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share: 「神がわたしたちに 見せたかったこと」

こんにちは。
今回は、
個別での
ヒーリングセラピーを
ご一緒くださった方の
表現を、シェアさせて頂きます。

読まれた方、お一人おひとりが
内側で、実は響いていたものが
思い出される文章に
かんじます。




めぐみさん

今回、申し込むことに
なっていったいきさつ、
タイミング、
申し込んでから
実際のヒーリングセラピーの日までのこと、
当日3日間の受け取り、
めぐみさんからお伝えいただいたこと、
その後のこと。

すべての流れが、
「神がわたしに見せたかったこと」
なんだと思います。

相手の光を 
確信して見ると何が見えるのか。

わたしの光を
確信を持って見てくださる人と
共に祈るとどうなるのか。


ヒーリングとは
「取り消し」だということ。


笑ってしまうぐらいに、

「え?わたし? 
元から神を全面的に 
信頼していますけれど」

「これまで疑ったことも、
不安を持ったことも
一瞬もありませんけど?」
という感じです。

「取り消し」って、
わー!ほんとに取り消されるんだ!
ってびっくりしています。

「愛されてる」のも、知ってた♪(笑)
ということを、
素直に認められます。


今さらながら、
「学ばれてきたことを白紙に戻す」
というのは、
光の中に戻してもらう、
取り消してもらう
ということかなと思います。



わたしが 
どなたかを祈る時

わたしは「わたしのために、 
祈らせてくれてありがとう」
と思っています。 

自分のために
していることが、
ヒーリングにつながっていたら
うれしいなと思うし、
そのように
受け取ってもらっているようです。


そして、愛はひとつなんだな
と実感しました。

わたしから「誰か」への愛、
「誰か」への感謝というだけでなく、

神の愛、神の感謝が
放射しているんだと。

わたしがはっきり見えたイメージとしては、
3日目に、ものすごくカラフルな幾何学模様がネオンサインみたいに
ブワァーッ、ブワァーッ!と光っていて、
「ようこそ!ようこそ!」
と言われた気がしました(笑)

あとは、ヒーリングの時間中は
とても静かな温かい時間でした。

3日間のうちで、
とても心に残っている出来事があります。
日曜日の早朝、
「遠藤周作没後25年」の番組を見ました。

(ご存知かもしれませんが)
遠藤周作さんは
お母さまの信仰の影響で
子供の頃に洗礼を受けた
敬虔なカトリック信者ですが、
最終的には 
「どの宗教も、
同じ神を、
違った文化や象徴で求めている」
という考えにたどりつかれたようです。

遺作「深い河」には
その考えがとても反映されていて、
クリスチャンだけれど、
神学部でも修道院でも教会でも
異端とみなされる主人公が、
神を信じず、
「神」という名を嫌がる女性に対し、
呼び名は何でもいいからと、
「玉ねぎ」という言い方で

「ぼくは玉ねぎを信頼しています。
信仰じゃないんです」と言う部分があって、

まさしくわたしも
「神を信仰するのではなく、信頼していたい」と思いました。

そして、遠藤さんご臨終のとき、
人工呼吸器のスイッチを切られた遠藤さんが、見たこともないぐらいうれしいお顔になって、
その時そばにおられた奥様が受け取られたことは、 

「俺はもう今、
光の中に入ったから安心しろ。
お袋にも兄貴にも会った。
お前にも必ず会えるからな。
死は終わりじゃないんだ」

ということだったそうです。

わたしは、遠藤周作さんの作品から

というものを 
考えるようになった経緯があります。 

そこからずいぶんたって、 
奇跡のコースに出会って
神をもっと深く知りたいと思って、
今、日々そんなことばかり考えていられて(笑)、とても幸せなんだと思います。


ラジオで、めぐみさんが「厳しいと言われる」というようなことをおっしゃっていましたが、
わたしは、そのブレのなさが、 
とても優しいと思っています。
そのおかげで、  
わたしは混乱しても戻れるからです。
わたしも、ブレずに、光を見る、愛を見ること、ホーリースピリットに
従うことだけをしていきます。



ありがとうございます、Nさん。

このほかにも、Nさんと
わたしのお母さまに
起きた奇跡体験も
synchroしていました。^^

それは、まさに、奇跡は同時多発的に
あらゆところに
みれる、ということを
わたしに
おしえてくださっていました。


玉ねぎ、も、れんさんが
最近ブームの幼稚園で
教えてもらった、
くいしんぼうのお化けの子👻
の歌の中にありました。

タマネギだけ
むいても、むいても、中身がない、🙃
と、お化けの子が
ガッカリする歌が面白かったので
Nさんのお話が
とても、立体的で。

お化けの子は、タマネギという
たべものが
あるのに、
ない!と、悲しんでいるのです。

Nさんの
お話には
わたしとNさんの
境界線をなくして
線香花火のように🎇
あちこちに点在する
シンクロニシティの光に

わたしも、
喜びと感謝の祈りが
深まるおもいです。

個別のヒーリングセラピーで
うけとったことは
音声か、文章にして
共有しています。

まったく、ことばにする前から
言語にならなくてよいものも
確かにあると
かんじます。

でも、言語にすると、
その奥にさらに、ふれようとする
わたしたちも、いるのです。

だから、どちらも、
どれも
等しく心の光に
包まれて
わたしも、この文章を
かかせてもらえることに
感謝です。


Nさん、わたしに
大切なことを
思い出せるよう、
書いてくださり
ありがとうございました。

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