「血薔薇の王妃」第1話

◯薔薇の花園
   薔薇の花、葉、茎で編まれた階段。花はガラスのように透明だが、傷だらけのヴァイオレットが猟銃を手に階段を登る度、朱に染まっていく。黒のシルクハットの紳士が、微笑みながらついてくる。
ヴァイオレット(以下、ヴァ)「行かなきゃ」

◯雪山・雑木林
   近代ヨーロッパ風の世界。
   ダァンと銃声が響き、鹿を貪っていた熊が倒れる。猟銃を持つヴァイオレットが熊に近づく。
ヴァ「悪いね」
   木の間から、山向こうの白色の高層の塔が見える。
モノローグ(以下、M):お伽話がある。あの塔の最上階には薔薇の王様がいて、世界中から集めた薔薇を大事に育ててる。
ヴァ「いいな。生まれ変わったらあの塔のお姫様になりたい」
ヴァ・心の声「綺麗な薔薇に囲まれて、きれいな服着て、みんなからチヤホヤされて……」
   するとコツンと頭に石が当たる。見れば、煤だらけの人々が群れて嘲笑っている。山の傾斜の上に、鉄の採掘場や製鉄所が見える。
人1「血被りが仕事場に近づくな。穢らわしい」
人2「俺らはお国のために武器を作ってるんだ。おまえみたいなのが近くにいるだけで……」
   彼らに、ヴァイオレットは淡々と猟銃を向ける。
ヴァ「邪魔。額いただくよ」
   人々は怯み、蒼白になる。
人1「(慌てて)む、村のみんなになぶり殺しにされるぞ」
人2「(怯えて)やめときなよ」
   ヴァイオレットは引き金を引く。
   ダァンと銃声。銃弾は怯えた人々の横をかすめ、彼らの背後にいた鹿の額に正確に当たる。
   人々は大泣きで逃げる。
ヴァ「(笑う)ざまあ見ろ」
   後ろから肩を叩かれる。振り向けば、毛皮を着込み口元を布で隠した鋭い目の父が、犬ぞりに乗っている。
ヴァ「父さん」
   父は無言で不機嫌そう。圧を感じる。
ヴァ・心の声「(怯え)怒ってる? しゃべらないから考えが読めない」
   父は手を差し出し、赤い実を見せてくる。
ヴァ「(嬉しそうに)あ、カニナの実」
M:カニナは薔薇の一種。春夏に開花して秋冬に実をつける。私の好物だ。
   父は近くの雪の中の茂みを指差す。赤い実がポツポツある。
ヴァ「やった。おやつにしよう。風邪予防にもなるし」
   しゃがんで実をもぐ。父も無言で手伝ってくれる。
ヴァ・心の声「(笑って)父さんがいるからお姫様じゃなくてもいいや」
   空中を、一匹の大きなコウモリが飛行しているのには気づかない。

◯同・花園(夜)
   木に囲まれ枝葉に覆い隠された、こじんまりとした花園。赤や白の薔薇や、その他の草花が植えられている。
   置かれた家具。簡易暖炉で火が焚かれている。
   チラチラ降る雪は、真上の樹木の枝葉や、並んだ横長の板が防ぐ。
   ヴァイオレットは、捌いた熊肉を犬に与える。その間、赤いカニナの実と薔薇の花を食べ、薔薇の図鑑を読む。
   父は庭バサミで園の手入れをしている。時々薔薇の花を口元の布に押し入れ、モグモグ食べている。口は見えない。
ヴァ「父さんはなんで雪山に住むことにしたの? 麓のほうが色んな美味い薔薇を育てられるのに」
ヴァ・心の声「ここの地面は暖かいから寒くはないけど」
父「……」
ヴァ「昔は偉い人の薔薇園の庭師だったんでしょ? 薔薇が好きなのになんで辞めて血被りになったの?」
   父は眉間のシワを濃くする。
ヴァ「『聞くな』って? 悪かったよ」
   父は白い薔薇の花をハサミで切り、意味深にまじまじ見つめる。
ヴァ「この山でも、あの塔に行けば薔薇をたくさん見れるんじゃない?」
ヴァ・心の声「と、さりげなく言ってみるけど、答えはわかってる」
   父はつま先で地面をトントン叩く。
ヴァ「はいはい。『あの塔には近づくな』。ね」
M:事あるごとに言ってくる。危険だからって。実際、あの塔に行って帰った者は誰もいない。何があるのかはわからない。
   父はおもむろに、明後日の方向にしきりに指を指す。
ヴァ「(プッと吹き出し)あの谷にも行くなって? ヴァンパイアが出るって話?」
   父が大真面目にコクコクうなずくので、大笑いしてしまう。

