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経済学部卒デザイナーが転職までに得た学び⑤親に気を遣わない

未経験&別業界からデザイナーに転職するまでに得た気づきの話も、早いことに5項目目に突入しました。

第5弾は、
「親に気を遣わない」
について書いてみたいと思います。

気ぃ遣いの末っ子

私は自分で言うのもなんですが、そこそこの気ぃ遣いぃです。
家族にも気を遣っています。決して、両親が厳しすぎるとか罪的な何かということではありません。
末っ子ゆえの性格と言うのでしょうか、周りで起きていることをまず俯瞰して観察する癖がついているように思います。

だから、家族の中でもなんとなく「お父さんは○○な人だ」とか「お母さんは○○がスイッチだ」みたいな、自分なりの家庭内キャラクター考察があって、グラフ化したときに自分の立ち位置も合わせて計算しています。

子どもの時からそんな感じだし、おまけに山脈で情報が遮断されるかのような長野県の片田舎だったもんですから、いわゆる保守的人間となって、大学で京都へ出るまでは、多少の反抗期はあれど、「破天荒」という言葉を知らずに順当に生きてきた背景があります。

※10代の頃の話しはこちらの記事でどうぞ↓

気を遣っていたらデザイナーにはなれなかった

いざ関西という土地を知り、都会の中で育った友人たちから新しい価値観を教えてもらい、自分も働きだして更に色々な社会人模様を見ていたら、「自分はこれでいいのか?」みたいな人生の問いが浮かび上がります。

多分、ここが本当の意味で自立のスタートだったのかなと思うんです。
が、それと同時に「大学まで出してもらって何を言っとるんだ」とか「お金もちゃんと稼げずに転職を考えるとは何事だ」みたいなことを言い出す、もうひとりの自分に気づきました。
そのもうひとりの自分の声に耳を傾けたがために、幾度となく突き進むことを諦めた経験もあります。さらには、「相談したら反対されるに決まってる」とこれまたエアーな現実に、勝手に諦めていたこともあります。

結局、もうやるしかないわ!と腹をくくったわけですが、あの時もしも気遣いをして先延ばしにしていたら、その後のすべてのストーリーが変わってしまったと思います。

もしかしたら、京都に戻っても友達に相手にされなかったかもしれないし、もしかしたら、転職した会社から当初アルバイトに来る?と誘ってもらえなかったかもしれない。
そもそも、気が変わって地元で落ち着いていたかもしれない。

今にして思えば、あの時に気を遣い続けていたらデザイナーにはなれていなかったと思います。

子の心、親知らず

30代となった今やっとこさ分かってきたのは、親の心子知らずならぬ、子の心親知らずなのだということです。
子ども側が結構な心配や取り越し苦労をしていても、意外と親って気にしていないのですよね。

決定的に感じたのは、結婚の挨拶で私が10歳下の人を実家に連れて行った時です。
会うまでは、
「やばいかなぁ・・・10も下だったら不安に思うかなぁ・・・」とか「なんて伝えればベストかなぁ・・・」とか「あとで考え直せとか色々言われるんかなぁ」とか、
事を話す前に散々考えあぐねて、仕方なく親に打ち明けるような感じだったのですが、いざ会わせてみたら「まぁ本人たちが良けりゃそれで良いけどな」みたいなゆる〜い返事をされて拍子抜けしました。
(あ、もちろん旦那くんがちゃんとしてくれたのも大きい功績)

結局”健康でいてくれりゃ、それでいい”ということに尽きるのだなと。

誰に気を遣ってもしゃーない。自分で決断すべし。

今思い出せば、ただ単に、自分で勝手に取り越し苦労しているだけのことが多いなと思います。

親のことを中心に挙げましたが、友達でも上司でも同じだと思っています。とにかく”自分ではない誰か”に気を遣って、自分の本心を隠しながらずるずると先送りにしている人がいるなら、

「自分で進めるしかねぇ。これまじで。気を遣っていたら進めるもんが進まないよ。」

私は経験からそう言いたいなと思います。


(あぁ、、、考えが散らかった文章になってしまって、あしからず…。
毎日noteをしっかり書くってなかなか難しいものだと感じている今日このごろです。)


※アイキャッチはdcmrさんの写真をお借りしました。この哀愁を背負った感じがたまらなすぎて、即決定です(笑)縦型の写真なのでトリミングをさせていただきましたが、今回のテーマから”独り立ち”のイメージを重ねて、辿った道の方を広く残す形で切り取りました。ありがとうございます。

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