企業クローン

 今の世の中、高い値がつくのは生きる権利であって命じゃない。
 ぼくらは良い権利を持っていないので安く使われているわけだ。単純な話、高純度の金属は高いから、マシンガン・ドローンにかかるコストだってぼくらよりは高いのだろう。つまり食品加工の発展で生まれたぼくらクローン体が一番安い。そのせいで、ぼくらはチキンレッグと呼ばれている。
 ぼくは何年か前にキグナス腕の外れで生まれ、その数時間後にラックマウントベッドで目覚めたときにはもう、ぼくはぼくが何者か知っていた。
 ぼくは生まれる前から会社に所属している――”所有されている”という言葉は法的には正しくない。実態がどうであれ――促成培養の健康なクローン体で、粗雑な戦術AIがインプラントされていて、引き金を引く指を持っている。
 ぼくを作ったのは、武器を売ったり武器を貸したり、ぼくみたいなチキンレッグを派遣したりする会社だ。つまりぼくらは商品の一部で、そういう意味では事務用品のレンタルやエンジニアの派遣事業とそんなに変わらない。
 注文を受けたときには、馬鹿みたいに揺れる装甲輸送機に十二人一組で乗せられて、テロリストが狙ってる発電所とか、紛争地帯の採掘場とか、悪徳企業の所有する発電所とか、専横な政府が好き勝手やってる採掘場とかの、簡単な作業が必要とされてる場所に配達される。

 何回か前の仕事から帰ったときに、ぼくに埋め込まれたAIはちょっといいやつに取り換えられた。功績を称してとか、より一層のなんたらとか言われたけど、要するに運だか性能だかの揺らぎが多少良い方に行ってる個体にちょっとしたボーナスをやろうってことなんだろう。
 しかしこの新しいAIというのがまた最悪のシロモノで、僕が何をしていても必ずあらを探し出しては小言をぶちまける。前のやつは無口で良かったのに、今はまるでミネソタのおばあちゃんが頭の中に居るみたいだ。
 ちなみに今そいつは、交換じゃなくてアップグレードだとか、自分が意見の提出(たぶん”小言”のAI語だ)を行うのはぼくの行動の最適化のためだとか、ぼくには戸籍上でも遺伝子上でも社会活動上でも祖母にあたる人物は居ないとかをぶつくさ言っている。
 AIにも人格があったほうがいいという意見にぼくは反対だ。そんなことを言う奴はきっと頭の中でAIを飼ったことがないか、四六時中顔を突き合わせる奴とそりが合わないのがどんなに苦痛なことか理解できる脳みそを持ってないんだと思う。

 ともかく、ぼくの仕事の話をしよう。エキサイティングな害虫駆除なんかもそのうちのひとつだ。
 まず、お金持ちのジョンおじさんが農地を広げようとする。
 すると、三十メートルはあるイモムシが地面から顔を出す。
 そして、おじさんのところの従業員を――農業奴隷という言葉は法的には正しくない。実態がどうであれ――何人か食べてしまう。
 怒ったおじさんはぼくたちを差し向ける。
 だいたいこんな感じだ。
 ジョンおじさんの農業予定地は、とある星の開拓政府から購入したもので、契約書の上ではこんなイモムシの存在は匂わせもしていなかったのに、実際にことが起きてみると一切の責任は土地の購入者が負うものになっていて、ジョンおじさんの友達の敏腕弁護士氏も歯が立たなかったそうだ。
 ぼくの頭に住んでるAIによると、イモムシはその星の原生種ってわけじゃないようだった。誰がどういう目的でやったのかは分からないけど、こういう事はよくある。他の星で見つけた生き物を改造して宇宙中にばら撒いたんだ。地球人が発見した時にはもう生態系にしっかり馴染んでるやつが多くて、すくなくとも地球人のうちの誰かの仕業じゃないってことだけははっきりしてる。
 件のイモムシは大昔に別の星でも見つかっていて、その時は簡単な罠で始末がついたと記録に残っていたらしい。

 まあ、結果から言えば、ぼくらは散々な目にあった。
 ”一匹目の”イモムシは、牛とクラスター・グレネードを使った罠で血まみれの生ゴミになった。そこまではとても簡単だったけど、問題はその後だった。爆音と血の臭いに引かれて、二匹のイモムシが地面から飛び出して、僕らのうち二人を昼飯にしてしまったのだ。
 ぼくらは完全に不意をつかれて、狐が飛び込んだ鶏小屋みたいにしっちゃかめっちゃかになって、てんでばらばらに逃げ惑ったり銃を撃ったりしたけど、そいつらの外皮は岩みたいに硬くて、手持ちの小火器じゃどうにもならなかった。
 そのとき、AIはため息をつきながらどこを狙って撃てばいいとかどっちに向かって走ればいいとかをぐだぐだと言っていたけど、実際に体を動かさない奴の言う事は非現実的過ぎて、スーパーマンでもなきゃ実行できそうにないことばっかりだった。
 前方右三十二度に三十五フィートのバク宙をしながら三つ目の体節の背中側中心から四インチのところに四発の弾丸を打ち込むなんて一体誰ができるんだ?
 ぼくらはとりあえず輸送機まで撤退することにして、ケツをまくって逃げ出した。だけど、その時にはもうイモムシたちはぼくらのことが結構好きになってたみたいで、やんちゃな子犬が遊び相手を追いかけるみたいに後をついてきてた。
 その追いかけっこの間に三人がやられた。イモムシはでかい割に機敏で、何十トンあるかわからない太い胴体の下敷きになったり、急に地面を崩されて飲み込まれたりした。
 二匹目を倒せたのは完全な幸運で、誰かの投げたレーザー・グレネードが、ミキサーみたいな歯の並んだでかい口の中に飛び込んで、そいつの頭はまっぷたつになった。グレネードはまさに神の与え給うた金の卵だ。アーメン。
 輸送機の近くまで戻ったら二班に分かれて、片方が注意を引いてる間にもう片っぽが輸送機から電磁機関銃を持ち出して来て、残ってたやつを蜂の巣にした。
 ぼくらの仕事は大体がこんな感じで終わる。

 もしあなたがクローンじゃなくて、生まれる前に星を買ったみたいな借金が無くて、小うるさいAIが頭に入ってなくて、多少なりとも選択肢に自由があるなら、こんな人生はおすすめしない。
 でも、ぼくはこの安い人生をそれなりに幸せにやっている。それだけは確かだ。

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