いが感じられた。それでもこうした非日常の中、いつもは家にいる時間にみんなで夜に出掛けて、おまけに好きなものを買ってもらえるお祭りは大好きだった。


食べて、歩いて、20時を過ぎる頃にはすでに遊び疲れて眠気がピークに達していた。でも眠いといったらこのお祭りは終わってしまう。眠いことを悟られないようにしたいのだけれど、体のほうはそうもいかず、わたしはだんだん会話もままならぬほどに眠気で朦朧とし始めた。そうしてみかねた母に抱っこしてもらって帰ったようだった。次に目が覚めたときには布団の中で、すでに朝だった。

わたしは昨日買ってもらったものを、布団の上に1列に並べて眺めていた。見慣れた布団の上でみるそれらは、昨日のどよよいちの最中に見たときより少し輝きを失ったようには見えたけれど、それでも昨日の楽しさのなごりを形でみることができて満足だった。そうしているあいだにふと気づいた。
エリマキトカゲのぬいぐるみがない。

昨日の朧げな記憶を辿っていくと、母に抱っこされ朦朧としていた時までは、確かに手に握りしめていたエリマキトカゲ。次第に体が睡眠に引きずり込まれ始め、握力を失ったわたしの手からエリマキトカゲがすり抜けていく瞬間の左手の感覚が思い出された。そしてそのとき、母か父に落ちたと声をかけようとしたが、次のまばたきで瞼が開かずそのまま眠ってしまったのだった。

とても悲しかった。ここにないエリマキトカゲのぬいぐるみは、いま布団の上に並べたおもちゃたちよりも、世界中に存在するあらゆるものの中で、あれがいちばん必要なものだった気がした。

エリマキトカゲのぬいぐるみが手からすり抜けていく瞬間の感触をいまでも覚えている。


 また、ある日のこと。当時、わたしはひとつ年下の親戚の女の子と仲が良く、よくお互いの家を行き来していた。その日もうちの近所の、荒神様と呼ばれる神社の先にある公園で、一緒に遊んでいた。わたしはその数日前に買ってもらった雑誌「りぼん」の超豪華付録、りぼんのキャラクターたちが描かれた100枚のシール集という宝物を手に入れたばかりで、肌身離さずそれを持ち歩いていた。もちろんその日もそのシール集を持ち歩いて遊んでいた。
小学生女子にとってシールという大好物、さらにそれが100枚もあって、好きな漫画のイラストが描かれたものなんて、宝物にしかなり得ない。さらにそれらは1枚として同じ絵柄のものはなく、大小さまざまな形のシールが100種類も並べられてあった。可愛いから使いたいけれど、そうするとそこにシールが剥がされた空白が生まれてしまう。そうなって欲しくないジレンマに悶えながら、真新しい100枚のシールたちを、どんな特別な時に使おうかと考えてはただただ眺め、味わっていた。それでも一旦他の遊びに熱中すると、そのことは頭からすっかり抜け落ちてしまう。ひとしきり公園で遊び、そろそろ帰ろうと公園から出るときに、はっと思い出した。シール集を置き忘れてきてしまった。

普段なら親戚の子に、年上風を吹かすようなことはしたことがなかった。なぜかこの時わたしは自分で取りに行かず、その子に「滑り台のいちばん上に置き忘れてしまったみたいだから、取ってきてほしい」と取りに行かせた。「わかったー」と返事良く引き受けてくれた。20秒もしない間にその子は「なかったー」と帰ってきた。

「いや嘘。ぜったい探しに行ってない…」と思ったけど、このあとすぐに自分が見に行ってしまうとその子を信じてないことになってしまうな。それでわたしが見つけたらその子は気まずいんじゃないだろうか。など思い「そっか、じゃあしかたないね。かえろっか」といって帰った。この子はこんな普通の顔して嘘がつけるんだなと動揺もしていた。

親戚の子が2日ほど泊まって帰った後日、1人で見にいった。ほぼ誰も遊ばないような公園だったこともあり、滑り台の上にそれはそのまま置いてあった。数日放置していたうちに降った雨にさらされ、そのまま乾いたようで、全体的に波打ってよれてしまっていた。数ページあったシール集は、ページ同士ががカチカチに固まってひとかたまりになっていた。
むりやりはがそうとしたら、そのページのシールがカタマリになってベロっと一度にすべて取れた。「好きなシールだけを剥がして使う100種類のシール」という魔法は消えていた。