◯同・崖下の谷
   高い崖が大きな影を作っている。周囲には岩場があり、雪がうっすら積もっている。猟銃を背負ったヴァイオレットがやってくる。
ヴァ・心の声「うんざり。塔はともかくヴァンパイアはさすがに嘘さ」
   崖の影の下の岩に、ヴァイオレットと同じ年頃の少女が座っている。白い毛皮を着込んだ金髪の、天使のような可憐な子。
   少女は手を振ってくる。
少女「ヴァイオレット」
ヴァ「(クスッと笑って)やあ、『ヴァイオレット』」
M:この子は私と同じ名前の子。だけど身分は貴族。冬の間だけこの近くの別荘に滞在している。狩りの途中ここで出会って、人生で初めての友達になった。

◯同・同
   素手で雪を投げ合って遊ぶヴァイオレットたち。笑う。
   くたびれたヴァイオレットが雪の上に寝転び、谷の上を見上げる。
ヴァ「(クスッと笑い)ねえ。この谷にはヴァンパイアが出るらしいよ」
少女「(笑って)人の血を吸うとか、血を吸った相手の姿に変身できるとかいう?」
ヴァ「(大笑い)変身は初耳。父さんもいい歳してさ」
少女「あなたはお父様と仲良しよね。うらやましい」
ヴァ「(苦笑い)私、ここで父さんに拾われたんだ」
少女「(驚き)本当の子じゃないの?」
ヴァ「戦争孤児で。ほとんど覚えてないけど」

◯(回想)雪山・崖の上
   追ってくる兵隊や戦車。逃げる幼いヴァイオレットと家族、村人。
   銃が撃たれ、家族は倒れる。ヴァイオレットにぬっと兵隊の手が伸ばされる。その兵隊には唇がなく、剥き出しの歯は異様に尖っている。
   ヴァイオレットは恐怖でめちゃくちゃに走り、足を踏み外し、崖の下に落ちる。

◯(回想)雪山・崖下の谷
   雪の上で目を覚ます幼いヴァイオレット。覗きこんでくる、毛皮をいっぱいに着込んだ若い父と目が合う。

◯(回想終わり)元の雪山・崖下の谷
少女「(意を決したように)ねえ」
ヴァ「ん?」
少女「(寂しそうに)私、もうあなたに会えない」
   ヴァイオレットは驚いて上体を起こす。
少女「明日お嫁に行くの。ごめんね。言えなくて」
ヴァ「(焦って)で、でも家が遠くなければ……」
少女「(辛そうに微笑み)家は近いわ」
ヴァ「なら」
少女「それでもダメなの。私の夫は薔薇の塔の王様だから」
ヴァ・心の声「よりによって」
ヴァ「なんであんたが……」
少女「『女と薔薇は同じ』。お父様の口癖よ。一番美しい時に捧げたい相手に捧げなければ、育てる意味はないって」
ヴァ「……」
少女「あの塔にお嫁として入ったらもう二度と出られないし、外の人とも会えない。そういう掟なの」
ヴァ「そんな……」
少女「でも嫁入りの朝の一度だけなら、外の人との面会が許されるわ。だからお願い。明日の朝、最後に会ってくれない?」
ヴァ「(迷って)……わかった。父さんに聞いてみる」
   岩場に隠れて二人を見ている、大きなコウモリの影。

