クソ漫画家、吐血する
「読者様方、この話、超面白いです。編集さん、絶対おれ逃しちゃダメっす。この百年に一度の人材を」
漫画家の仕事部屋。漫画関係の書籍や漫画が積み上げられている。
萬河 架構(まんが かこう)、20歳。ひとりでぶつぶつ言いながら、液晶タブレットに漫画を描く。
連綿と紡がれる名作という名作は、やがて全世界の人々を漫画へと駆り立てた。世はまさに大漫画時代。単行本売上100万部、アニメ化、グッズ化、舞台化、実写化……。漫画家たちは漫画史に爪痕を残すことを目指し、夢を追い続ける。
「今日の作業終了ー。漫画読も」
作業を終え、ワクワクしながら分厚い漫画雑誌を開いた。
「今週号から星満天(ほし まんてん)先生の連載再会したんだよなあ」
力強いタッチの絵。線も眉毛も太い主人公が、ボロボロの冒険者仲間たちとともに、大きく強そうな敵と対峙していた。主人公の左手はもげている。
敵が悠々と、「無駄無駄無駄無駄ァーーーッ」
白く長い髭を生やした師匠が倒れる。
主人公が、「じっちゃん!」
師匠は息も絶え絶えに、「弟子の心意気は師匠ゆずりと決まってる。なあ、主人公よ」
「……オラ、あきらめねぇ!」
ヒロインが師匠を抱き上げ、涙ながらに主人公を振り返り、「主人公……、助けて……」
主人公はオーラに包まれ、「ここからが本番だ!! 行くぞ敵!!」
読み終わった。
「はー。さすが星先生。漫画で人を楽しませる方法が天才のそれ。さすが大ベテラン」
ページをめくる。
「ま、おれの漫画も面白い」
後ろのほうに掲載されている、自分の漫画。タイトルは『シルバーキング』。
太線のポップな絵。中世ヨーロッパ風の世界。
冒険者の主人公と仲間たちは、ピエロと悪魔を掛け合わせたような、不気味な化け物に囲まれていた。化け物に触れられると、その部分にハート型の斑点が浮き、石化し、塵になった。
「ば、ばかな。これがギルド入隊試験だと?」
「う、うわああ」
主人公たちは恐れ、焦っていた。
左腕に斑点が浮いたヒロインが、「主人公、あんたのアサリングの力で切断して、アタシの腕」
「ヒロイン、でも……」
「どうせもうダメよ。切断すればアタシはティタン化できる。逃げるにはそうするしか」
「でもキミの封印が……」
「つべこべいうな!」
化け物が、どんどん近づいてくる。
主人公は葛藤する。
(どうする? どうする?)
架構は興奮した。
「どうよおれの漫画! ハラハラするやん! オモロイやん! 続き気になるやん!」
ルンルンと、デスクトップPCで検索をかけた。
「1巻単行本が昨日発売なんだわー。みんなどんな評価つけてんだろ。フフ」
電子書籍サイトにアクセス。自分の漫画のレビューを確認した。
シルバーキング
評価:★★☆☆☆平均2 386レビュー
「……は?」
感想を見た。
『絵がヘタ。中学生のノートの落書きレベル』
『古い。パクリが多い』
『キャラに厚みなし。動機弱し』
『テーマ性や人間ドラマが薄い。星満天の漫画なら××は〇〇してた』
「あ、ああ? あ? ああ?」
『作者の自信満々なタッツイーが草。自分を客観視できないクソ漫画家』
『昔の満天先生のように映画を見て一から勉強しては?』
『次回作に期待』
低評価の感想には、参考になったが100以上ついている。
頭を抱え、ガリガリガリガリ掻いた。
「あ、あああ……、ああああああっ!!!!」
十年後。
萬河 架構、30歳。
頬はこけ、目は血走る。液晶タブレットに漫画を描く。
「ハア、ハア。どうだ。この十年間、ネット断ちして毎日絵の練習したぞ。映画も1日3本見て勉強したぞ」
漫画雑誌を開いた。
(十年前、必死で連載会議を通した『シルバーキング』は短期打ち切りになった)
後ろのほうに掲載された、今の自分の漫画。
タイトルは『漂白剣神の孫』。ペンネームは『干賀 一郎(ほしが いちろう)』。
(あの時のレビューがトラウマで、『萬河 架構』のPNを捨てた。タッツイーのアカも消した)
オシャレな墨絵風の絵。和風の世界。左頬に十文字の傷がある主人公。刀を持ち、ヒロインを守り、凶悪な妖怪相手に戦っている。
「ごめんなさい主人公。あなたは大事な友達よ。けど私、まだ死んだあの人が好きなの」
主人公の回想が入る。
親に虐待され捨てられた。拾われた盗賊にも虐待され人殺しをさせられた。役人に捕まり殺され、妖怪の力で復活した主人公は、妖怪として人を殺しまわる。だが巫女であるヒロインと出会い、人に戻った。
回想が終わる。
妖怪が、「自分ノ物ニナラナイナラ、殺セバイイ」
また回想が入る。ヒロインの笑顔。
