時間売ります

 街のベンチに、よぼよぼの老人が座っている。道ゆく、若く明るい人々を暗い目で凝視し、ぶるぶる震えた。

「……返せ。返せ返せ返せ」

 通りすぎる人々が、異様な老人を見た。

「おれの時間、返せよおっ!!」




 高校の教室。授業前、男子が話している。

「双流大学受けるわ。塾の模試でB判定でたから」
「いいなあ。おれ部活で忙しいから塾行けねえわ」

 女子が話している。

「二年の山田と付き合ってるの」
「えー! すごいじゃん」

 高校生の山田太郎は、机に突っ伏し、彼らを眺めた。

(勉強。仕事。恋愛。めんどくせえ)



 夜、太郎は塾から家路に向かった。

(塾疲れたー)

 途中、人とすれちがう。
 制服の学生。
 カップル。
 会社員。
 子どもを連れた親。
 杖をついた老人。
 太郎には、家までの道のりが長く長く感じられた。

(毎日毎日勉強。そのあと仕事。彼女作って結婚して、子どもの世話して学校行かして)



 家に帰ると、太郎はベッドにグダグダ寝転んだ。

「めんどくせえ。食事も風呂も寝るのもめんどくせえ。生きるのがめんどくせえ」
(なんもしたくねえ)

 スマホをいじる。

(決めた。将来は転売ヤーになろう。今のうちからリサーチしとこ)

 ネットオークションサイトを検索。

『時間買います』

 ん?と思い、画面をよく見る。
 出品がずらり。こんな言葉やイメージ写真と一緒に。

『ポカポカお風呂の時間 500円』
『ぐっすり8時間睡眠 2千円』
『夜景デート(2時間) 50万円』

「夜景デート高!」

 見れば、どれもジリジリと値上がりしている。
 鼻で笑った。

「つか時間なんて売れるわけないじゃん」

 急に腹がムズムズしてくる。

 (トイレ行こ)

 起き上がってスマホを切ろうとしたが、少し考えた。

「トイレの時間とか売れない?」


 気づいたら、トイレから出ていた。

「え?」
(いつの間に? スッキリ感はある。でも記憶ない)

 ベッドに置かれたスマホを確認すると、『トイレ(大)の時間 500円』。

「まじかあ」



 中華の店に入り、太郎は友達とテーブルに着いた。

「ここの店、一回来たかったんだよ」
「ふーん」
「なに食う?」

 友達からメニューを差しだされたが、太郎はスマホを取り出した。

「そのまえに」

 オークションサイトの画面を見れば、値がついている。

『親友との食事の時間 3千円』

 次の瞬間、太郎は友だちと店を出ていた。

「あの北京ダックうまかったな」
「うん」
(記憶ゼロだけど)



 家でスマホをいじっていると、
「あ、このゲーム新作出てたんだ」

 画面をタップし、ゲームを買おうとした。と、その前にオークションサイトにアクセスする。

「これも売れる?」

 気づけば、ゲームをクリアしていた。
 出品履歴にはこんな記録が。

『新作ゲームプレイ時間 5千円』



 ベッドに入り、スマホを見た。

『10時間睡眠 7千円』
「売れるなあ」

 即座に販売。
 すぐに朝日が部屋を照らした。

「はは」



 高校の門の前に、看板が立てかけられている。

『××年度 〇〇高校 △△期 卒業式』

 制服の学生たちが門を通る。歩きスマホの太郎も。

『高校の卒業式 10万円』

(イベント系は値がつきやすい)

 販売ボタンを押した。
 次の瞬間、友達と門を出た。

「卒業しても友達でいような」
「ああ。うん」
(勉強しなくても、働かなくても、これで楽に生きられるぞお)



 アパートで、一人暮らしするようになった。太郎はトイレから出る。

(トイレ行きすぎてちょっとしか出ない。でもカネになるなら)

 スマホを見たが、『トイレの時間 10円』。

「はああ?」



 ベッドに寝そべり、スマホを凝視した。

『食事 100円』
『睡眠 800円』

「なんでだよお!」

 スマホで預金を確認すると、貯金がどんどん減っている。

「このままじゃ暮らせねえ」
(どうしたら時間が売れる?)

