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5-07 トゥー・ビー・サンプル

連想ゲームふう作文企画「杣道(そまみち)」。 週替わりのリレー形式で文章を執筆します。前回は藤本一郎「ジャスト・チリン! 〜癒しの経済学序説〜」でした。

今回は「前回の本文中の一文を冒頭の一文にする」というルールです。

【杣道に関して】https://note.com/somamichi_center

【前回までの杣道】

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 ジブリ風のタッチで描かれた女性がひたすら勉強するアニメーションの背景に、アナログノイズまみれでBPM遅めの心地よいヒップホップサウンドが流れている。インターネットの所産である音楽ジャンル:Lo-Fi HiphopのYoutube動画。これにあわせてギターを演奏するのが最近の趣味だと《彼》は言う。ギターは少年のころから触っていたが、そのころの音楽の趣味は、いまとはかなり違っていた。
 シアトルの高校に通っていたころは、テレビのInternational Chanelで目にしたL'Arc〜en〜Ciel(ラルク・アン・シエル)に憧れた。髪を伸ばし、テクニカルな演奏に凝り、一日に8時間もギターの練習にふけった。Geek(ギターオタク)になっていくにつれ、学校での存在感が変わっていった。回想して《彼》は叫ぶ。「Come back pussies!」野獣のように。
 モテるためにギターをはじめたはずなのに、結局、別の場所にたどりついたのだ。「間違ったことは、決してありませんでした」けれど悔し紛れではなく、本心から《彼》はそう言う。音楽を楽しむ人生に足を踏み入れられたのだから! アメリカには、豪華な家が二軒、三軒と建てられるほどの高価なギターを試奏できる店があった。「もちろん、日本にきていることには関係ありません」《彼》は気持ちよさそうに続ける。大学のルームメイトが、英語のできない日本人だったことをきっかけに日本語を勉強するようになって、日本の大学院に進学。軍人だった父は日本をよく思っていなくて、《彼》の日本行きを激しく嫌がった。もっと昔、軍人だった父は8歳の《彼》に銃の使い方を学ばせた。父は厳しかった。リラックスした笑顔をみせない。なでられた覚えがない。《彼》と電車を降りた。駅のそばの中華屋にはいる。そこは骨董品屋だった。中華料理屋ではなかった。また、間違った場所へ辿り着いていた。
 以上のパラグラフは、これまで、この「杣道」の企画で私が書いた原稿から抜き出した文章を散らしてある。さて、サンプリングという手法を用いて制作することがヒップホップサウンドの基本だとして、ではどんな音源を素材にすればいいのか。かっこいい曲を使って作ればかっこよくなるという話でもない。そんなに単純な話ではない。一般に名盤とされるものでも、サンプリング素材を探す目つきで判断すれば、「使えない」ものにもなる。
 エロ本専門の古本屋で、《彼》は包装された商品の中身をみせてほしいと店員に頼んだ。その本の表紙は写真であしらわれているものの、ページをめくると文字しか書いていない。官能小説の本だった。だから《彼》はそれを買わない。なぜなら《彼》は、絵の資料にするためだけに古いエロ本をDigっているので、字の本に用はないのだ。「素材探しもなかなか難しいんですね」声をかけると教えてくれた。いかにも写真満載!といったようなもの、いわゆる「映え」じゃないが、シンプルだったり印象が強くてわかりやすい写真、たとえば緊縛やSMの写真集や露骨なものは、一枚一枚の写真のインパクトが強いので資料にはむかない。縛られている人体は、縛られている人体以上のものにはみえない。素材としての資質を判断するには、素材を探す、特別な目つきが必要になる。
《彼》の展覧会に行った。《彼》はヒップホップ好きで、おれは数年前、《彼》からTOKONA-X(トコナ・エックス)というラッパーを教えてもらっていた。「まじで聞いた方がいいよ」TOKONA-Xは名古屋弁でラップする。話すと長なんだ いんやきっとまんだつれんたでも知らなんだ 順風満帆きとりゃよmy life RAPみたい今頃しとらんわ TOKONA-Xは2004年11月22日に死んだ。
 中古屋さんでTOKONA-Xのアルバムと田我流(でんがりゅう)のアルバムを買った翌週。絵本屋のなかで、ヒップホップ好きである《彼》に、“いまさらではあるけれど、こないだCD買ったもんだから近頃はTOKONA-Xをよく聴いてる"と伝えた。すると《彼》は、TOKONA-Xはレジェンドだから、いつまでも聴きつがれるのだ、と誇らしげに優しげに頷いた。その昔、《彼》が名古屋で彫り師になる修行をしていたころ、そのときすでに死後5年は経っていたけど、それでもTOKONA-Xの顔を彫って欲しいと言ってくる若者がしばしばやってきたのだそうだ。TOKONA-Xの影響力をひしひしと感じたという。
 数店の専門特化した古本屋をめぐったあと夕飯を食べているとき、その《彼》は「自然体」への憧れを語った。漫画「バカボンド」で井上雄彦の描いた宮本武蔵は、毎度、極度に集中して刀を振っていたけれど、あるとき"こんなに力んではいけない"と急に"気づく"。読んでいて《彼》ははっとした。自分自身の生き方、制作態度に対しても同じようなことがいえるのかもしれないとも思った。そればかりか、著者である井上雄彦が、井上雄彦自身にむけて、自身の執筆姿勢にむけて描いているコマであるようさえも思われた。《彼》は続ける。“田我流のようなスタイルで制作できればどれほどいいか!" 田我流は、肩に力をいれていきがるようなマネをしないラッパーだ。正直、素直、素朴、無邪気。キャンピングカーでまわるツアーの合間に釣りを楽しむ。どうでも良い事Largeに言う それがHIPHOP熟女ども感じてるか?
 田我流の名前を出されてうれしかった。先にも名前を出したが、田我流および田我流もそのメンバーであるstillichimiya(スティル イチミヤ)が、最も好きなラッパー/ラップグループなのだ。彼らは山梨の旧・一宮市あたりで生まれ育った幼馴染たち。TOKONA-Xとトーン、内容こそまったく違うが、方言(甲州弁)でラップしている曲は耳に楽しい。ちょびちょびしちょ まっとみぃしみろ こぴっとしんじゃ あんきなんしんよ 大事なもんならひっちゃぶいちょ また用事もねえのによっちゃぱっちょ 荒唐無稽で、とっつきやすく、謎めいている。


