スローリア・キビルザラム(冒険者/元傭兵、ドワーフ)の話

 そう。前はね、北の方で傭兵やってたんだけどさ。
 夏の間は、つってもほんの短いんだけど、中央で一旗揚げ損ねた間抜けがね、流れて来て厄介ごと起こしたりしてね。
 まあ、人間なんかは寒さに弱いし、冬になるとどこぞに消えて無くなるんだけどね、今度はゴブリンだのオークだのが山から出てきて悪さするのよ。
 そういうのをぶん殴って黙らせるお仕事してたわけ。
 それが、あの年は珍しく熊が出たのよ。冬の遅くにね。
 知ってる? クロツメグマ。
 爪がこんな長くて、武器とか装飾に使われるんだけどね。
 でかいわ結構な馬鹿力だわでね、ヤワな頭蓋骨なら爪の一振りでばっくりイカれるんだから。

 当然ね、いつもはもう冬眠してる時期だったから、何かの都合で迷い出たんじゃないかって話でね。
 羊だの馬だのがやられてね。人も二人か三人。
 あたし、その時雇われてたのが、低能ダージのバカ息子のとこだったんだけど、そのバカがどうしても熊狩りに行くってんで、まあ冬の間は楽しいことも無いし、金も出るってんで暇つぶしに付いてったわけよ。

 そうそう、ダージ領のはずれのあたりは山に囲まれた窪地になってて、風が妙に巻くのよ。
 普段はおっきい吹雪なんてそんなに無いんだけど、一旦吹雪こうもんなら視界なんて無いし、遭難だってあるわけ。
 まあ、バカのバカたる所以というか、楽観してドツボにハマんのよね、バカって。
 おんなじ穴に足突っ込んでんだからあたしも人のこと言えないんだけどね、あはは。

 そんなわけで吹雪に巻かれてにっちもさっちもいかなくなって、とりあえずキャンプ張ってやり過ごそうってことになったんだけど。
 二晩ね、その場でなんとかやり過ごして、三日目の昼くらいにね、さあなんとか納まったし、帰んべかーって。準備してたんだけど、なんなのかしらね、臭いか音か、何かに惹かれて来たのよ、熊が。

 こっちはバカ一人、狩人一人、傭兵二人って感じでね。
 そのもう一人の傭兵ってのは気の良い兄ちゃんで、バカのお守りも大変だろってんで付いてきてくれたんだけどね。
 実際のとこは気晴らしだったんでしょうよ。
 まあ、あたしらもね、実際見つかるとも思ってなかったわけよ。
 雪でしょ、山でしょ、森でしょ、そもそも人手も足りないし、犬すら連れてなかったもの。

 だもんで、とりあえずあたしら二人で引きつけるから逃げてくれればと思って、前に出たんだけど。一応ね、雇い主様なわけだし。
 雪に足取られてすっ転んでんだもの。びっくりしたわ、あのバカ。
 仮にも雪国の貴族がよ、雪中狩猟でブザマ晒してさ。
 いやほんとね、雪ん中で四ツ足なんて相手にするもんじゃないわよ。
 バカに気を取られてる間に一瞬で詰められて、傭兵の兄ちゃんがざっくりイかれちゃってね。
 ああ、死んじゃないわよ。骨まで見えた腕ぶら下げて元気に走り回ってたから。
 あたしも殴られたんだけどね、運良く爪は引っかからなくて。
 つったって熊だからね、あとで見たらえらいでかい痣できててビックリしちゃったわ。こんくらいのね。
 あんたも、クロツメグマと取っ組み合いする時は鎧には気を使いなさいよ。
 軟革鎧程度じゃ屁のつっぱりにもなりゃしないんだから。

 結局そん時はね、傭兵の兄ちゃんが気を引いてるうちに狩人のおっさんがバカ息子連れて逃げてさ。
 まあ、二対一じゃやっぱ卑怯じゃない? 熊とやるなら三倍は欲しいわよね。
 傭兵の兄ちゃんも元気がなくなってきたし、さてあたしらもなんとか逃げようかってとこで応援が来てさ。
 それ、そんときの傭兵どものまとめ役みたいな人でね。
 低脳様が……ああ、バカ息子の親父のことなんだけど、やっぱり心配だから見てきて欲しいって送り出したらしいのよ。使い魔ね、鳥のやつ。持ってたから。
 そんでしっかり緊急価格で四人分に追加料金までふんだくってんだから、なかなかの人よ。

 で、なんだっけ。
 ああ、そうね、来たとこね。えーっとね、その人が魔法使いでね。火の玉が飛んできて、熊の横っ腹で爆発よ。その隙に一発、メイスで鼻っ面をぶっ叩いてやってさ。
 火に驚いたのか、それで熊もパニックになってね。
 痛み分けにしといてやるぜって感じでお互いにとんずらこいて、いやあ、助かったわー、なんて話だったのよ。
 さあこれでバカもバカなこと言わなくなるだろうし、熊もしばらく大人しくなるかなと思ってたんだけど。

 クマって獲物に執着するらしいのよね。知ってた?
 それともあいつが特別執念深かったのかしらね?
 結局、その冬中ちょっかいかけてくるようになっちゃって被害も倍々ドンの倍増よ。
 家畜はやられるわ、家ごと人間もやられるわでね。
 石造りの壁がよ、藁みたいに吹き飛ばされてんだからどうしようもないわけ。

 そしたら……あれ? もしかしてあたしのせい?
 いや、まあ、昔のことよね?

