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ダークな観光?ダークツーリズムってなに?

お久しぶりです。メヘヘのみやはえです。大学の演習関連で更新が滞ってしまいました。さて、今回は「ダークツーリズム」という言葉についてお話ししようと思います。あまり一般的な言葉ではありませんが、中身を聞くと「そういうことか!」と納得して頂けると思いますので、ぜひお読みいただけると幸いです。

なおこの記事では特定地域にネガティブなイメージを与えることを意図した記事ではございませんことを念頭に置いて頂けますと幸いです。

修学旅行と平和学習

皆さんは中学及び高校の修学旅行でどこを訪れたか覚えていらっしゃいますか?私の代はコロナで高校の修学旅行が中止になってしまったので断言することは出来ませんが、恐らく「広島」「長崎」「沖縄」を訪問した、という方は多いのではないでしょうか。
これらのまちの共通点としては、修学旅行に「平和学習」という意義を持たせることができる、ということが挙げられます。

つまり、第二次世界大戦では無辜の民間人が多数犠牲になった三都市を訪れることで、戦争の記憶を風化させず、平和を祈念するという目的が明確に持たれているのです。

修学旅行を全力で楽しもうとしていた人からすると、生々しい戦争体験からは目を背けたくなるかもしれませんし、「観光」の気分で平和学習を受けるとよりショックを受けるかもしれません。
しかし、これも立派な「観光の形」であるとも言うことができるのです。

「負の遺産」とダークツーリズム

それではここでは「ダークツーリズム」という言葉自体についてお話します。

と、その前に、ダークツーリズムについて述べる上で欠くことができない言葉として「負の遺産」という言葉を説明します。今や一般的に用いられる「負の遺産」という言葉ですが、ダークツーリズムの場面でも皆さんが思い描く通りの意味を持っていると思います。

この言葉は主に文化的な観光地で用いられる言葉で、近現代に起こった戦争や人種差別の歴史にかかわるものを指すことが多いです。また、自然災害の被災地に残る、災害の恐ろしさを残した遺構についても比喩的に「負の遺産」と呼ぶ場合もあります。
このような戦争跡地や災害被災跡地などの人間の悲しみや苦しみの記憶を巡る旅をダークツーリズムと言います。

広島市の原爆ドーム。戦争の悲惨さと核兵器の残虐さを今に伝える世界文化遺産です。

「観光」の語源から見るダークツーリズム

ところで「観光」は「易経」にある「國の光を觀る もって王に賓たるによろし」という一節からきています。これは、その地の自然や文化、産物、風俗、政治、暮らしなどの「光」をよく「観」て、この「光」が優れている国の王に賓客となって重用されるのが良いという意味です。「觀國之光」は、現代の「観光」がイメージする物見遊山とは異なり、心をこめて見て、学び、理解することであり、明治4年に日本が政治や経済などの情勢を知るために欧米に派遣した視察団の、帰国後の報告書を政府が発行した「特命全権大使米欧回覧実記」には巻頭に「観光」と大きく書かれています。
実はダークツーリズムの考え方は「観光」本来の意味に近しいところがあるのです。

世界に広がるダークツーリズム

ダークツーリズムは1990年代から提唱されつつあった言葉で、イギリスで生まれた言葉です。「人類が犯した過ちを忘れない・繰り返さない」という「反省」の意味とホロコースト否認に対抗する形で、正しい歴史を知らしめるために、ユダヤ社会やポーランド社会が観光地化したアウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所跡が注目されたのに始まると言われています。

ヨーロッパでは「光と闇」「天国と地獄」のようなポジティブな側面とネガティブな側面をひとくくりで考える思想があり、また建物が石造りが多かったため、「負の遺産」というものが残りやすかったそうです。一方でアジアはネガティブな歴史を韜晦する文化がある他、木造りの建物や紙の書物が多く、不都合を隠匿するのは比較的容易であるため、「負の遺産」が残らない場合も多いそうです。日本にも「怨親平等」という考え方があり、「死んだら仏様になり、責任を追及しない」という考えが残っています。このため、負の遺産を「やった人は既に亡くなったから見なかったことにする」という考えの人も多く、目を背けがちになってしまうそうです。

アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所

しかし、ダークツーリズム草創期に、ナチズムの象徴としてアウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所が注目されたことや、地球規模の国際化で日本国内にもダークツーリズムという考えが入ってきました。この国際社会において、不都合な歴史も隠すことが難しくなった、という側面もあるかもしれません。

一方で、原爆ドームの世界遺産登録や三陸海岸の国定公園指定など、戦争や災害の記憶を「教訓」として後世に伝える活動が行われているのも事実です。このように、正しい歴史を伝えることを目的として人類の負の遺産が保存されることで、ダークツーリズムが注目されるようになったのです。

戦争の記憶を残す広島とダークツーリズム

広島は日本国内でも早い段階でダークツーリズムが注目されたまちです。原爆の歴史の他に近隣の呉には海軍の鎮守府が置かれたことで、「軍都」として栄えた過去があります。

呉市にある大和ミュージアム

広島県内には厳島神社や尾道をはじめとしたさまざまな観光資源が存在していますが、「負の遺産」として原爆ドームが残っているというのも事実であるとお伝えしました。ここは被災後しばらくは被爆の悲惨な思い出につながることから、原爆ドームの取り壊しを望む声もあり、保存と取り壊しの方針が決まらないまま、長い間そのまま放置されていました。

年月とともに原爆ドームの周辺壁には雑草が生い茂り、建物も壁には亀裂が走るなどの傷みが進行し、小規模な崩壊、落下が続いて危険な状態となりました。

しかしその頃、原爆による白血病で亡くなった被爆者の日記が見つかり、「痛々しい産業奨励館だけが原爆の悲惨さを後世に訴えかけてくれるだろう」という趣旨の記述が注目され、そこから保存活動が行われたという歴史があります。

