お題箱:うんこ

 恒星間航行中にリサイクラーが壊れたというのは、最悪の事態のうちのひとつだ。
 航宙士の資格を取って20年、こんなにも追い詰められたことはかつて無い。
 機関士が一応直そうとは試みたが、あれはもうだめだ。外板がひしゃげて中の制御結晶体が粉々になっていた。
 しかし、幸運なことに、2週間後には近くに居た工業船とランデブーできる。
 この広い宇宙というものに確率を掛け合わせて考えれば、このような出会いは奇跡に近い。
 今だけは神様を信じてもいい。スパナとレンチに乾杯だ。
 リサイクラーから出てくる食用可能な蛋白質やアミノ酸や繊維質などは、宇宙を旅する者には欠かせないものだが、所詮は非常用だ。
 水と食物は持つだろう。もともと残り2か月の航宙に備えてある。

 問題なのは、そう……うんこだ。
 いや、あらゆる宇宙史を紐解いても、うんこが問題にならないことがあっただろうか?
 うんこ(に限らず様々な有機物)を分解するリサイクラーの発明は画期的だった。あれによって宇宙生活の問題の大部分は解決したのだ。
 だが、つまり、リサイクラーが故障するということは、その問題の大部分が再び襲い掛かってくるということだ。
 そして、当船の中古のリサイクラーは、このボロ船に据え付けた瞬間から、あらゆるパーツの中でも一番の古参で、酔った船長が苛立ち紛れに蹴りつけるくらい臭い。
 いや、臭かった。今はもう動かない。R.I.P.だ。
 大体、あの船長は頭のねじが一本トんでいて、礼儀も常識も弁えておらず、粗暴で、おおよそ宇宙船などという繊細なものに触れる資格は……いや、やめよう。
 今はあと2週間、うんこの処理をどうするかを考えるべき時だ。
 うんこの船外投棄は許されるだろうか?
 航海法ではデブリの類の発生は厳しく制限され、航路として開拓されている部分に意図的に何かを撒けばそれだけで免停確実だ。
 投棄の記録は航法コンピューターがしっかりと残すだろう。そのように作られているからだ。
 それとも「うんこが溢れたので」というのは酌量の余地があるのだろうか?
 今から腕の立つ弁護士を探しておいた方がいいかもしれない。

 宇宙にいると、人間の無力を思い知らされる瞬間がほんとうにたくさんある。
 しかし、先人たちはその無力を嚙み締めながらもここまで発展を続けてきたのだ。
 その子孫たる我々がここでその仕事を投げ出すわけにはいかない。
 我々はうんこなんかには絶対に負けない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?