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親切をされたが怖かった話。

先日、飼っているハムスターを健康診断のため病院へ連れてった。

うちのハムスターは生後2か月でお迎えして、現在9か月ほど経つ。ありがたいことにいまのところ病気もせず、元気に暮らしてくれている。

その病院に行くのは今回で2回目であった。1回目は8月にお迎えして2か月ほど経った頃に、その時も健康診断のために診察を受けた。

ハムスターなどの小動物は犬や猫に比べて診察してくれる病院自体がとても少ない。実際に自宅近辺や、最寄駅から電車で1~2駅(このくらいがハムスターが移動に耐えれる距離の限界かなと)くらいまでの範囲に絞って検索した結果、数件しか見つけれなかった。近年は随分とうさぎやハムスター、フェレットなどの小動物を飼う人も増え、診察してくれる病院も昔よりは増えてきているとは思うが、まだまだ少ない。

診察対象に小動物とはかかれていても、そもそもハムスターが記載されていないところが多いし、仮に記載されていても電話をかけてみると「ハムスターの健康診断はやってませんね。連れてくれば一応診るには診ますが、専門医ではないので」と言われるところが多かった。(ほんならハムスターって記載すなや)

さらにうちの子はジャンガリアンハムスターで、いわゆるドワーフハムスターと呼ばれる小さめの体の種類なので、ストレスが体に与える負荷は大きい。専門医でもない医者に診せることにメリットを感じず、ストレスを与えてしまうだけなら行く意味ないよな、と病院へなかなか行く勇気がなかった。

そんななか、ようやく最寄駅から2駅先の場所に、この病院を見つけた。

当該病院の院長先生は犬、猫はもちろんエキゾチックアニマル(うさぎ、フェレット、ハムスター、鳥、トカゲ、蛙まで)に特化した専門医とのことだった。そして面白くて、ペットにも飼い主にも優しく、とても良い先生。初回に受けた診察で、ここしかない。とても良い病院を見つけれて良かったなと思っていた。

ハムスターの健康診断は3ヶ月~半年ペースで受けるのがよいとのことだった。また、もし病気になった時のためにも、病院への移動や診察で触られることにある程度慣れてくれることは、治療の上でもとても大切になってくる。わたし自身も毎日健康チェックしているけれど、定期的に先生に診せて健康チェックしておきたい。

そんなわけで、そろそろ2回目の健康診断に行かなければと思っていた。本当はもう少し早く行きたいと思っていたけれど、寒さにも暑さにも弱いハムスターの外出は気候も気にしなくてはいけないし、濡れるのもよくないので、雨の日も避けなければいけない。

冬の寒い時期にはカイロを入れたとしても移動が不安だからやめておいた。しかしそうこうしているうちにあっという間に春。春を過ぎ、夏になってしまうと今度は暑さでまいってしまう。前回から半年経った間に、爪も段々と伸びてきてしまい、そろそろ切ってもらわないと毛繕いしているときに爪を自分で引っ掛けて傷つけてしまわないか心配で、もう今しかないなと4月末頃、ようやく予約を入れた。

ハムスターの移動というのは本当に大変だ。ストレスを極力与えないようにミッションを遂行しなければならない。

ハムスターは環境変化にとても弱い。本当に驚くほどとても弱い生き物だ。1〜2週間に1度、飼育ゲージの掃除をする時も、ゲージの底に敷き詰めている床材を総入れ替えすることは絶対ダメで、掃除前の床材の中からなるべくきれいなもの(しかしハムスターの匂いはついたもの)をいったん1/3ほど取っておく。掃除後にそれを新しい床材と混ぜて入れなければいけない。じゃないと、全く自分の匂いのしないゲージに戻されるとパニックになるのだ。

寒さに弱く、寒すぎると冬眠してしまうが、飼育下で育ったハムスターは冬眠は危険度マックスの状況で、そうなるとその後ほぼ目覚めることはなくなってしまう。(温めてあげれば蘇生するケースもあるが、まずは冬眠させないことが最重要。というか絶対に冬眠させてはいけない)寒さに弱い、暑さにも弱い。さらに湿気にも弱い。体が水に濡れてはならない。騒音にも弱い。

