変身

 それは、何とかいう宝石商の別荘にタタキに入って、ヤサに戻る途中のことだった。
 最近こっちに愛人ができたとかで、サルみたいに顔を真っ赤にしてキバってるとこに押し込んだんだ。
 アニキの仕入れてきた情報通り、現ナマが山ほどと、宝石もちょっとあった。詳しくは聞いてないが、どうせ脱税とか闇取引とかだったんだろう。アニキは機嫌よく笑ってて、俺も二人の手下もバカみたいに浮かれてた。
 当然、夜中のことだったから、郊外の別荘地から街中に戻る道は俺たちのバンしか走ってなかった。なのに、突然俺たちのバンは横転した。すごい音だった。
 俺は訳も分からず、ちょっとの間ぼけっとして、それからとにかく車から這い出した。アニキは俺より先に出てあたりを見回してた。金と宝石の入ったカバンと手下をつぶれたバンから引っ張り出してると、アニキが「隠れろ! 早く!」って叫んだかと思うと、銃を何回かぶっ放した。
 次の瞬間、銃の音も聞こえなくなるくらいでかい音がして、バンがさっきみたいに(たぶん外から見てたらあんな感じだっただろう)すごい勢いで転がって、道路わきの林に突っ込んだ。俺は最後に残ってたカバンと手下一人をひっつかんで、車が吹っ飛んでったのと逆側の林に走りこんだ。
 アニキもすぐに来て、静かにするように言って辺りをうかがっていた。そのまま、音が全然しない林の中でじっとしてたら、街のほうからバイクの音が聞こえてきた。アニキを見たら、あいつが絡まれてる間にズラかるぞと小声で言われた。
 でも、バイクが隠れてるところに近づく前に、また何かがぶつかるような音と甲高い絶叫が聞こえた。絶叫は長く続いて、しかもだんだん大きくなってきて、目の前のアスファルトをブチ砕いてでかい毛むくじゃらの蝙蝠野郎が地面に叩き込まれたときやっと止まった。
 蝙蝠野郎の上には、黒い革のツナギを着た男が立ってて、ちらっとこっちを見た。消えかけてぱちぱちしてる街灯に照らされてる男の目を見た瞬間、寒すぎて熱さを感じるくらいの寒気を感じた。心臓にドライアイスを突っ込まれたみたいだった。
 俺も手下二人もキンタマがありんこの目玉みたいに縮み上がってたけど、アニキは肝の据わった声でズラかるからケツを上げろと言った。
 ツナギの男はもうこっちには興味が無くなったみたいで、蝙蝠野郎をあのバカみたいに冷たい目で見降ろしながら、何か呟いた。そしたら、辺りがカッと光って、蝙蝠野郎を踏みつけてた男は妙につるりとした昆虫じみたボディアーマーみたいな格好に「変身」していた。体も顔も何もかもまったく元の姿は残ってなかったけど、それでも、あの目の色だけは絶対に同じ男のものだと俺は思った。
 蝙蝠野郎が耳のちぎれそうな悲鳴を上げながら、めり込んでたアスファルトごと爆発したみたいに飛び上がった。
 その勢いで変身した男を吹き飛ばしたのを、いや、男がきれいに回転して着地するのを見たところで、俺はアニキにケツを蹴り上げられて走り出した。

 振り返った肩越しに遠ざかる音を聞きながら、帰ったらこの金で何をしようかと俺は考え始めた。

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