「血薔薇の王妃」第2話

◯塔・1階・夜空・透明な薔薇の階段
   銃を手に薔薇の階段を登るヴァイオレット。ヴァイオレットにぶら下がるコウモリのアーリマン。
ヴァ「なんでまたコウモリに戻ってんだよ。ていうか飛べよ」
ア「人型も飛行も体力を使う」
ヴァ「私だって……」
   腕を見下ろすと、皮膚が黒い。
ヴァ・心の声「色が戻らない。なんか硬いし。嫌だな」
   指についた赤い粉を見る。
ヴァ「あの時父さんは何を言おうとしたんだろう。最上階の王様って一体……」
   階段の終わりに、空がくり抜かれた四角い穴がある。
   穴から笑い声や音楽が漂っている。

◯同・2階
   夕空。睡蓮の浮いた大きな池がある。糸杉が立ち並ぶ小道に、全身銀色の小人や、人面アルパカがいて、陽気に楽器を鳴らしている。赤レンガの小さな家や、ピンクの薔薇のアーチがある。お伽話の森のようだ。
   ヴァイオレットはポカンとしつつ、ピンクの薔薇を観察。
ヴァ「ダマスクだ。いい匂い」
ア「のんきな。しかし私のいない間に2階は随分様相が変わった」
ヴァ「前とは違うの?」
ア「以前はもっと無骨だったが」
   突然銃声が響き、小人たちが逃げる。
   前から、長い銀髪を後ろでまとめた若い娘(シルビア)が、険しい顔でこちらに銃を向けてくる。
シルビア(以下、シ)「ハンター?」
ヴァ「違う。私は……」
シ「逃げて。早く」
   横からパシュっと銃が撃たれたので、糸杉の後ろに隠れる。
   少女の元へ小銃を持った兵士が現れる。
兵士「(舌なめずり)例のハンターだな」
ア「(様子を伺いコソコソと)2階のガーディアン、銀薔薇シルバーローズだ」
ヴァ「似合わない名」
ア「奴はハンターを銃殺するのが趣味だ。特に君のような健康な若い娘を好んでいる」
ヴァ「ろくでなし。(シルビアを見て)あの子は?」
ア「さあ。知らぬ」
兵士「(シルビアに)ところで貴様。今見逃しただろ」
シ「(怯え)でも来たのは女の子で……」
   兵士はシルビアの口に銃を突っ込む。
兵士「いい加減、使えない人形は処分するか」
ヴァ「(コソコソとアーリマンに)おい」
   アーリマンはやれやれとヴァイオレットの首筋に歯を突き立て、その首へズズっと吸い込まれていく。
   両腕がコウモリの翼に変わったヴァイオレットは、兵士の方に突進する。
   兵士が慌てたように銃を撃っても、翼でガード。
兵士「(喚く)出てこい!」
   草陰から等身大の兵隊の人形が現れ、銃弾を浴びせてくる。ヴァイオレットは飛行し、刃のような翼の上端縁部で人形をスパスパ斬っていく。
ヴァ・心の声「殺す。殺す殺す」
ア・体内の声「少し冷静になりたまえ」
ヴァ・心の声「(自我を忘れ)殺す殺す殺す殺す」
   コウモリの翼の端部が、兵士の皮膚を掠る。流れた血を見てぞくりとする。
   その時、唐突にハッと我に帰る。
   兵士が銃を乱射。弾丸を翼で受けて吹っ飛ばされ、池に落ちる。

◯同・同・水の中
   底に輝く銀の薔薇が生い茂る穴。天井に膜のような丸い水面が見える。壁には多くの壁龕へきがんがあり、銀色の等身大の人形や、口を開けた銀色の巨大なホタテ貝の置物が置かれている。
   銀の薔薇の上で、人間体のヴァイオレットが腕を抑えうめく。隣にはコウモリのアーリマンが仰向けで倒れている。
ヴァ・心の声「息できる。普通に動けるし。水の中なのに」
ヴァ「さっきのダマスクより匂いが強いな」
    黒いままの腕で鼻をつまめば、手や腕がミシミシ軋む。さっき血を見てぞくりとしたのも思い出す。
ヴァ「(アーリマンに)ねえ、まさか……」
ア「(厳かに)目的のためには、時に決断と選択と痛みが必要なのだよ」
ヴァ・心の声「力を使いすぎると人間じゃなくなる……ってこと?」
ヴァ「(上体を起こし)よくわかった」
ア「(意外そう)怒らないのか?」
ヴァ・心の声「このクソ野郎の究極的な目的は自分の相方。完全な味方じゃない。だから」
ヴァ「自分は自分で律しないとってだけだろ。あんたの力のおかげで私は生き延びたしね」
   アーリマンはわずかに驚く。
   そこへシルビアがやってくる。
シ「(おずおず)あ、大丈夫だった?」
ヴァ「あんたさっきの」
シ「私シルビア」
ヴァ「ヴァイオレットだ。一緒に逃げよう」
   ヴァイオレットはシルビアの手を引っ張ろうとする。が、逆に引っ張り返される。
シ「待って。こんな状況だけど、(もじもじと)お、お友達になって、くれない?」
ヴァ「え?」
シ「(上目遣い)ダメ?」