◯同・花園
   荷物や猟銃を準備しているヴァイオレット。ナイフをポケットに入れようとし、誤って指を切り、血が地面に落ちる。
ヴァ「痛」
   鹿の死体を抱えた父が、犬たちを連れ帰ってくる。
ヴァ「父さん。早朝犬とソリを貸してくれない?」
   父は無反応。
ヴァ「早朝薔薇の塔へ行きたい。あそこはここから遠いから」
   父は首を横に振る。
ヴァ「(負けじと)友達があの塔の王様のお嫁に行く。明日の朝じゃなきゃもう会えない。だから……」
   ピシャリと頬を叩かれる。見下ろしてくる瞳は険しい。
ヴァ・心の声「見下したような目。『血被りの娘ごときが』って言いたいの?」
ヴァ「(苛立ち)もういい。ほんとの父さんじゃないくせに」
   荷物と銃を持ち、ヴァイオレットは外に駆け出す。
   父が腕を伸ばして引き留めようとする。その時、ヴァイオレットが地面に落とした血が目に入る。父は生唾を飲み込み、目を血走らせ、口元の布を下げると、這いつくばって地面の血を啜りだす。唇はなく、歯は異様に尖っている。

◯同・谷(夜)
   チラチラ降る雪。ランタンを持ったヴァイオレットが歩く。猟銃と荷物を背負っている。
ヴァ・心の声「この谷は起伏が少なくて歩きやすい。徹夜で間に合う」
ヴァ「私は射撃と体力だけが自慢なんだ。犬もソリもなくたって一人で行ける」
   ふと、父に『ほんとの父さんじゃないくせに』と言ったことを思い出し、ずきりと胸が痛む。
ヴァ・心の声「帰ったらちゃんと謝ろう」
   横からクスクス笑いが聞こえる。
   見れば、岩の上に黒いスーツの紳士(アーリマン)が足を組んで座っている。黒いシルクハットのつばで目元を隠している。
ヴァ「誰?」
アーリマン(以下、ア)「失礼。つい同情してしまいましてね」
   ランタンでよく照らせば、シルクハットの下の金色の目がこっちをじっと見据えてくるので、身構える。
ヴァ・心の声「人間の目じゃない。まさか……」
ア「(会釈)こんばんは。強い肉体のお嬢さん。私はヴァンパイア族のアーリマン。身分は薔薇の……」
   話終わる前に猟銃をぶっ放す。アーリマンは飛び退く。
ア「物騒なお嬢さんだ」
ヴァ「(舌打ち)じっとしな。非常食にするから」
   ヴァイオレットの背後にフッとアーリマンが立ち、頸動脈を指で撫でてくる。
ア「(しみじみと)やはり似ている」
   ぞくっとしたヴァイオレットは、振り向きざま銃を向ける。アーリマンは飛び退く。
ヴァ「一応同情した理由だけは聞いとこうか。命いただく前に」
ア「(シルクハットを目深に被り)他人を信じて騙された、哀れな娘ということです」
   アーリマンは黒いコウモリの翼を生やし、飛んでいってしまう。
   ヴァイオレットは舌打ちしてから、すぐに先へ進もうとし、つまずく。見下ろすと、雪の中からから真っ白な女の手が飛び出している。
   息を飲み、雪を掘って手の主を引っ張り出す。
   出てきたのは、金髪の美しい少女の凍死体。友達の『ヴァイオレット』の顔。首筋には大きな噛み痕がある。