あの時のシールがベロッと取れてしまった時の感触をいまも覚えている。


 それからまた数年過ぎた頃、たしか中学に上がる前あたりの年末に、10歳以上年の離れた親戚のお姉さんが、大阪から家にやってきたことがある。その年に我が家は家を建てたばかりで、年末年始に父方の親戚が集まっていた。そのお姉さんに会うのはとても久しぶりだった。前に会ったのはもっとわたしが小さい頃で、その時の記憶はほとんどなく、再会というよりはほぼ初対面の感覚だった。お姉さんは来年結婚するといって、未来の旦那さんを一緒に連れてきていた。キラキラしていた。いつものおじさんおばさんばかりの集まりとは違う、自分と年の近いきれいなお姉さんが我が家にいる状況にドキドキした。当時引っ込み思案で、人見知りの激しかったわたしにお姉さんは優しくしてくれた。夜にはお姉さんはわたしのベッドで一緒に寝てくれた。ベッドに並んで寝転んで、兄とはしたこともないような甘い会話をして過ごした。

引越しを機に与えてもらったばかりの六畳間のひとり部屋に設置されたベッドの棚の上には、星の砂やポプリやサンタクロースの置物など、わたしの好きな小物たちを飾っていた。なかでもミニチュアのガラス細工のリンゴの木の置物をとても大事にしていた。それは木にリンゴを吊り下げたガラス細工で、リンゴの部分が取り外せるようになっていて、そこがとても気に入っていた。慎重にリンゴを取り外して眺めて、またそーっと木に吊り下げる。壊れやすいものにそっと触れて、また元に戻すことを繰り返す度に愛しさが胸の奥から湧いてきた。

その夜、ふとした時にお姉さんの手があたって、そのリンゴの木が落ちて割れてしまった。瞬時にいままで流れていた心地よい空気が変わるのが分かった。お姉さんはとても申し訳なさそうに謝り、同じものを探して買ってくると言ってくれた。

わたしは「アハハ、そんなに気に入ってなかったものだから、ぜんぜん大丈夫だよ。」とティッシュでさっと包んで、何でもないことだとアピールするように自分の枕元に雑に置いて、この話題から話をそらそうとした。お姉さんとの楽しかった時間を、気まずい時間に変えてしまいたくなくて必死だった。わたしがそれを大事にしていたことは、お姉さんには話してなくてよかったなと思った。

そしてお姉さんが帰っていったあと、ひとりでティッシュを開いて割れたリンゴの木をもう一度見た時に、じわっと涙が出てきた。お姉さんに弁償すると言われた時に、気にしないで欲しいと願う心も嘘じゃなかった。けれどもうひとつ心の底で思っていた言葉が、ひとりになって浮かんできた。こんなかわいいの、同じのなんか売ってない。見た目が同じなら換えがきくとでも言うの。割れたことよりもお姉さんの申し訳なさから出たその言葉に傷ついていた。

その時に見た、白いティッシュの上の鮮やかなリンゴの赤色。それから緑色と茶色の割れたガラスの破片。手のひらに乗せた小さな重みをいまも覚えている。


買ってもらったエリマキトカゲのぬいぐるみで遊んでみたかった。100枚のシールをもっと眺めたり、ひとつひとつ大事に選びながら使ってみたかった。ガラス細工のリンゴの木を飽きるまでまだまだ眺めていたかった。


あのとき落ちたと言えていたら。あのときやっぱり自分で見てくるとすぐに言えていたら。あのときたとえ割れてしまったことは変わらなくても、リンゴの木を気に入ってないだなんて嘘をつかなかったら。わたしはこれらの大切に思っていたものの形や感触、その時に感じたことをいつまで覚えていられたのだろうか。夢中にさせられていたその輝きは色褪せて、要らなくなって捨てて、そんなものが好きだった自分のことも忘れていただろう。

だけど、こうも思う。こんな風に忘れがたく、繰り返し思い出される光景はいつもおなじなのだけど、それらの意味づけは思い出す時期や心情で違ったりする。意味づけが変わると思い出される映像の切り取る部分も変わってくる。ああだったのかな、こうだったのかなと心の中に今も残る感覚を頼りにもっとも近い表現を突きつめていくうちに、その時の感情が言語化できて、ようやくはっきり分かることもある。ということならば、これを繰り返しているわたしは当時の感覚を確かに覚えている気でいるけれど、どこかですり変わって記憶されていないとも言いきれない。

そんな曖昧でとりとめがなく、わたしにしか分からない世界のことを時々考える。

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