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自主隔離の世界で見えてきた「ネット接続は人権」という一面

ほりまさたけ

感染防止で子どもたちが読める電子書籍の無料キャンペーンが行われたり、オンラインでイベントやライブが開催されています。

その一方で、こうした情報へのアクセスそのものが、回線の有無に依存しているという面も見えてきています。

たとえばネット上で授業を行うにしても、肝心の学生たちが通信量が十分にあるネット回線をもっているか、ひとによってはスマートフォンの回線だけではないかという懸念があるわけです。

家庭で固定回線を引いている人には想像しにくい可能性がありますが、ふだんそれほど家にいない、高速な回線ならば大学にあるという学生の場合、高いお金を払って自宅で回線を維持する意味はあまりないわけです。

こうした話題は欧米でも存在して、たとえばディズニーは自宅で見る人がおくなることを想定して、もちろんビジネスの側面もあるでしょうし、自主隔離している人々へのサービスという側面もこめて、Frozen 2の配信早めたりしています。

そしてそれにあわせて、データプランの上限を期間限定で撤廃する会社も登場しています。

よく「ネット接続は人権である」という議論があり、ひとによってはそこまで真に受けてもらえない場合があります。

しかしラジオやテレビが、機械があれば誰でもみることができたのと同様に、ネット接続がいまや情報の主要な流れ方になった以上、誰でもいつでも見られるようにするというのは、基本的なインフラとして認められていい気がします。

世界には、国民に対するネット接続や、特定の話題へのアクセスを制限する国も多くあります。それが行われていないだけ日本はとても恵まれていますが、もう一歩進んで、ネット接続そのものはすべての人々が享受できる権利とした場合、情報流通からやってくる社会の底上げはとても大きいものがあるのではないかと思ったりします。

そうそう。そういう方法もありますよね。

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ほりまさたけ
堀 正岳(ほりまさたけ)。Blogger / Writer / Scientist。Lifehacking.jp、mehori.com管理人。「リストの魔法」「ライフハック大全」「知的生活の設計」の著書をもつ作家、本業は気候学研究者。テクノロジーと知的生活について書きます