データの鳥

 昔、オンラインゲームの中で鳥を飼っていた。
 僕の膝より上に頭が来るくらいの大きさの、ニワトリやアヒルのように飛べない鳥だった。
 戦闘に連れていくこともできたし、交配したり、着飾らせたり、なんなら食べることもできた。
 そういうシステムのチュートリアルのためにもらうデータで、プレイヤーのほとんどが持っていた鳥だった。

 最初に彼をもらった頃の僕にとっては戦力としても上等で、物珍しさもあって、毎日世話をしていた。
 僕は当時も変わらず、ある種の醒めたプレイヤーで、あまり装備や外見にこだわることは無かったのだが、その鳥だけはよくかわいがっていたのだ。
 何が琴線に触れたのかは今でも分からないが、とにかく、その鳥は僕のお気に入りで、アップデートのたびに完全な戦力外ぎりぎりのところに居て、過剰なbuffもnerfもされない彼がよちよちと、僕の後ろをついて来るのを時折振り返りながら眺めていた。
 もちろん、ペットは他にも居た。
 僕はそれなりの時間プレイするプレイヤーだったから、光る虎だとか翼の無い龍だとか、単に天使だとか悪魔だとか、他にも強いペットたちをたくさん持っていた。
 でも、それらの名前はあまり思い出せない。交配用に確保したペットの名前などは、本当に褒められたものではなく、イネの苗の名前のほうがまだ温かみに溢れていただろう。

 でも、僕も、さすがにエンドコンテンツの最前線に彼を連れて行くことはしなかった。
 それは今思えば、攻略のためとか、晒されるのが怖いからという以前に、彼が役に立っていないという事実を数字で見てしまうのが嫌だったからだったんだろう。
 ゲーマーには数字で選ぶべきところが必ずある。そこで折れることができないのは三流だし、そこで折れないことができるのは超がつく一流だけだろう。
 僕はそのどちらでもなかった。
 その代わり、ソロでやるときはほとんどの場合彼を連れていた。
 雪原と樹氷のフィールドにはマフラーを巻かせて、砂浜と太陽のフィールドにはサングラスと麦わら帽子をつけさせて。
 ログイン直後に、空腹のアイコンを出してエサを催促する彼と、エサをちらつかせてちょっとした追いかけっこを楽しむのも毎度のことだった。
 怒ったようなアイコンを出して座り込んだ彼を抱え上げて、いくつかの世話の項目を手動で済ませて、それからちょっといいエサを与える。
 そのときに彼の出すハートマークのアイコンは、他の何よりも僕があのゲームにログインするモチベーションだったのだ。
 ダンジョンの攻略も、新しい武具も、強力なアクセサリも、彼のハートマークに比べれば、何ほどの価値のあったものだったろうか。

 それに気づいたのは、彼が寿命で死んだあとだった。
 火葬にして、一番いい宝箱に羽と遺灰を入れて、ペット小屋のすぐ脇にふさわしいと思える墓を立てた。
 それから半月もしないで僕はあのゲームにログインするのをやめ、しばらくはゲームに触れることさえしなくなった。
 あのゲームのIDもPWも、今では覚えていない。
 運営はしているようだし、リマインダもある。だが、はたして僕はもう一度彼に会いに行く勇気が持てるだろうか。
 ふとした瞬間に思い出しては、空虚な胸の穴を抱えて、彼との思い出に浸っている今の僕に。

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