肉喰い教祖 〜神になりたい中学生2年生、教祖になってファンタジー世界を洗脳する〜【3話】
植物に覆われるカフェのガーデンテラスに、金ピカの椅子が置かれた。黒の制服の傀儡はそこに座り、キラキラの背もたれに背をあずける。街と、街をとりかこむ、白い雪をかぶった黒い山々をみわたした。
ヌッタスートたちが、ニコニコしながら傀儡の肩をもんだり、ひざをついて足をこすったりした。彼らはみんな青髪、青目。ひたいからはえたアンコウのような触覚の先端は青く、よつまたにわかれている。
カフェの前を通り過ぎるヌッタスートの中には、嫌そうな顔で、ちらちら傀儡を見、通りすぎる者もいる。
肩をもむアイキンが、媚びるように言った。
「クグツ、いまのわたしのポイントはどれくらいかな。結構善行したと思うけど」
「なんだその呼び方は」
「ご、ごめん。なんと呼べば」
「神様と呼べ」
「神様。わたしのポイントを教えてください」
傀儡は表情を変えなかったが、心の中でじぃんとした。
(ついに言われた。神様! 異世界サイコー!)
念じる。ぽやっと風船のような数字が浮かんだ。
3150
「はあ。まだこれだけか」
「もっと善行をつめ」
「はい」
クククと、笑いがとまらない。
「善行といえばちょうどいい。1000ポイントゲットのチャンスをくれてやる」
「ほんとですか? やったあ」
「どんなことをすれば?」
「特別な善行だよ」
自分を信者に殺害させたマザーのことを思い出す。
(あのバアアの真似してやる)
スマホにもメモしてあった。
『……年、……で逮捕……された……は……、信者を……に加担させることで罪悪感を植え付け……、……から抜けられなくさせ……』
ガーデンテラスの前に、アイキンや、ほかの青のヌッタスートたちが、あるヌッタスートたちを縄で縛り、ひきずりだした。不安気に拘束されているのは、赤髪、赤目、先端が赤くふたまたにわかれた触覚の、赤のヌッタスート。
金ピカの椅子に足をくんで座る傀儡は、赤のヌッタスートをみおろす。
「神様、下等色族を連れてきました」
「ん」
赤のヌッタスートたちは、ひきずられて地面に倒されながら、傀儡をにらみあげる。
傀儡は念じた。彼らの前に、ぽやっと数字が浮かぶ。
−100 −200 −300 …… ……
これみよがしに言ってみる。
「これじゃあ地獄行きだなあ」
ぽやっと、べつの思念を浮かべる。
地の底の、煮えたぎる血の湯の大鍋に入れられる、赤のヌッタスートたち。グロテスクな地獄の鬼が鍋をかきまわわすと、皮膚が溶ける。
「……っ」
赤のヌッタスートたちはおびえた。目をそらしている者もいる。
「あわれだからポイントボーナスをくれてやる。やれ!」
ある赤のヌッタスートが縄をとかれ、はがいじめにされ、立たされる。
「え?」
アイキンがその前に出た。彼はためらう。
「あの、神様。やっぱりこれは」
「そいつらが地獄に落ちてもいいのか?」
「……」
「きみは善い行いをしている。自分に自信をもちなさい」
アイキンはおそるおそる腕をもちあげ、こぶしで赤のヌッタスートの顔を、しこたま殴った。
「うっ」
赤のヌッタスートの口の皮が切れ、血が飛んだ。
アイキンはふたたびこぶしをふりあげ、何度も、何度も何度も殴る。
「うっ、うっ」
傀儡は指をパチンとならし、念じた。
赤のヌッタスートの前に、ぽやっと数字が浮かぶ。
−300
殴られるたび、−299、−298、−297……と、少しずつ数字が増える。
アイキンの前にもまた、ぽやっと数字が浮かんだ。
3150
赤のヌッタスートを殴るたびに、数字が増える。3151、3152、3153……。
とりまく青のヌッタスートたちが、おどろいて顔をみあわせた。
「ポイントが上がってる」
傀儡が、
「これは『ミソギ』というボーナスポイント。殴られるものは穢れを落とせ、殴る者は善行ができる」
とりまく青のヌッタスートたちや、ガーデンテラスの前をとおる通行人は、殴られ続ける赤のヌッタスートを見て、ほっとする。
(自分は赤じゃなくてよかった)
(赤にはなりたくない)
(赤はよくないもの)
(赤は悪いもの)
「ポイントがほしけりゃほかの者もやれ!」
青のヌッタスートたちは、縄でしばられた赤のヌッタスートをはがいじめにして、殴りはじめた。通行人のヌッタスートにも、立ち寄って殴る者がいる。
かれらの前に数字が浮かぶ。殴られる者は殴られるたびに、殴る者は殴るたびに増えた。
街のヌッタスートや通行人はその様子を見て、おびえ、おそれ、早足で去っていく。
傀儡はぞわぞわと興奮した。
(そう。これだ。俺様のひとことでみんなが操られる。この感覚がほしかった!)