 よく見ると、自分のアカウントにレビューがついていた。

『この人の時間は最近質が悪い』

 舌打ちした。

(質ってなんだ)

 他の出品を見てみる。

『友達との楽しくスポーツ 4千円』
『仕事(専門職) 1万円/日』
『大好きな彼女との夜 100万円』

「彼女との夜高くね?」

 スクロールしていった。食事にしても、トイレにしても、睡眠時間にしても、いくつかの単語がついた時間は高値がついている。

 友達、恋人、家族、仕事、やりがい、スキル、趣味、旅行、楽しい、おいしい、初めて、スッキリ、ホッと、良質、などなど。

 そういう出品には、笑顔の写真や、かわいい模様など、和むような写真がついている。

「なるほどね。みんなこういうのを求めてるんだわ」



 会社。コーヒーを飲みながら、太郎はパソコンをいじる。
 上司に話しかけられた。

「山田くん、今日これもやっといて」
「あ、はい」

 こっそりスマホを見た。オークションサイトの画面。

『仕事(専門職) 2万円/日』

 スーツのサラリーマンが、パソコンを叩く写真をつけておく。

(金もらえる仕事を売って金もらえるとか、コスパよすぎる)

 ポチッと販売。
 即夕方になった。
 上司が、「山田くんに任せた仕事、よくできてたよ」

 スマホを見れば、2万円入金されている。

「ありがとうございます」



 カフェに来ると、資格試験の本を開いた。

「さて、勉強すっかあ」

 スマホを取り出す。

『資格の勉強 1万円/時間』



 試験会場に来て、試験前にもスマホを取り出した。

『資格試験本番 8万円』

(クラスにいたわ。テストで無双したいヤツ)

 ポチッと販売。




 ある日の夜、友達と居酒屋に入った。

「山田ひさしぶり。高校の卒業式以来?」
「だな」

 もちろん、スマホの画面を見る。

『親友との呑み(3時間) 1万円』

 販売した。
 まばたきすると、座って、ビールジョッキを持っていた。前の酔った友達のとなりには、酔った女性が。

「え? だれ?」
「おま。今まで話してたじゃん」
「あはは。山田くんさっきから面白すぎー。藤井沙織だよ。佐藤くんの友達」
「会ってほしくて途中から来てもらったのにさあ」
「うん。ジョーク」
 佐藤と沙織が大笑いし、「つか、高校時代からコミュ力上がりすぎじゃね?」
(買ったヤツのトークがうまくて助かった)



 休日の駅の前。スマホを見ながら、太郎は立って待っていた。きれいにした沙織がやってくる。

「山田くん、待った?」
「いや。今来た」

 スマホの画面、『紹介された女性とデート 2万円』。

(やっぱ彼女じゃないと安いのな)

 ポチッと販売。
 すると、夜のレストランから沙織と出た。

「今日は楽しかったね。また行かない?」
「うん。ていうか付き合わない?」
「ええ?」



 ホテルの一室。シャワー室から、タオルを巻いた沙織が出る。太郎はベッドに座り、ひたすらスマホをいじっていた。

「太郎も入りなよ」
「うん」

 スマホの画面、『彼女との××× 10万円』。

(彼女、コスパ最高)

 ポチッと販売。
 ベッドで仰向けの太郎は、沙織に抱きつかれていた。

「太郎、よかったよ」
「ふーん」
(買ったヤツ、うまかったんだな)



 結婚式場。ウェディングドレスの沙織。タキシード姿の太郎は、スマホを持っていた。

「結婚式の時くらいスマホはやめてよ」
「ああ、うん」

 スマホ画面、『結婚式(初婚) 1000万円』。

(会社辞めるか)

 ポチッと販売。



 マイホームを買った。リビングで、お腹の大きい沙織はDVDを再生する。太郎はスマホを見ながら、ソファで寝そべっていた。
 画面に映るウェディング姿の沙織と、腕を組むタキシードの太郎。この上なく笑っている。

「このときめっちゃ幸せだったなあ。太郎もさ」
「あー」

 沙織はアルバムを開く。海を背景にピースしている太郎と沙織の写真。

「新婚旅行のグアムでバナナの炒め物食べたよね」
(まったく記憶ない)
「ていうか、仕事やめたんだから家事手伝ってくれない?」
「ああ」
「『ああ』じゃない! この子が生まれるのになんで仕事やめちゃったの? お金はどうするの!」

 沙織はヒステリックに泣き喚きだした。

(めんどくせ)

 スマホのネットオークションで出品すれば、すぐに値がついた。

『妻の家事を手伝う時間 10円/分』
『転職活動 6000円/1社』

(なんでこんな時間買いたがるんだ?)