◯山向こうの雪山・塔の前(早朝)
   空にちらつく朝日。ヴァイオレットは少女の死体を肩に担ぎ、塔の前に辿り着く。
ヴァ・心の声「(涙目で)きっとあのヴァンパイアにやられたんだ。とにかく家族に届けなきゃ」
   白い息をぜいぜい吐きながら、窓のない高い塔を見上げる。
ヴァ「何階まであるんだろう」
   塔の前に重々しい黒い扉がある。扉近くに、血で書いたような落書きがされている。
落書きの文字「薔薇狩りのハンターはガーディアンが食す」
ヴァ「ハンター? ガーディアン?」
   近くの茂みから犬のくしゃみがする。覗くと、ソリと数匹の犬が放置されている。
ヴァ「うちの犬だ。父さんも来てるの?」
ヴァ・心の声「あのヴァンパイアは私が騙されたとか言ってたけど」
ヴァ「父さんが私を騙したってこと?」
   ヴァイオレットは首をひねりながら、黒い扉を重々しく押し開ける。
   塔の近くの木の幹に、黒コウモリがぶら下がっている。

◯塔・1階
   広がる夜空。月の強い輝きに照らされ、周囲は明るい。
   地上には、丸い噴水と水路を備えた、シンメトリーの庭園が広がる。色とりどりに咲く薔薇。
   少女の死体を担いだヴァイオレットは、キョロキョロしつつ進んでいく。
ヴァ「本当に塔の中?」
   ふと、小さな薔薇を見つける。
ヴァ「カニナの花だ。冬は開花しないはずなのに」
ヴァ・心の声「そういえば寒くない」
   時々、ガラスのような透明な薔薇も咲いている。
ヴァ「何この薔薇」
   透明な薔薇の茎が、にわかにうねうね動き、ヒュッと鞭のようにしなる。避けきれず、背負った少女の死体に当たり落としてしまう。
   無数の茎が蛇のようにとぐろを巻いて少女の身体を包み、締めつけ棘で咀嚼するように揉む。少女の身体はあっという間に骨になる。
ヴァ「ひっ」
   透明な花びらが、じわっと赤く染まっていく。面食らって踵を返そうとしたその時。
父「……ァ……オ……」
   声をかけられ、近くに父が立っているのに気づく。
ヴァ「父さん?」
   父はヴァイオレットを抱きしめる。
ヴァ「(照れて)なんだよ」
父「……アァ……オ……」
   父は口元の布を取る。唇はなく、歯は異常に鋭い。口内に舌はなく、代わりに透明な薔薇の蕾が入っている。面食らっていると、蕾がパカっと開き、夥しい透明な大きな棘が外に飛び出す。
   棘が身体に刺さり、ヴァイオレットはうめく。銃と荷物が地面に落ちる。
少女「あなたがここに来るよう仕向ければ、裏切り者を誘き出せると思っていたわ」
   花園の奥から、立派なドレスの少女が悠々と歩いてくる。天使のように美しい金髪の少女、『ヴァイオレット』。
ヴァ「(驚いて)あんた、どうして……」
   少女は透明な薔薇に口づけする。
少女「透薔薇クリアローズよ。この塔でしか使えないヴァンパイアの薔薇。この男の代わりに私が任された」
ヴァ「?」
少女「王様は言ったわ。同胞はヴァンパイアの薔薇を使いこなし、ガーディアンとして各フロアの薔薇を守れ。金目当てで薔薇を盗みに来るハンターは狩れ。裏切り者は処刑せよ」
   よく見ると少女の足元の花壇には、花と一緒にいくつもの死者の生首が植えられている。
少女「だからかわいくてか弱そうな子を見つけて変身したの。それなら私が刺客だなんて誰も思わないでしょう」
   少女は大きな棘から垂れるヴァイオレットの血液を、指で取り、舐め、「おいしい」とうっとりする。姿がメキメキと変わっていく。日の光のような金髪は夜の闇のような黒髪に。天使のような顔は、ヴァイオレットそっくりに。
ヴァ・心の声「(呆然と)ヴァンパイアは血を吸った相手の姿に変身できる」
   父も血走った目でヴァイオレットの血を指で取り、雫を口の中に入れている。
ヴァ「(弱々しく)あんたら、ヴァンパイアだったの?」
少女「お伽話で聞かなかった? この薔薇の塔の王様はヴァンパイアの王でもあるの」
ヴァ「まさか……」
少女「(冷淡に)来てくれてありがとう。餌」
   ヴァイオレットの身体から力が抜け、手がぶらんとする。
   すると、横から声がする。
?「まこと極上の強い血」
   聞き覚えのある声に、ヴァイオレットは目線を横に動かす。黒いシルクハットの紳士(アーリマン)が、垂れた血を舐めている。
ヴァ「あの時の……」
少女「(眉を顰め)双薔薇ツインローズの片割れ? まだ生きてたの?」
ア「君のような変身能力程度しか使えぬ雑魚がまだここにいるのも驚きだよ」