お迎えして初めて家に連れて帰るときなんかは、もう本当に緊張の連続だったし、そこからの1週間ほどは色々心配しすぎて、ずっと睡眠不足だった。

これは私が心配性ということもあるが、全然やりすぎではない。ハムスターという生き物は「心配しすぎだろう」が通じない生き物なのだ。え、こんなことでと思うようなことで亡くなってしまうことがある。適当に飼ってても大丈夫なのは、その個体がたまたま強かったからとか、たまたまラッキーだったとしかわたしには思えない。初めてお迎えしてからそのあたりの話のこと、ハムスター飼育論争については延々と語ってしまえるので、また別の機会に書きたいと思う。今回はその話は置いておいて、一事が万事そんな感じでまあ、とにかく繊細な生き物なのである。

そんな理由でタイミングを見計らっていたのももちろんだが、今回の2回目の来院が本来の予定よりもやや延びてしまったのは、もうひとつ理由があった。それが、今回のメインの話である。

🐹

初めて病院へ連れて行った日。自宅で準備をする。小さめの移動用のキャリーケースへハムスターを入れる。空にしたリュックサックの底へタオルを敷き詰め、その上に紙袋に入れた状態でキャリーケースを入れる。暗いほうが落ち着くので、ケースの上にかける布を用意。移動時のハムスターの水分補給は、水だとこぼれてしまったときにハムスターが濡れてしまうので、小さく切ったキャベツをジップロックへ入れ、保冷剤も入れて準備。10月でやや肌寒かったので、カイロも準備。方向音痴なので、道に迷ってぐるぐるしてしまううちに弱ってしまうことは避けるため、何度もストリートビューで場所や周りの建物を360度見まわし、歩いて回り、近くの店や景色を頭に叩き込んだ。直行直帰で家から何分かかるか。電車に何分乗るか。下準備を念入りに行った。

「よし、行くか・・・神様、どうか無事に行って帰ってこれますように」

祈りを込めながら、ハムスターを背中に背負った。

少しでも振動を与えないように、リュックサックの肩ひもをマックスまで短くして、あそびが出来ないようにギッチギチにして装着。駅までは自転車移動。なるべく平坦な道を選ぶ。駅について電車に乗って、降りて、駅から少し歩く。歩行時はまたもや振動をなるべく与えないように、ゆっくりとすり足で移動した。街ゆく人たちに変人だと思われても構わない。わたしの大事な命を運んでいる最中なのだ。そのまま能の歩き方で駅から9分ほど歩いたのち、無事病院の扉をくぐった。

待合室には、犬、猫、フェレットなどが連れてこられていた。わたしもキャリーケースを入れた紙袋をリュックサックから取り出して、膝の上に乗せ、持ってきていた布をその上から掛けて、呼ばれるのを待っていた。時折、紙袋の中を覗いてハムスターの様子をみたり、おやつをあげたりして過ごしていた。

「なんの動物飼われてるんですか。見せてもらってもいいですか?」

話しかけられ顔を上げると、化粧っけはなく黒い髪をひとつに束ねた、やややつれた、けれど優しそうな顔をした60歳手前くらいの女性だった。飼っている小鳥の診察へ来ているようだった。

「あ、はい。ハムスターなんですけど」と見せると

「あら、可愛い!ハムスターだったのね。ケースを紙袋にまで入れて、ものすごく仰々しくされてるから、どんな生き物かと思いました。ハムスターをそうやって連れてくる人初めて見ました」とにっこり笑われた。

「あ、そうなんですね。なんか初めてハムスター飼ったんですけど、それで今日が初めての病院で。不安だったので、ネットで色々調べて、こんな感じで連れてきてみました。」とわたしも笑った。

見知らぬ人に厳重さを指摘されて、ちょっと恥ずかしかった。

「私も昔はね、ハムスター飼ってたよ。いろんなとこに旅行に一緒に連れてったの。うちのはゴールデンハムスターだったんだけど、何匹も飼ってたよ。ハムスターって頭が良いよね。ちゃんと家族に順位をつけててね、うちの息子はハムスターに一番下に見られてたわ」