(あの笑顔が、あの明るさが、俺を救ってくれたから)
主人公の覚悟を決めたような表情。掲げた刀がオーラをおびる。
「守ってみせる……! 発動! 破軍!」
架構はぜいぜい息をしながら、PCにアクセスした。
「おまえらがのたまった創作論、全部クリアしたぞ。テーマ性も人間ドラマも、ぜーんぶ詰め込んだぞ」
電子書籍サイトにアクセス。今日発売の単行本1巻。
「これで満足か?! 読者様よおおっ!!!!」
漂白剣神の孫
★★☆☆☆平均1.8 491レビュー
絶句した。
感想を見る。
『心情や背景の掘り下げのせいで展開が冗長』
『テンポが悪い。商業と同人を履き違えるな』
『エロがない。少年漫画の必須要素』
『近年最低レベル。よく連載会議通ったな』
『残念な絵が萬河に似てて草。十年前消えたクソ漫画家。多分本人』
「ふざけんなーっ!!」
発狂した。
十年後。
萬河 架構、40歳。
「ゲボぉ」
血を吐きながら液晶タブレットに漫画を描く。大ゴマ。黒コートの男が、白いショートパンツの女に銃を構えている。
「ど、どうだ。あれからテンポ感とドラマ性のバランスの取り方を学習したぞ。エロを取り入れたぞ。誰が見てもうまいと思う絵柄にしたぞ」
架構は単行本を開いた。タイトルは『ワイド・ダーク』。ペンネームは十年前と同じ『干賀 一郎』。
(十年前の連載はレビューがショックで描けなくなった。けど一通ファンレターもらって、PNは捨てずにすんだ)
壁に、一通のファンレターが飾ってある。
『漂白剣神の孫面白かったです! これからも頑張ってください!』
ちらっとそれを見て、デレっと鼻の下を伸ばした。
写実的で緻密な絵。現代のビルの廃墟。黒コートの主人公が、白い服の女に銃を向ける。女は後ろに幼女を庇っていた。
「どけ」
「この子は望んでバイオ・デビルになったわけじゃない。ただラスボスにウィルスを注入されて……」
「デビルは全員殺す」
主人公の回想、家族を殺され教団に入ったこと。
「3人で家族として過ごしたじゃない」
「任務のためだ」
「ならその涙は何?」
主人公は頬を触った。涙が溢れている。
「ちがう。これは……」
「その震えは?」
主人公の銃を持つ手が、カタカタと小刻みに震えている。
「あなたはデビルの指を食べて平気だった。だから、きっとこの子も……」
後ろの幼女が突如苦しみだした。
「う、アア」
白目をむいている。
「苦しいよ。助ケテ。オカアサン」
幼女は巨大な異形に変った。ヒロインに被さり、服を破く。胸が剥き出しになった。
「いやああ!」
主人公がダァンと銃を撃つ。
パソコンの電子書籍サイトにアクセスした。
「てめらの好きなテンポだのエロだの重厚感だのうまい絵だの、全っ部クリアしてやったぞ。これでも文句あるかゴラァァっ!!!!」
ワイド・ダーク
★☆☆☆☆平均0.9 1021レビュー
「ギエエエェェェェエエッッッ!!!!!!!!」
ひっくり返って失神した。
感想欄にはこんなことが。
『小難しく暗い。今時流行らない』
『露骨なエロは少年誌にいらない』
『絵は緻密(上手いとは違う)』
『キャラの背景をもっと丁寧に描かないと感情移入できない。ストーリー作りの基礎』
『テンポが悪い。ここまでキャラの掘り下げいらない』
『一部のキッズに過大評価されすぎ』
十年後。
萬河 架構、50歳。
魂が抜けたような顔で、液晶タブレットに漫画を描く。美少女に囲まれている普通の高校生男子。
作業が終わると、うつろな目で雑誌を開いた。
真ん中くらいに自分の作品が。タイトルは、『エスパー高校生のオレにはなぜか美少女の巣ができる』。ペンネームは『萬河 架構』。
細い線の明るく軽い絵。普通の高校の教室。女子は目が大きく、肉感的に描かれている。突っ伏して眠る主人公のもとに、ピンクの髪の美少女が、巨乳をユッサユッサしながら寄ってきた。
モブの生徒が美少女の写真を撮る。
「アイドルのヒロインちゃんだ」
「転校してきたんだって」
美少女がニコニコしながら、「主人公! 今度のステージ、来てくれる?」
主人公には、彼女の心の声が聞こえる。
(サプライズ誕生日パーティー、びっくりするだろうなあ)
主人公は、(しないよ。オレはエスパーだから)
そこへ金髪碧眼の美脚の美少女が立ちはだかった。短いスカート。パンツが見える。
「ちょっと。彼と話すならこの学級委員長、サブ・ヒロインの許可を取って」
「は? なんで? 好きなの?」
「べ、別にそんなんじゃ」
主人公に、金髪の美少女の心の声が聞こえる。
(彼の前でおっぱい揺らさないでよ! アタシ、貧乳なのよ?)