少女「(薔薇に命令)潰して」
   薔薇が襲いかかってくる。
   アーリマンは両腕を上げる。腕がメキメキと変形し、巨大なコウモリの翼に変わる。刃のように研ぎ澄まされた翼上端部で、スパッと父の胴体を斬る。父を足で蹴り、ヴァイオレットを棘から引き離して抱える。
   少女は手をかざしてうねうね動く薔薇の茎を操り、攻撃してこようとする。
   アーリマンはヴァイオレットを地面に下ろすと、余裕の表情で茎を避けて少女に肉薄し、その首を掴む。
ア「透薔薇姫クリアローズ。君が騙して奪った私の片割れを返していただきましょうか」
少女「無理よ。あの化け物女はもう……」
   アーリマンの手の力が強くなり、少女はうめく。
ア「その姿で言われるといまいましい」
   切り裂かれた父の傷口から、うねうね動く太い薔薇の茎が生える。茎はひゅんっとアーリマンの背中を不意打ちする。
   攻撃を受け、アーリマンはヴァイオレットのほうに飛び退く。
少女「(父に向かって)裏切り者。私は忙しいから今後1階を任せてあげる」
   透明な薔薇や茎がうねうね動き、絡まり合い、空に向かって階段のような形を取る。少女は薔薇の階段を登っていく。
ヴァ「(少女に向かって弱々しく)待て」
   父は、身体から生えた太い薔薇の茎をうねらせ暴れ回る。
父「オォ……ィ……エ」
ヴァ・心の声「父さん?」
   父は自分の身体から生えた、トゲトゲの太い茎を、ヴァイオレットに叩きつけようとする。
   アーリマンはヴァイオレットをかばい、父からの一撃を喰らう。その間際、父を蹴り飛ばして少し離れた場所に吹っ飛ばす。
   アーリマンの姿がメキメキ変質し、傷を負った小さなコウモリの姿になる。
ア「(ぜいぜい息をしながら)もう少し保つと思っていたが、アテが外れた」
ヴァ「強キャラじゃなかったの?」
ア「力そのものが強いからと言って、身体も強いとは限りません」
ヴァ「役立たず」
   茎をうねらせた父が、ゆっくりと迫ってくる。
ヴァ・心の声「ここで死ぬの? 父さんをあんなにしたあの女の思い通りに? そんなの、そんなの……」
ア「お嬢さん。私と契約しませんか?」
ヴァ「契約?」
ア「君の身体を依代にヴァンパイアの力を与えよう。君は私にはない強靭な肉体と血を持っている。ただの人間の体とも違う」
ヴァ「絶対嫌。うまくいくかわかんないし」
ヴァ・心の声「何企んでるかわかんないし」
ア「君を見た時予感した。君はいい器になる。姿も血の味も、奪われた片割れに似ているのだから」
ヴァ「……よくわかんないけど、あんたの女?」
ア「きょうだいさ。我らは双薔薇ツインローズ。強靭な肉体の彼女が、私の比類なき力の器になる。二人で一人のガーディアン、だった」
ヴァ「あの女に何かされたの?」
ア「我らの強さを妬んだ透薔薇姫に嵌められ、私だけが塔から追い出された」
ヴァ「……」
ア「片割れのほうは特殊な薔薇を無理やり摂取させられ、自我のない殺戮兵器に成り果てた。(チラッと父を見て)彼も同様に」
   ヴァイオレットは歯軋り。
ア「君と私は似ている。君と彼女も似ている。だから死なせたくない。どうか決断してくれ。契約するか、しないのか」
ヴァ「(表情を歪めながら)……する」
   アーリマンがヴァイオレットの首筋に噛みつく。コウモリの身体がズズっと吸い込まれていく。
   ヴァイオレットの血みどろの身体がメキメキと変化し、服が破ける。巨大なコウモリのように、腕が赤黒い翼に変わり、下半身が黒い毛に覆われる。髪や爪が伸び、傷も塞がる。
   体内からアーリマンの声がする。
ア・体内の声「さあ、今の君なら空だって飛べる」
   地面の猟銃をつかんでから、ヴァイオレットは黒くなった脚で高々とジャンプし、両腕を羽ばたかせ飛行する。
   薔薇の茎や父から生える茎が上へ伸び、襲いかかってくる。
   ヴァイオレットはコウモリの翼の、刃のような上端縁で、それらをスパッと切り裂いていく。
   父が怯み、隙を見せる。
ア・体内の声「心臓を一度で貫け! 我らの弱点だ」
   飛行したまま、猟銃の銃口の先を父の左胸に向ける。その時父と過ごした様々な思い出が去来し、引き金を引くのをためらう。
ア・体内の声「ためらうな」
   それでもヴァイオレットはためらう。
   父がうめき、涙を流している。
父「オォ……イ……エ。アァ……」
M:殺して。ヴァイオレット。
   ヴァイオレットは泣きながら引き金を引く。