◯同・同・同
   笑顔のシルビアが、三体の男女の人形を持ち上げて動かす。
   ヴァイオレットもシルビアに指示されるまま人形を動かす。
シ「ある村で優しい両親とかわいい姉弟が、人形を作りながら仲良く暮らしていました」
   様子を見ているアーリマン。
ア「(コソコソと)乗せられるな。自分を律しろ」
ヴァ「(困り)でもなんか悪いじゃん」
シ「バーン」
   シルビアは手を銃の形にして、二体の男女の人形に向ける。
シ「(泣き声で)ごめんねお父さん、お母さん。ジェスが人質にされて、こうしないと殺すって」
   シルビアは別の男の人形の背後にまわる。
シ「(兵士の口調で)さあ敵を殺せ。シルビア」
   シルビアは手を銃のようにし、ほかの人形たちに向ける。
シ「バーン。バーン」
ヴァ「(ポカンと)これなんの話?」
シ「私の子供の頃の話」
ヴァ「(息を飲む)」
シ「(泣きながら)お父さん。お母さん。ジェス。ごめんね。ごめんね」
   ヴァイオレットは父の死の際を思い出し、視線を落とす。不意に、頭にぽんと誰かの手が置かれる。見上げると、目の前に父が立っている。
ヴァ「……!」
シ「(ニコリと)お父さんは生きてたの。あなたを追って登ってきたのよ」
   銀薔薇からほわっと香気が漂う。
ヴァ「(目が虚)そっか。そうだったんだ」
シ「三人でずっとここに住まない? 上に行く理由、もうないよね」
ヴァ「うん」
ア「血薔薇姫! 目を覚せ!」
   ヴァイオレットはハッと正気になる。足元で、アーリマンが閉じたホタテ貝に身体を挟まれている。
   父も、よく見ると人形。
   シルビアが、ヴァイオレットの腿を噛み、血を飲む。
シ「契約成立だね。こんなにおいしいの、初めて」
   噛まれた足がパキパキと銀色に変わり、急に動き出す。
ヴァ「足が勝手に……」
   シルビアの笑い声と一緒に、銀の薔薇の地面が地上に向かって突き上がる。

◯同・同・地上
   銀の小人やアルパカたちが踊ったり楽器を奏でている。よく見ると、死んだ人間の首が小人やアルパカの人形にはめ込まれている。
   あの兵士も踊っている。草木に手足がかすり、皮膚表面の粉が取れ、素肌の銀色が見える。顔に生気はなく、すでに死んでいる。
ア「(驚き)銀薔薇が代替わりしていたとは」
   シルビアは恍惚とした表情で、糸でも操るかのように指を動かしている。
   ヴァイオレットの足も止まらない。手は少しだけ動く。
ヴァ「(疲れて)死ぬまで踊らせる気?」
シ「透薔薇から話を聞いて、あなたを絶対お人形にしたいと思ったわ。だって同胞と同化して戦う人間の女の子なんて聞いたことないじゃない」
ヴァ「あの女……!」
シ「全身保存液につけて保存してあげるね。髪を梳いて身体も拭いてキレイにしてあげる。毎朝おはようってあいさつして、毎晩おやすみって言うの。(悶える)あああ……」
ヴァ・心の声「どうする? このままじゃ」
ア「(叫ぶ)血薔薇姫、何かを得るのは痛みを得るのと同義だ!」
ヴァ「?」
シ「そんなものない。この子はお人形になって、私と楽しく暮らすの」
ア「君は安楽な死者になるか? 苦渋を引き摺る生者になるか?」
M:苦渋を引き摺る……。
   ヴァイオレットはハッとし、手で自分の足を無理矢理持ち上げ、ポケットからナイフを取り出すと、振り上げる。
シ「(血相を変え)待って。何するつもり?」
ヴァ「進むんだよ。どんな痛みを伴っても。腕だけで這ってでも。それが償いだから」
シ「あなたは私のお人形なのよ? 傷ひとつついちゃダメなの」
   ヴァイオレットはナイフを足の付け根に振り下ろす。シルビアが飛び込む。

◯(シルビアの回想)戦場
    銀色の死体を操り、敵兵を殺す幼いシルビア。周囲の兵士がどよめく。
兵士1「人里に本当に死体を操るヴァンパイアの末裔が紛れていたとは」
兵士2「多少力を割いてでも上層部が手に入れたがったわけだ」

◯(シルビアの回想)戦場
   ある撃ち殺された少年兵の前で、シルビアが泣き崩れている。
シ「ごめんジェス。あなただと気づかなくて……」
   シルビアの前に、赤薔薇が現れる。
赤薔薇「若き同胞よ。薔薇の塔へおいで。役目を果たせば王妃にしてやってもいい」
シ「(泣いたまま)死にたい」
赤薔薇「いいえ。城の薔薇を盗みに来る邪なハンターどもをあなたが救ってやるのです。それが贖罪」
   シルビアは顔を上げる。
赤薔薇「人がひどいことをするのは心があるから。ならばみな人形にすれば、誰も誰かを傷つけない」
シ・M:誰も傷つけない世界を作るのが、私の償い。

◯(回想終わり)塔・2階
   小人たちや兵士が倒れている。
   背中から血を流し倒れたシルビアを、息を荒げたヴァイオレットが見下ろす。足の銀色が消えていく。
シ「登るのね」
ヴァ「ああ」
シ「(笑って)いってらっしゃい」
   シルビアは力尽きる。ヴァイオレットはその死体を悲しく眺めると、きれいに整える。
ア「お人好しめ」
ヴァ「友達だからな、一応」
   突如、背後からプスリと背中に何か刺される。ビリリと電気が走り、ヴァイオレットは目を開けたまま倒れる。
   アーリマンが驚いて振り向けば、青い短髪、メガネ、白衣の少女が見下ろしている。
少女「サンプル確保。3階に運べ」
ア「3階の青薔薇ブルーローズまで代替わりしていたか」

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