魔法少女

「くそっ、やつだ! 魔法少女だ!」

 薬の詰まったケースを片手にアニキが叫ぶ。俺がこの街に来て1年半になるが、あれの実物を見るのは初めてだ。
 倉庫街の屋根の上に月を背にしてなお輝くように浮かぶ魔法少女は、片手に持ったおもちゃのような杖をこちらに突き付けて、少女らしい、夢と含蓄のある説教だか口上だかを垂れている。
 やれ五階建てのビルを持ち上げただの、やれ軍艦二隻を沈めただのと噂ばかりが先行して、実態はまったくもって明らかにされていない存在。
 急いで物陰に隠れた手下どもが、いかにも頼りない火薬の音をさせて銃弾を撃ち出すが、見えないバリアに阻まれている。逆に、妙な音のする光線で、男たちがなぎ倒されていく。魔法少女は、薬の取引現場に唐突に表れて、すべてを台無しにしようとしている。
 この薬をさばくようになってほんの三か月の間だが、俺のいる組織にはいい稼ぎになっていた。依存性が強いようで、一度でも使えばほぼ確実にリピーターになってくれる。卸してくる組織は得体が知れなかったが、まあ、そんなのはいつものことだ。
 今日は今までよりいいのがあるという話で、大口の取引をする予定だった。それも、金と薬を交換した途端の襲撃で全部ひっくり返ることになるだろう。

 甲高い少女の声が響いて、ひときわ強い光が取引相手の男に直撃する。そのとたん、男は異形に変わる。どす黒く濁った目、黄色い乱杭歯。
 半獣人、狼男でも言えばいいのか、とにかく姿の変わった化け物は、魔法少女の発する光をよけ、肉薄し、あのバリアごと殴り飛ばしてさらに追撃を加えるべく倉庫の向こうに消えていった。
 俺はとりあえず別の物陰に隠れていたアニキの所へ行って、薬のケースを拾い上げる。魔法少女と化け物が飛んで行った方からは何かくぐもった音が聞こえるが、しばらくは安全だと思えた。
 アニキは動けるやつらをまとめてさっさと撤収することにしたようだ。あいつの狙いはそれだろうから薬は置いて行けと言われたが、金の入ったケースの方は回収させられた。取引相手側の下っ端は、さっきの化け物について移動していったようだ。

 俺は指示された通り手下をバンに放り込みながら、金も戻ってきたし、とにかく、今日も命があるのはありがたいと思った。

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