◯同・同
   血で濡れた薔薇の花園。茎が父の死体に巻きつき、揉み、棘で血を吸う。
   その前で泣き崩れている血みどろのヴァイオレット。人間体に戻っている。
ヴァ「ごめん。ごめん」
   アーリマンはシルクハットの人間体に戻っている。ふと、とある血を吸った真紅の薔薇に気づく。真紅の薔薇を取り、片膝をつきヴァイオレットに差し出す。
真紅の薔薇の声「ヴァイオレット。俺のかわいい子」
   ヴァイオレットは顔を上げ、薔薇を手に取る。
ア「血薔薇ブラッドローズだよ」
ヴァ「?」
ア「死者の血液と魂を吸い開花する、ヴァンパイアの薔薇の一種さ。透薔薇クリアローズと同じ種だからこの階に植えられていたのだろう」
ヴァ・心の声「じゃあこれは父さんの言葉?」
真紅の薔薇の声「よく聞け。あの日おまえの家族を撃ったのは俺だ」
ヴァ「え……?」
真紅の薔薇の声「俺はここのガーディアンだった。王に命じられ、あの日だけ外に出て村を襲う軍に紛れた。おまえを塔までさらえと命令され」
ヴァ「そんな……。私を? なんで?」
真紅の薔薇の声「あの谷でおまえが生きていたらここに連れて戻るつもりだった。だが目を覚ましたおまえが泣きだし、すがってきた時、一緒に逃げだしたくなった」
ヴァ「父さん」
真紅の薔薇の声「許してくれ。少年の頃、人間のヴァンパイア狩りで口も家族も奪われた俺は、自分さえよければいいろくでなしだった。おまえを育てていた時だけ、ようやく自分の心を取り戻せたんだ」
   ヴァイオレットと父の暮らしの記憶が回想される。
ヴァ・心の声「そんな風に思ってくれてたなんて」
ヴァ「(涙しながら)父さん、あのね……」
真紅の薔薇の声「それより時間がない。おまえは最上階へ行け」
ヴァ「?」
真紅の薔薇の声「そこにいる王と謁見するのだ。あの方とおまえは……」
   真紅の薔薇が粉々に散る。
ア「血薔薇の命は儚い」
ヴァ・心の声「(呆然と)『ほんとの父さんじゃない』って言ってごめん。大好きだよ。私一生血被りでもいいから、ずっと父さんと……」
M:伝えたいこと、たくさんあったのに。
ヴァ「(泣いて)言えなかった。ひとつも」
ア「(飄々と)残念な事実だが、起きてしまった出来事は決して変えられない」
ヴァ「……」
ア「君はこれからどうしたい?」
   ヴァイオレットは立ち上がり、体を引き摺りながら、透明な薔薇や葉、茎で編まれた階段を登る。
ヴァ「王様とやらに会いに行く。あの女も上にいるんだろ」
   後ろからアーリマンも歩いてついてくる。
ア「上も同胞が守っている。しかもご覧の通り、各階はこの塔特有の異次元空間。覚悟はできているのか?」
ヴァ・心の声「この先、ヴァンパイアどもと不利な状況下で戦わなきゃならないってこと」
ヴァ「(決然と)私が父さんを殺した。だから償いたい。父さんの願いを聞いて。あの女を殺して」
   手についた赤い粉を握りしめるヴァイオレット。
ア「(慇懃に)協力してさしあげよう。血薔薇姫ブラッドローズ
ヴァ「(嫌そうに)やめろ、その呼び方」
ア「君にぴったりだと思うが」
ヴァ「つべこべ言ってると置いてくよ。……大事な人、取り戻すんだろ」
   アーリマンは微笑み、階段を登る。
   透明な薔薇の階段は、ヴァイオレットが登るたび、その血を吸い込み朱に染まっていく。
ヴァ「行かなきゃ」