アイキンが、赤のヌッタスートをさらに殴ろうと、こぶしをふりあげた。もはや殴ることへのためらいは消えている。
横からだれかがわってはいり、アイキンに殴られた。
「オルピカ……」
殴られて、ぺっとつばをはいたのは、ピンクの髪、ピンクの瞳、ピンクの触覚のオルピカだった。
傀儡は憮然とした。
「アイキン、見損なった。あなたはやさしい人だと思ってたのに」
「……」
頬を押さえながら、彼女はヌッタスートたちに呼びかける。
「みんなひどいよ! ありもしない妄想の数字のために、人を傷つけてよろこぶなんて」
「……」
通行人や、遠巻きに見ておびえていたヌッタスートたちが、声をあげる。
「そ、そうだよ」
「ちょっとやりすぎなんじゃ」
青のヌッタスートたちは戸惑った。
(まずい)
傀儡はとっさに、
「お、おまえらも赤なのか?」
「それは……」
「赤に加担する者のポイントはマイナスになる。いかなる高貴色族であってもだ」
ためらった青のヌッタスートたちの前に、ぽやっと数字が浮かぶ。
0
みんなは怖がった。
だが、オルピカは胸をはり、言い切る。
「そんなのぜんぶうそ」
「なっ……」
「ぜんぶクグツの妄想。だから安心して。みんなが人を傷つける必要なんてない」
「そっか。そうだよな」
「よかった。全部うそなんだ」
オルピカは、ガーデンテラスに背を向ける。赤や黄、そして少数の青のヌッタスートたちは、彼女についていった。
アイキンがオルピカの肩に触れようとする。
「オルピカ」
ぱっと手が払われる。
「わたしに触れたら、バカなあなたのバカなポイントが減るんじゃないの?」
「……」
傀儡はオルピカの背をにらんだ。
黒い岩の丘の斜面に座り、傀儡は甘い雪をむしゃむしゃむさぼった。充電満タンのスマホを凝視する。画面をスクロールし、メモを頭に叩きこんだ。画面に反射する自分の目は、血走っている。
オルピカのことが浮かんだ。
(あの女! おぼえてろ)
近くでは、ヌッタスートたちが丘の針葉樹の幹に、斧をガッ、ガッ、とつきたてる。切り倒して木材を作った。石という石を拾い集める者もいた。それらをことごとく、ふもとに運ぶ。
丘にも、山にも、ふもとにも、木がなくなり、すっかりあれはてた。
パステルグリーンの海に面する、黒い山のふもとの、広い土地。ヌッタスートが工場を建設していた。機械を搬入し、高炉に火を入れ、もくもくと煙をあげる。製鉄所だ。
ほかにもヌッタスートらは、丘や山の黒い石から精錬した金属により、機械や、車や、銃を作った。
みなやつれている。
「はあ、はあ。神様の言ったとおりに作ったぞ」
「ポイント。ポイント」
製鉄所の煙突から、もくもくと白い煙があがるのが見える街。ひとりの赤のヌッタスートが、数人の青のヌッタスートから袋叩きに合っていた。殴られ、蹴られ、倒れると、うしろからひもを首にかけられる。
「やめ、やめて……」
青のヌッタスートはニヤニヤしながら、首にかけたひもをクロスし、ゆっくり左右に引っ張った。赤のヌッタスートは泣きわめき、首をかきむしり、泡をふき、死んだ。
困惑したアイキンは、じっと見守っていた。
街中に、ヌッタスートの首吊り死体がいくつもぶら下がっている。シナシナした髪や、見開かれた目や、だらりと垂れたふたまたの触覚先端の色は、みんな赤い。
ガーデンテラスの前の金ピカの椅子に、傀儡は足を組んで座る。目の前で、赤のヌッタスートが袋叩きに合うのをながめていた。制服の上には、ヌッタスートに作らせた、ふわふわの黒いマントをはおっている。
(面白い。あのバアアもこんな気持ちだったんだ)
青のヌッタスートたちが話す。
「赤の連中も、『ミソギ』でポイントあがったな」
傀儡は指をパチンとさせた。念じ、死んだヌッタスートたちの前に、ぽやっと風船のような数字を浮かべる。
10000
おおっと歓声があがった。
傀儡はあくびまじりに言う。
「ほこりたまえ。きみらの善行のおかげだ」
「神様、わたしのポイントは何ポイントあがりましたか?」
アイキンがおずおずと話しかけた。
「神様、彼らは同胞です。これはいくらなんでも……」
「おまえは赤か?」
彼は慄然とした様子で、首をふった。
縄で拘束され、泣いている赤のヌッタスートたち。その首を、数人の青のヌッタスートたちがケラケラ笑いながら、しめあげようとする。
青の連中が、ガンっとうしろから殴られ、倒れた。首を吊られそうになった赤のヌッタスートが逃れる。
殴ったのは、黄色のヌッタスート。
傀儡は椅子から立ちあがった。
「おい、きさまはなんだ?」
背後から、さわがしい声があがった。
「ポイント思想はすべてデマです!」
「ヌッタスートの色に、優劣はありません」
ふりむくと、街の道を、色関係なしにヌッタスートの列が行進していた。文字やバツ印が書かれた看板を掲げ、大声をあげている。
「われわれは等しく平等です」
先頭にいるのは、ピンクの髪、ピンクの瞳、ピンクの触覚のオルピカ。
「あの女ぁ!」
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