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料理はどうやら儀式らしい

思い返せば、料理をすることで救われることが多々ある人生だ、と思う。

実家にいたころ、深夜に姉とお菓子作りをすることがあった。言い出しっぺはいつも姉だった。寝床につこうとすると、「お菓子作りしない?」と声をかけられ、そろそろと二人で家を抜け出し、駅前の西友でひととおり材料を買い揃え、こそこそなんでもない話をしながら一緒にお菓子を作った。具体的になにを作ったかはあんまり覚えていない。ハンドミキサーはさすがにうるさいから、それを使わないで済むもの、という条件で作っていた気がする。
当時いい子ちゃんの中学生をやっていた私にとっては、夜更けにスーパーに行くことも、親に内緒で夜更かしをすることも、非日常でワクワクしたし、ちょっと悪いことをしているような気になって、ちょうどいいガス抜きになっていた。
当時は特に何も言っていなかった姉も、今きいたら「ストレス溜まるとやってた!」と言っていた。加えて「付き合わせちゃったね」と言われたので、私もガス抜きになってたし楽しかったよ、と伝えておいた。

高校に入学してからすぐ、近所のイタリアンレストランのキッチンでアルバイトをはじめた。仕込みから実際の調理まで、いろいろな業務をやらせてくれた。特に好きだったのは、ピザ生地をまるめる作業だった。4kgほどある巨大スライムみたいなピザ生地を、スケッパーで切り分けて100gずつまるめるだけの単純作業。冷たくてやわらかいピザ生地の感触、べたついていた生地がつるんとまとまっていく様子、まるめ終わった後の両腕の倦怠感を今でも覚えている。ばけものみたいだったピザ生地が、ばんじゅうに整頓されていく様も好きだった。基本的に一人で行う作業で、適度に頭を使わずにできるので、その作業時間は私の中でちょっとした瞑想タイムになっていた。嫌なことがあっても、その作業をするとちょっと薄まった。

大学在学中に引っ越しをして、そのアルバイトを辞めることになったが、結局次も飲食店のキッチンでアルバイトをすることにした。タダの賄いに釣られて応募したら、前の店の3倍ぐらい忙しかった。仕込み量も桁違いで、終わりが見えないほど野菜を切らされ、ドレッシングを作らされた。ビュッフェの店だったので、一回に提供する料理の量は完全に巨人に対するそれで、力仕事も多くて結構しんどかった。しばらく働いて慣れていくと、朝の仕込みは好きになった。野菜をひたすら切る作業は、ピザをまるめる作業と同じく瞑想タイムになった。開店前、作業している音だけが響く空間も好きだったし、仕込む野菜が季節ごとに変わっていくのも楽しかった。

高校・大学の7年間、ずっとキッチンでバイトをしていた。それが学生生活のなにかしらの支えになっていたように思う。

母と二人暮らしをしていた時期がある。当時私は大学こととバイトばかりで、家での料理はほぼ母に任せっきりだった。(料理どころか、家事のほぼすべてを任せっきりだったので、今でも反省している。)
あるとき母が一週間ほど入院することになった。突然のことだったのでかなり動揺した。入院が決定した翌日、なぜか、母が買った食材たちを絶対に腐らせてはいけない!という使命感に駆られ、バイトを22時にあがったあと、夜な夜なピーマンの肉詰めを作ってひとりで食べた。姉と深夜にお菓子作りしたことを思い出しながら作った。食材をしりとりのようにつなぎながら買い足して、ひとりでたくさん料理をした。料理をすることで、母不在の家を守っている気になっていたのかもしれない。一人の家は静かで寂しく、不安に飲まれそうだったけれど、料理を作っているあいだは和らいだ。

つい昨日も、夜な夜なひとりで台所に立った。気持ちが沈んでしまい昼間は寝腐っていたが、21時頃から今日行ったピクニック用のお弁当を仕込みはじめた。友達がゲームをしながら通話しているところに混ぜてもらい、だらだらと話しながら食材を切ったり茹でたりした。メニューを考えながら効率無視でやったために23時までかかってしまった。眠る頃には昼間に考えていたあれこれも薄まって、ぐっすり眠ることができた。ぐっすり眠りすぎて、今朝は寝坊してしまい、お弁当の本調理はバタバタだった。
昨日は本当になんでもない日のなんでもない料理だったが、なぜか心底救われた。

自分にとって、台所に立って料理をすることは、その出来や、それを食べた誰かの感想に関わらず(おいしいと言われたらもちろん嬉しいが)、自分のメンタルを立て直す一種の儀式になっているように思う。人それぞれがそういう儀式を持っていて、私にとってのそれは料理であるということを自覚した。家事としての料理は面倒で億劫なことも多いから、自分は心から料理が好きなわけではないのだろうな、と思っていたけれど、精神の重要なところに鎮座しているのは間違いないと理解した。好き嫌いとは別軸で、大事にすべきものなのだと思う。

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