◯同・最上階の下の階
   温室。熱帯の植物が所狭しと並び、真紅の薔薇が咲いている。
   赤い巻毛に赤いドレスの女性(赤薔薇レッドローズ)が、電話機の受話器に話している。
赤薔薇「今度の会議では武器供給に賛成票を入れなさい。それと例の娘の痕跡はまだ見つからないのですか? 骨だけでも構いません。あの娘を作出するのに一族は千年かけたのですよ」
   そこへヴァイオレットそっくりの少女がやってくる。
少女「赤薔薇様。透薔薇です。裏切り者を殺しました。最上階へ登らせてください」
   赤薔薇は受話器を置き、微笑むだけ。
少女「(イラッと)私は王様と結婚できるんですよね? 王様が育てている永遠の薔薇を私がもらえるんですよね?」
   赤薔薇は首を少し傾けるだけで無言。
少女「(イライラ)『ハンターをたくさん殺せば王妃にする』。言いましたよね」
赤薔薇「『この塔のため、十二分に役目を果たした最強の女には王妃になる資格がある』。そう言いました」
少女「だからここでたくさん殺してきたのに。裏切り者も処分して……」
赤薔薇「1階で死ぬハンターは所詮雑魚では? 当然、1階のガーディアンも所詮雑魚」
少女「(歯軋り)」
赤薔薇「そもそも真に高位の同胞は人間と体質が近い。太陽に強く、むやみに吸血を必要としません。あなたと違って」
少女「私だって……」
赤薔薇「ハンターの2階への侵入を許しましたね」
少女・心の声「(驚き)双薔薇の片割れは力そのものは強いけど、身体はもたなさそうだった。ということは、あの子があの裏切り者を倒して2階に上がったの?」
赤薔薇「下賤のハンターのほうがよっぽど見込みがありそうです。見物に行こうかしら」
   赤薔薇は去っていく。少女は拳を震わせる。
少女・心の声「『女は薔薇と同じ』。私は永遠に美しい薔薇のままでいたい。だから王妃になって永遠の薔薇を……」
   少女は電話機の受話器を取り、話す。
少女「もしもし銀薔薇シルバーローズ? 2階にあなた好みのハンターが来るわよ。私の言うとおりにすれば、その子を好きにできるわ」

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