 で、そしたら、二ヶ月近く経ってからかしらね、もう勘弁ならんって今度は低脳様が茹だって来ちゃってね。
 ははあ、低脳なりに領民のことも考えてんのかって感心してたんだけど、なんかお隣の御領主サマに煽られたらしいのよ。
 熊一匹仕留められないんじゃどうのこうのってね。
 そのお隣さんってのが、低脳様に比べりゃ家格はちっと落ちるけど、ちょっと前の戦争でバチバチやってた人でね。まあ中央の覚えもめでたいイケイケな人なわけよ。あたしは顔も知らなかったんだけどね。
 落ち目で無能のダージって結構な評判だったし、低脳様本人も動けないタイプの無能だったから、まあなんか溜まってたんでしょうよ、鬱憤がさ。

 あたしら雇われもさ、みんなゾッとしちゃって。
 低脳様も一応ね、バカ息子がバカなことしたら諌めるくらいはしてたのよ。聞きゃしなかったんだけど。
 バカ息子の方は乗せられやすい動くバカだったからさ、二人してドツボにハマりに行こうってなってるの見てたらね、アラ二人揃ってたら案外バランス取れてたのかしらって、わりと感慨深くなっちゃったりして。
 なんとかやめてくれって、春まで待ってりゃ治まるだろうからって、説得してたんだけど、なんかもう、親子揃って完全にキちゃってたみたいでさ。
 やってらんねーっつって投げ出そうにも、他に仕事のあてもないわけ。
 実際、ちっとでも目端の利くのはそもそもダージ領なんかにゃ近寄りもしなかったのよ。
 いやね、払いはね、確かに渋かったんだけどね。
 ちょっと知り合いのツテでね、さっき言った、あの、まとめ役? みたいな人紹介してもらったからね。
 あー、めんどくさいとこ来ちゃったなーって。
 せめて邪魔になるから低脳とバカは来るなってね、うまく説得して、褒賞もね、出させて。

 まあとにかく、あたしら傭兵隊と狩人連中で山狩りじゃいってなって、今度は犬もね、用意して。
 ゴブリンとかならね、あいつらバカだから、適当な洞窟に適当に手ぇ入れて、巣穴っぽいの用意してね、住み着いたとこを一網打尽とかするんだけどね。あいつらバカだから。
 まあクマよ。んだもんで、狩人連中がね、あたしくらいの大きさした猟犬連れて、追っかけ回してね。
 すごいのよね、本物の猟犬って。
 口開けてさ、狩人のおっさんがさ、見せてくれたんだけどね。牙なんてこんなよこんな。

 三日くらいかけて探し出してね、そっから追い込みかけて、半日だったかしら。あたしなんかは山ん中で動物追っかけるなんて役に立たないからさ、待ち伏せ組だったんだけどね。
 追い込む先に五、六人集めてさ、魔法使いは一人だけど、弓使えるのも一人居たからね。
 弓もあれよ、ウサちゃん獲るのに使うようなんじゃなくてさ、あたしじゃ腕の長さ足りないようなやつよ。

 そろそろだねって、鳥飛ばしてたまとめ役がね、言うのよね。またその鳥がデカいのよ。フクロウみたいなやつね。あんなデカいのね、フクロウって。
 さあ主賓のご登場ですってんで、気合い入れてたらさ、遠ーくの方から犬の声だのなんだの、やかましい音がね、聞こえてくるわけ。
 雪掻き分けて走る熊を正面からってね、なかなか見れないわよね。
 木で作った柵、っていうか槍衾ね、置いといたんだけど、まあ全然気にしないで突っ込んで来るわけ。
 ぱっかーんいかれてね、一瞬でもう、まさに木っ端微塵よ。
 でもまあ、傭兵なんてバカで血の気の多いのばっかだからね、こりゃいきのいい熊鍋が食えるぞーって叫んでね。
 熊の方ももうね、犬に追われてイライラしてたのがここに来てプッツンしちゃったみたいでね、がおーなんて吠えちゃって。
 そしたら野郎どもも大興奮よ。わーわー言って歓声あげてさ。
 一斉に躍り掛かっちゃ蹴散らされ、笑いながらまた殴りに行くんだから、ほんと正気の沙汰じゃないわ。