このような歴史を持つ広島の原爆ドームや資料館を訪れること、また平和記念公園で戦没者に手向けることで、今一度平和について己に問い直すことが「広島」について深く知るための契機になるのではないでしょうか。確かにショッキングな映像を目にするかもしれませんが、目を背けるのではなく、二度とそのような悲惨な戦争が起こらないように願う機会とすることで、今一度これからの人類の営みについて考える機会となるでしょう。

ダークツーリズムの課題

しかし、ダークツーリズムはその観光対象の特性上、あまり好ましく思っていない人が多いことも事実です。被災された方にとっては、生活の再建や地域の課題解決が最優先であり、「観光」は純粋に歓迎できるものではないという面もあります。

今年の元日にも能登半島で大きな地震があり、甚大な被害が出ています。今は地域の復旧が進み、被災地の方の日常が取り戻されることを最優先とし、観光という視点で現地を訪れるのは一度考えた方が得策かもしれません。

現地に行かなくても被災地を支援する方法はあります。また、甚大な被害を免れた地域は風評被害によって苦しんでいる例もあります。現在はメディアの発達により被害状況を確認できるようになりました。これらを活用し、現地に行って支援することができるエリアに限定して訪問するのもいいかもしれません。

あくまで最優先は「地域の生活」であることを忘れないようにしたいですね。

かつて東日本大震災や福島第一原発事故の被害に遭った福島県南相馬市の原ノ町駅前。

加えて、「負の遺産」の不用意なラベリングにも注意が必要です。

震災で被災された方やまちはそれらを乗り越えて、次の一歩を着実に踏み出しています。「負の遺産」という言葉はネガティブな印象の言葉であり、安易な使用は避けるべきでしょう。

私が南相馬市で生活を営む方にお話を伺ったところ「震災を忘れないことは大切だと思うが、それと同時に自分たちが震災を乗り越えて日常を取り戻していることも見て欲しい」とのお話を頂きました。現に南相馬市中心部からは震災の面影が消えつつあり、東日本大震災直後のニュースの映像からは想像もつかないほどに「いつも通り」を取り戻しています。

一部には震災の記憶を伝える施設もあるので、震災の凄惨さを学びに行くのも大切なことですが、同時に、被災地が取り戻した「日常」を学ぶのも大切なのではないでしょうか。「負の遺産」として過去に囚われてばかりではなく、「いま」を確かめることで、被災地が背負う風評被害の払拭になるのではないかと考えます。

現在の広島駅前

先述の広島も、まち全体が瓦礫の山と化すほどに壊滅したところから1世紀経たずして現在ほどの大都会に生まれ変わったわけですから、「復興のあゆみ」を見つめることで地域理解をしていきたいですね。

東北の海も美しさを取り戻しました。

これらはあくまで観光客側の視点でしたが、行政側や旅行会社などがダークツーリズムを観光資源化する時には、地域との合意形成を図るべきであると思います。
また、無理解な訪問者への対応やそれに伴う二次被害のケア等の二次的 三次的な課題も生まれてきます。
これらを総合して遺産の保護に関する地域住民とのコンセンサス形成を行うことが重要視されるポイントだと考えます。

さいごに

今回はダークツーリズムについてご紹介させていただきました。ダークツーリズムは人類が直面した暗い歴史に目を向けることで平和と防災について考える機会となる観光のことです。目を背けたくなる悲しい歴史もあるかもしれませんが、将来世代に歴史を残すため、同じ過ちを繰り返さないようにするために、ダークツーリズムの考えを持つことが大切である、というように私は考えます。
一方で、ダークツーリズムに囚われて悲しい過去にばかり目を向けるのではなく、それを乗り越えた「いま」を知ることで、より地域に対する理解と今後の人類の在り方についての意見を得ることができるのではないでしょうか。

レジャー的な娯楽だけが観光ではありません。ぜひこのような教育的価値を持った地域資源にも目を向けてみてはいかがでしょうか。

それでは、このあたりで筆を置かせて頂こうと思います。ぜひ旅行の際はレジャー的な観光地だけではなく、ダークツーリズムの考えに基づいた学びのある旅行も計画し、これからの自分たちについて考える機会を設けてみてください。
長くなりましたが、お読みくださりありがとうございました!

参考文献

1.『観光』とは? ~国の光を観る~ | 郡上市 Gujo City 最終閲覧:2024/01/22
負の世界遺産とは | 世界遺産オンラインガイド (worldheritagesite.xyz) 最終閲覧:2024/01/22
世界で注目「ダークツーリズム」 取り入れ方を知り、いつもとちょっとちがう旅に:朝日新聞GLOBE+ (asahi.com) 最終閲覧:2024/01/22
原爆(げんばく)ドームについて - 広島市公式ホームページ|国際平和文化都市 (hiroshima.lg.jp) 最終閲覧:2024/01/22
岩手大学リポジトリ (nii.ac.jp) 現代行動科学会誌 第34号,76-77(2018)|【フォーラム 現場から問いかける― 】 旅行会社が行う復興と地域貢献|畠山 彩愛(株式会社日本旅行東北) 最終閲覧:2024/01/22
過去を知る – 広島復興への道国際平和拠点ひろしま〜核兵器のない世界平和に向けて〜 (hiroshimaforpeace.com) 最終閲覧:2024/01/22

記事中の画像出典
キャンプ 建物 アウシュビッツビルケナウ - Pixabayの無料写真 - Pixabay 最終閲覧:2024/01/22 PiotrZakrzewski - Pixabay 提供
その他国内の写真は学部生の皆様から提供していただきました。Aさん Tさん Yさんご協力感謝致します。

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