ばちばちにらみあう美少女二人に、クラス中がわいた。
「美少女巨乳アイドルvs美脚モデル委員長の対決だー」
教室に、黒髪の清楚な美少女がしずしずと入った。両手には重箱。
「主人公さん、お弁当にキャビアロールを作りましたの」
美少女二人が食ってかかる。
「なんだおまえ」
「今時キャビアなんて誰も喜ばねえよ! 生物多様性をぶっ壊してんじゃねえ!」
「おほほ」
黒髪美少女の心の声。
(生物多様性がどうの、瑣末なこと。巨乳の妾だの美脚の妾だの、どうでもよいこと。だってわたくしは、主人公さんの正妻)
教室にわらわら美少女が入った。
「主人公くん、放課後空いてるー?」
「主人公先輩、今度の休日遊園地行きませんか?」
「なによあんた」
「主人公はアタシのもんだー!」
美少女たちの喧嘩になった。
主人公は、(ヤレヤレ。面倒に巻き込まれるのはゴメンなんだがな)
電子書籍サイト。
エスパー高校生のオレにはなぜか美少女の巣ができる
★★★★☆平均3.8 2056レビュー
『最高傑作』
『個性的な美少女に囲まれたい人にオススメ』
『妄想オ○ニー漫画』
『オレはこの振り切った妄想の世界に転生したい』
『絵が微妙』
魂の抜けた架構は、レビューを悟りの境地でながめた。
「いいんだ。本当に描きたい漫画じゃなくても、万人が認めてくれなくても、世間からバカにされても……」
感想の一つに、『面白かったです! 次回も期待してます』
壁のファンレターを見上げた。黄ばんでいるが、まだ飾っている。『面白かったです!』
(面白い。そのひとことだけで、萬河 架構は漫画に命賭けられる。おれはおれのできることをすればいい)
感想を見ていった。
『面白い』
『つまらない』
『面白い』
『つまらない』
『萬河は劣化した』
「……ん?」
『昔はテンポ感がよかった。心理描写がよかった。今と比較すると××が〇〇で……』
「は? え?」
すかさず電子書籍サイトを検索。
三十年前の自分の漫画のレビュー。
シルバーキング
評価:★★★★★平均4.7 3986レビュー
「え? え?」
感想には、
『今のエロにしか頼れない萬河に読ませたい緊迫感』
『星満天が洗練されたような漫画。絵も今の量産型と違って味わい深い』
『今連載してれば絶対アニメ化してた』
『今の雑誌はレベルが低すぎる。例えば今連載中の〜〜はこの漫画と比較して〇〇が△△で……』
「は、はあ、ええ、はあ」
スマホにブブっと着信が。編集者からだ。電話を取る。
『萬河先生。二十年前の先生の作品、ほら、『漂白剣神の孫』、アニメ化のオファー来ました』
「……はい?」
『根強いファンがいたらしくて。あと『ワイド・ダーク』も実写映画の話出てます』
口をおさえると、変な声が出た。
「くっ、はっ、せっ、ふぁっ、じっ、こっ、ここ、この……っ!!」
立ちあがり、天井に向かって叫んだ。
「こんのクソ読者どもがアアアアアアァァアアアッッ!!!!!!! アアアアアアアアアァァァアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!」
吐血した。
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