「初めての病院がここで正解よ。とてもいい先生。昨日からこの子が体調崩しちゃって、、昨日も連れてきてたんだけど、すごくよく診てくださって、優しいし」

そんな風に気さくに色々と話しかけてくれた。わたしは知らないおばちゃんによく話しかけられるほうなので、その時もお互い診察までの時間つぶしになるだろうとそのままずっと話をしていた。今まで飼っていた動物のことや、その女性の子供の話など。

そのうち、先に来ていたその女性が診察室に呼ばれた。

「ごめんね、ちょっと行ってくるね。」と言って診察室へ入っていった。

良い人だけど、よくしゃべるな・・・ちょっと疲れてきたなとも感じてきていた。

しばらくして女性は出てきた。

「いま検査してもらってるから、また呼ばれるまでここにいるね。そういえば、一人暮らしっていってたよね?おうちはどこらへんなの?さっきハムスターいるから旅行とか行けなくなったって言ってたけど、もし旅行行くんだったら私が預かってあげるよ。実家も遠いんじゃ頼めないだろうし、周りにハムスター飼ってる人が居ないんじゃ、お世話頼むのも不安だろうし、猫を飼ってるお友達のところはダメ。危ないから。この病院もホテルあるけど、高いでしょう?あと、車持ってないって言ってたよね。私、持ってる。だからもし体調崩して、病院へ行かなきゃいけないってなった時も、車出してあげるから呼んでくれたらいいよ。今日も電車で来たんでしょ。ハムスターは心臓が小さいから、電車とか新幹線とか早い乗り物には乗らないほうがいい。心臓にすごい負担掛かるからね。私も旅行連れてくときはいつも車だった。それか高速バスだもん。あ、呼ばれた、ちょっといってくるね」

また、診察室へ入っていった。

この会話の間中、わたしは圧倒されながらも「いやいや、大丈夫ですよ。」と断り続けていたが、全然引き下がってくれなかった。え、どうしよう。困った。まあ、でもわたしの診察はまだしばらく呼ばれそうもないし、先にあの人帰るだろうから、なんとかやり過ごせばいいか。
そう考えながら、初めての病院にハムスターが怖がってないかと、掛けた布をめくって中を覗いたりしながら過ごした。

彼女はもう一度診察室から出てくると、やはりまた隣に座って来たので、話題を変えようと今度は自分から話しかけた。

「鳥さんの具合どうでしたか。心配ですね。お薬飲んで効いてくれるといいですね。早く休ませてあげられるといいですね。」

「うん、大丈夫みたい。昨日はもう駄目かと思って覚悟してたんだけどね。よかった。」とにっこり微笑んでいた。

彼女は今日の診察を終え、もうあとは会計待ちとのことだった。しばらく静かな時間が過ぎた。わたしも持ってきていた文庫本を取り出し、読もうとしていた。視界の隅に映る無言の彼女は、何かを取り出し、書き始めているなと思った。

「はい、これ。私の名前と携帯番号とメールアドレス。ハムスターのことでなにかあったら、いつでも連絡してきて。遠慮はいいからね」

「あ、ありがとうございます」

申し訳ないが、帰ったら捨てさせてもらおう、そう考えながらこの場を収めるために受け取った。しばらくして、彼女はお会計に呼ばれた。ああ、これで終わったと安堵した。彼女がわたしに近づいてきたので、わたしも最後に挨拶をしようとした。

「大丈夫だよ。診察終わるまで待ってるから」

鳥肌が立つのを感じた。

「今日これから電車で返すわけに行かないし、私、車で来てるし、乗せて帰ってあげる。ハムスターを飼っていた人間として、やっぱり心配だから。駅まででもいいし、お家までいくよ」

「いやいやいや、さすがに大丈夫です。初めて会った方にそこまでしてもらう理由がないです。本当に大丈夫ですので。私の診察はまだまだ先ですし、鳥さんも今日は疲れてると思うので、早く帰って休ませてあげてください」

