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国家に侵食される個人。

村元哉中がレイシー達也と不倫した
といわれても、申し訳ないけど村元哉中もレイシー達也も知らず、
村元哉中に至ってはその読み方さえも判らず
 
そんな二人の「スキャンダル」を、報道する価値があるのだろうか?
それこそ「売名行為?」と思ってしまうではないか
なあんて思うキョウこの頃、
 
バイデンがハリス副大統領をトランプ副大統領と言い間違えたり
ゼレンスキーをプーチンと言い間違えたり
ますます病膏肓に入り、手のほどこしようがありません。
 
それでも立候補を止めると言い出さないのは
言い出さないこと自体が「正常な判断力」を失っているから。
運転能力を失っている人間が「自分だけは大丈夫」、
運転を止めようとしないのと同じでしょうか。
 
なあんて追っていたら
山形県で5日、「山形県 笑いで健康づくり推進条例」(通称「笑いで健康条例」)が可決されたそうです。
「県民は1日1回以上、笑うように」
 
笑う門には福来る。
なんでも山形大学の研究で、
40才以上の男女、2万人を調査したら、
「1週間に1回以上笑う」と答えた人が、「1回未満」に較べ、死亡リスクが半分。
 
高齢者の医療負担が増え、
高齢者が健康になれば医療費負担も減るだろう
と云うことで今回の条例提案になった
というのです。
 
こんなに連日の猛暑、連日の物価高、観光地の混雑、慢性的実質賃金値下がり、・・・・・
誰がヘラヘラ笑っていられるか
なんて言うつもりはありません。
 
そもそも「笑う」なんていうのは、個人的感情領域の行為、
笑おうが笑うまいが個人の勝手、
「県」に兎や角言われる筋合いはありません。
 
面白くもない映画や漫才を見せられて「笑え」といわれても困ってしまいます。
面白ければ言われないでも笑いますし、面白くなければカネをもらっても笑えません。
 
少子化だからといって、毎日1回セックスをしろ
といわれても困ってしまいます。
 
結婚する・しない、子供を産む・産まない、セックスをする・しない、
これらも個人的感情領域の行為、
国や県が兎や角言うことではありません。
それを条例や法律にしてもらっても困ります。
 
最近は
「子供は社会で育てる」なんていう「論理」が正当化され
国家が個人の領域にズカズカ上がり込んできます。
 
そうした風潮に不感症になり、迷惑でもなんともないと思わされて国民が鈍感になり
「1日1回笑え」
なんていうことが不思議でもなんでもなく、至極当たり前のように法制化されるお節介な時代になっちゃいました。
 
おおきなお世話、恐ろしいことでございます。
 
息苦しい時代になりました。
 
カキクケ・ククク・クルシイ。

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