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なぜネット上で議論を避けるのかについて

ブログをはじめたときに、決して触れてはいけない話題として私が選定したもののなかに「政治」というカテゴリがありました。

私のブログは政治を扱うものではありませんでしたし、政治とはつねに意見が分かれるものですので、触れることによってある読者は理解できても、他の読者が居心地悪くなる可能性があるならば、最初から近寄らないことが大事だと思ったわけです。

しかし時間がたち、社会が次第にかわり、自分自身が歳を重ねるなかで、こればかりはまずいだろう、こればかりは立場を表明しなければいけないと思われるような出来事も多くなってきました。

そういうわけもあって、2016年頃は大統領選もけっこう追っていましたし(私の趣味ですから)、最近だと新潮45の問題に関係してツイートをするといったこともありました。だれかに影響を与えたい、考えを変えさせたいというよりも、どこかで「これはおかしいよね? それとも自分がいけないの?」と心傷ついている人がいるならば傷つく必要はない、ここに味方がいるぞと声を上げたいといった程度のことですが。

そうすると、なぜネット上で議論しないのか、という問題が立ち上がってくるわけですが、それについて最近とてもおもしろい論考が Longreads で紹介されていました。

「私はあなたと議論しない」というこのエッセイは、議論をすること自体は必要であるものの、ネット上で、メディアのうえで行われている叩きあいはそもそも合意形成や、真理の追求を目的としていないことについて説明しています。そもそも冒頭が考えさせられます:

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