 家に遊びにきてくれた日、待ち合わせ場所で、《彼》はこんな話をした。
"こないだの休日、知らない人宛ての置き配が届けられていて困った。回収しにきてくれるよう、こちらから宅配業者に連絡をし、じりじりと待っていた。"
 家までの道すがら、自分も自分で、似たような経験を話した。
"注文した本がいつまでも届かない。おかしいなあと思ってネットで発送状況を確認すると「お届け済み」になってる。行方はわからない。結局、発送元に連絡をし、新品を送り直してもらった。送り直してもらった本をいま読んでる"
 その本は深沢七郎の「笛吹川」で、甲州盆地に流れる笛吹川のそばに暮らすある家系を追った物語。不可抗力的に様々なことが起こっては過ぎ去っていく。登場人物たちの口にするセリフが脳内で再生できるのは、stillichimiyaの曲を聴いてきたからだ。甲州弁のイントネーションはstillichimiyaのおかげで読めるようになった。
 誤配の話をしながら家に着いたら、ポストに、汚れてくたくたのAmazonの厚紙封筒があった。まさかたまたまその話をしたタイミングで、すっかり、水を吸ってぐにゃぐにゃになった「笛吹川」、消息不明になっていたはずの"第一便"の「笛吹川」がはいっていたのだった。配達されたはずの日時からすでに二ヶ月以上は経っていた。

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次週は7/14(日)更新予定。お楽しみに!


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