 ポチッと販売。



 分娩室で、沙織がいきんでいる。
 スーツの太郎が入った。看護師が話しかける。

「お父さん、もうすぐ生まれますよ」
「はい」
「来れてよかったですね。大切な時間ですから」
(そうそう。大切な時間)

 いきむ沙織が、「あ、あああ。太郎」
 スマホを見ると、オークションで出品した品に値がついていた。

『妻の出産(第一子)に立ち会い 2000万円』

(大切な時間は、売れるんだよなあ)

 ポチッと販売。


 生まれたばかりの赤ちゃんを抱っこしている沙織をよそに、太郎はスマホをいじる。

「あなたも抱っこしたら」
「ああ、うん」
「なに? さっきはあんなに喜んでたじゃん」

 沙織はむすっとした。

(めんどくせーなー。セット販売しとけばよかった)

 赤ちゃんをパシャリと撮影し、写真もつけておく。

『産まれたての我が子、初めて抱っこ 2500万円』



 太郎はベッドで目を覚ました。朝日が差し込んでいる。
 沙織はキッチンで朝食を作っていた。赤ちゃんの泣き声がする。

「パパ、ミルクあげて!」

 太郎はスマホしか見ない。

(もう起きるのもめんどくさい)

『コスパ最高 お得な1dayセットパック
①嫁の手料理を食べる時間 朝食・昼食・夕食 3000円
②仕事(専門職) 3万/日
③家事・子育て(男児 1ヶ月 一人っ子) 15円/分
④風呂・トイレセット 10円/分
⑤安眠 20円/時』

 幸せそうな家族団らんの写真もつけておいた。

(昨日出品したの、売れてるー)

 ポチッと販売。

 太郎はまたベッドで目を覚ました。
 沙織は、赤ちゃんに授乳している。

「よちよち。かわいい。今日はパパ早く帰ってくれるって」
(最高よな。これ)

 セットパックをまた販売、そして出品。

 目覚めて、出品。目覚めて、出品。
 ベッドで寝ながら繰り返した。
 晴れの日。雨の日。曇りの日。
 赤ちゃんの泣き声は幼児のギャン泣きに。小学生のはしゃぐ声に。中学生のケンカの声に。高校生の友達と遊ぶ声に。いつしか聞こえなくなった。

(さすがに飽きた)

 太郎は起き上がった。
 ベッドから降りると、体が重く、ズキズキ鈍く痛い。

(あー。だりー)

 立てかけられた姿見には、腰の曲がった老人が写っていた。

「え?」

 となりには仏壇が。沙織に似た、年取った女性の遺影。

「は? え?」

 スマホがヴヴっと震える。メッセージが来ていた。

『ごめん親父。子供の世話で実家いけねえわ』



 しわしわの太郎は杖をつき、街中をよたよた歩いた。

(することない。腰が痛い。眠れない。おしっこが出ない)

 ベンチに座り、ハローワークの雑誌を見た。

(暇つぶしに仕事でもしよう。頭がおかしくなる)

 似たような単語が並んでいる。

『35歳以下』
『経験者歓迎』

(できることない。女と付き合おう)

 スマホの画面のマッチングアプリを見た。
 若い女性の写真がズラリ。

『30代以下希望です☆』
『同世代の方を探しています』

(相手にされない)

 通りすぎる家族連れ、会社員、カップル、制服の学生。
 みんな軽々歩き、笑い、楽しそうにしている。
 太郎はぶるぶる震えた。

「……返せ。返せ返せ返せ」

 街の人々が、太郎を振り返った。

「おれの時間、返せよおっ!!」



 家に帰り、スマホを凝視した。出品物を見る。

『友達 趣味……
『専門職 仕事……
『トイレスッキリ……
『ラブラブデート……
『家族 旅行……
『安眠……
『楽しい……

 片っ端から購入した分だけ、知らない誰かの体験や感動を味わえた。
 友達と食事。
 やりがいのある職。
 スッキリトイレ。
 恋人とデート。
 家族と旅行……。

「はは、ははは。金ならあるんだよ。金払えば満足なんだろ。時間よこせよ」

 時間が終わると、ヨボヨボの老人になって、ひとりの家にいる。

「もっと、もっと時間よこせ!」

 ひたすらに、スマホをいじり続けた。

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