 あたしはまあ、そういうのは付き合ってらんないからさ、しばらく経ったとこでちょっと下がってね。
 もう何人か倒れてたし、あたしも何個か危ないのもらってたし、盾もちょっと歪んでてね。
 やーねえってなって、ポーションね、事前に用意してたの飲んでたの。
 ふーって一息ついて、ちょっと見たら熊の顔ね、禿げててちょっとへこんでんのよ。あたしちょっと笑っちゃってさ。
 だってさ、どう見てもあたしのメイスのね、ここの、この部分ね。ぴったしなんだもの。跡が。
 したら前で頑張ってた北方人のデカいのがね、遊んでねーでさっさと来いって。きっと腕相撲で何度やってもあたしに勝てないもんだから、妬んでたのよね。
 ヒドい話よ。うら若くか弱い乙女を熊狩りに出そうってね、蛮族の発想なのよね、そもそもが。
 しょうがないから、もいっちょブッ込んでやろうじゃないのってさ。
 その頃にゃ大分動きも鈍くなってたし、熊の尻とか、折れた矢とかささってんのよ。熊が動くたんびにぷらぷら揺れたりして。
 で、蛮族のデカいのがぶっ飛ばされてきたのを盾で優しく受けて、そこらに転がしてね。
 熊の方もね、もうゴフーゴフー言っちゃって、まるで親の仇を睨むみたいにあたしの方を見てるわけ。
 親の仇ったら相当なもんよ、ねえ。

 そっからはもうそりゃあ死闘よ。がっつんがっつん殴り合ってさ。
 そんとき残ってたのが、前に出てなかった弓使いとまとめ役の人と、デカい野蛮人とあたしと、あと救護に回ってた若いのだったのね。
 基本的に、前二人で気を引いて、どっちかが殴られてる間に他の奴らで殴るわけ。
 まあ順調だったんだけどさ、なんか振り向いた拍子なのか、熊の目にね、矢が刺さっちゃって。さすがに狙ってできるもんじゃないって、あとで聞いたんだけど。
 いやあ、暴れるなんてもんじゃなかったわよ。
 あっと思ったときにはデカいのがなぎ倒されてね。
 弱ってたはずなのにねえ、ほんと。追い詰められると変わるもんよね。
 でもまあ、視界が半分潰れたわけじゃない?
 こりゃ一気に決めなきゃと思って頑張ってたのよ。
 したら、あれよ、救護の子がね、デカいの、ほっときゃいいのに引きずってこうとしてね。
 デカいのも、足に来てんのか立てないみたいで、いいから下がってろなんてね、叫んだりして。
 二人して頑固に、行くの行かないの、置いてけだ置いてかないだ、まあ、すぐ近くでぎゃんぎゃん言い合ってりゃね、そりゃ熊も気になるでしょうね。
 あっと思った瞬間には前足振り上げて、血祭りよ。クロツメグマの前足でやられたら華奢な人間なんか大変なんだから。
 あたしがいなけりゃね、ふふ、そうなってたわけ。
 なんとかギリギリで受けたんだけど、盾はじかれて、踏ん張りも効かなくてね。
 足滑らせてくるっと回って背中見せたとこに一発貰っちゃったのよね。
 今も跡残ってんのよ、鎧の上からざっくりいかれてね。ありゃヤバかったわ。
 そんでね、一瞬トんでたらしくて、気付いたら例のデカいのと若いのね、クマの首っ玉にしがみついてんのよ。
 何馬鹿なことやってんだって話でね。
 クマもあれよ、二本足で立ち上がってさ、ぐわんぐわん頭振り回してるわけ。
 弓も魔法もね、危なくて撃てやしないの。
 そんでちょうど、私の目の前でこうね、四つ足モードに戻ってね。
 あら、こりゃいいわねって思って。いやね、あるのよ、目の前にちょうどいい踏み台が。
 そんで、デカいのの背中を蹴った瞬間よ。
 動き止まるの狙ってたんでしょうね。矢がね、今度は狙ったんだって言ってたけどホントかしらね? もうかたっぽの目に刺さったのよ。
 グギャアアってなもんでね、クマもね。あたしごとデカいのをね、跳ね上げたのよ。
 若いのもね、その最後ので振り飛ばされてどっかいってたんだけどね。
 その瞬間今度は爆発でね。魔法が入って。
 そしたらね、バッチリ目が合っちゃったのよ。炎の中のクマと。おかしな話でしょ。
 目ん玉両方潰れててね、鼻っ面も歪んでるし、全身ズタボロで、ぐちゃぐちゃの血まみれよ。
 そんでもしっかりとこっち向いて牙剥いてね。絶対にこいつは私のこと見てるなって。
 感動しちゃってあたし。クマってすごいわねえって。
 ああもちろんね、後から思ったことなのよ。何せ夢中だったからね。
 いい加減くたばれとか、このままぶん殴ってやるってね、そのくらいよ、考えてたことなんてね。
 そう、跳ね上げられたのよ、あたし。真上よ? 当然ね、狙うでしょ。全力でね。
 すごい手応えだったわ。なかなか無いくらい。

 後でね、低能様には文句言われたけどね。いやあほんと、気持ちいいくらいぐしゃぐしゃでね。トロフィーにゃならなかったからね。
 そのあと毛皮のね、ボロボロじゃないとこね、もらって、自分で縫ってね。今も冬使ってるんだけど、外套つくってね。
 まあ、そんな感じよ。


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