「大丈夫、大丈夫。この子も平気だから。ここで待つのもアレだから、外で待ってるね」

そう言い残し、彼女は出て行ってしまった。

🐹

そして気づけばわたしは彼女の車の助手席に座っていた。ハムスターの入ったリュックを膝の上に乗せて。

車内。彼女は子供の話や動物の話、旅行の話などをごくごく普通におしゃべりしていた。きっと本当に親切で良い人なんだろう。しかし時折、

「ハムスター、ケースから出して後ろで遊ばせてもいいよ。ずっと小さいケースの中で疲れてると思うから。それもしてあげたいと思って、車で乗せて帰ろうと思ったの」

「旅行、一緒に行く?ハムスターも連れておいで」

「このあと、どうするの?買い物とかしたいんだったら、その間わたしがハムスター見といてあげるから、行っておいで」などの言葉でわたしを震えさせた。

「私のお勧めの喫茶店がね、この近くにあるのよ。あなたお家近いんだから、顔見知りになるといい。色々親切にしてくれるよ。あ、ハムスターも預かってくれるんじゃないかな?私の旅行仲間なの。ちょっと寄ってみる?」

その間、わたしは「いえいえ、けっこうです。ほんと。大丈夫ですので」しか言えなかった。

わたしは、ほんとに今日家に帰れるのだろうか。そして彼女の言葉の節々から「ハムスターを奪われるんじゃないか」という恐怖も感じていた。

それにしても全く人の話を聞かない人だ。しかしどうしても強くは言えず、なんとかのらりくらりとかわすので精一杯だった。こうして流されて、こんなことになっている自分にも嫌気がさした。

彼女お勧めの喫茶店のちょうど前を通りすぎたらしい時、

「ごめんやっぱり、顔だけ出そう。ちょっといい?」とUターンし始めた。

終わった。

と思ったが、車を止めて近づくと「店主、旅行中のため16日まで、お休みいたします」との張り紙があり、閉まっていた。その日はちょうど16日だった。

「あっっっっぶねーーーーーーー。よかったーーーー。」

あと1日店主が早く帰ってきてたら。そう思うと身震いがし、残念がる彼女の横で、心の底からどこにいるのかも分からぬ神様に感謝した。

そんな感じで、色々な危機を感じつつ、車内でひたすら陣内智則のコントのカセットが流れていたことも怖かったし、電車は危ないとさんざん言ってたのに運転がめちゃくちゃ荒くて、急発進、急停止で何度も体にGを感じては、「ハムスターの心臓への負担とは!!」と叫びたかった。

おまけに彼女も方向音痴だったようで、何度も道を間違えられた。

そんなこんなでわたしの家の最寄り駅にようやくなんとか到着した。
駅に着いたら今度は何を言い出されるかと怯えていたが、車から降りてお礼をいうと

「じゃあね。気を付けてねー」とあっさり消えていった。

車が見えなくなり、解放されたところで、急に力が抜けた。しばらく放心したのち、ぼ~とした頭で「なんだったんだろう、これは・・・」と思いながら、よろよろと帰路についた。

ハムスターを無事にゲージに戻し、ご褒美におやつをあげた直後、とんでもない疲労感がズンと体に落ちてきてそのまま床に倒れるように寝転んだ。

時計をちらりと見た。10時に病院で出会って、12時過ぎに診察が終わって、病院を出て、いまはもう15時を過ぎていた。電車なら病院から1時間もかからず帰ってこれたはずだ。

「ほんと・・・なに、これ・・・」

結局のところただ、親切な人に駅まで送ってもらっただけだった、とは思う。しかしえも言われぬ恐怖があった。

そう、わたしはまたあの病院でこの彼女に会うのを恐れているため、病院へいくのをためらっていたのだった。

ドキドキしていたが、先日の来院時には彼女は居なかったので、とりあえずホッと胸をなでおろした。

もし仮にばったり会ったとしても、わたしのことはどうか忘れてていてほしいと思うばかりである。

彼女の残した爪痕はなかなかだ。あれ以来、陣内智則がちょっと嫌い。





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