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 トランプ待望論。

きのう偶々新宿にいたのですが
3連休の頭で外人・倭人問わず人出ギュウギュウ、大混雑。
ちょうど昼どき、さてカレーにするか、トンカツにするか、「甲乙つけがた」く
むかしから「迷ったときは両方」というのがわが家の家訓、
 
といってデパートの食堂じゃないんだから両方のメニューの店はなく、
取り敢えず印度カリー「中村屋」の地下にいけば待合室が満員、えらい行列、
こんな行列、待って食べるほどのものでなし、
即刻「すずや」に変更、こちらはスンナリ、
何年振りかでとんかつ茶漬け、久しぶりに堪能、満喫。
この下卑た味がたまらない。
 
なあんて思っていたら今朝になってトランプが暗殺未遂、
どこまで悪運の強い男なんでしょう。
 
そして一方のバイデン、
あちこちで言い間違いを起こしていながら選挙続投宣言、困った耄碌ジジイ、
トランプにバイデン、ともに「甲乙つけがた」し。
いや これは,「丙丁つけがたし」。
ここでは「迷ったら両方」の法則は通用せず、両方とも却下。
 
ポンコツのバイデンVSガラクタのトランプ、
ここでも どちらがポンコツでどちらがガラクタか、どっちもどっち、
つまり「目クソ・鼻クソ」、
両方ともご免こうむりたい処です。
 
アメリカでも「トランプもバイデンも厭」というカテゴリーが生まれているそうですが、
だからといってそれに代わる候補者も未だ現れず、時間だけが無情に経ち、
沈没の時を迎えます。
 
まあ他国のことですからどうでもいいのですが
今年になってわたし、
バイデンよりトランプの方がいいのではないか
なあんて思うようになってきました。
 
というのも現下の世界状況、
いかに中国、ロシア、北朝鮮という「ならず者」国家に対峙するか
ということになりますが、
 
相手が「ならず者」であるのにこちらが「紳士的」であっては対抗できず、
やはり常識を超えたハンパ者、与太郎、やくざ者が相応しいでしょう。
 
2017年でしたか、フロリダのトランプの別荘で米中、トランプ/習近平対談があったとき、
トランプは冒頭、シリアへのミサイル攻撃を「報告」、
習近平、予期せぬ出来事に目を白黒させてキョトン、
唖然、呆然、動揺、狼狽、やがて作り笑い、
そこでは何も語ることができず、帰国してからはじめて米国の攻撃を批判していました。
 
2019年ベトナム・ハノイで米朝2回目の首脳会談があった時、
2日目の会談が決裂、トランプは勝手に昼食会をキャンセル、
一方的に記者会見をやってさっさと帰国、
取り残された金正恩は勝手が解らずウロウロ狼狽、
帰りの電車で
「一体何の為にこんな汽車旅行をしなければならないのか、プンプン。」
嘆いたと言います。
 
つまりこうした連中には、常軌を逸した、規格外の、破天荒の
従来の「外交」という範疇を越えたトンチンカン外交、害寇とでも呼ぶ「あしらい」が対抗しうるのではないか
と思ったりするのです。
 
ほかの人間がそれをすれば「衝突」要因になりますが、トランプがすれば
「あのバカじゃしょうがない」
赦される?ような。
 
バカを以ってバカを制す。
こうした外交は、いままでなかった形態、新機軸の外交です。
そしてそれができるのは、誉められたことではありませんがトランだけ、
トランプ大統領 再登場を希求する所以です。
 
彼が大統領になって世界がどんなに混乱するか、
上を下への大騒ぎ、
楽しみです。
 
ハヒフヘ・ホホホホ。
 
(2024.7.14.)

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