「血薔薇の王妃」第3話

◯雪山・塔の前
   吹雪。明るい髪色に白のキャソックの青年(アーサー)が塔を見上げる。
   数匹の犬が寄ってくる。
アーサー「(犬に)危ないから離れな。(神妙に)これからあの人の狂った『選定』をやめさせに行くから」
   アーサーは小銃を握りしめる。

◯塔・3階・手術室
   暗い部屋。カッと照らしてくる、ライトのまぶしい光。
   手術台の上の、手術服のヴァイオレットは目を開ける。四肢それぞれが鎖で拘束されている。
   横目で周囲を見る。吊るされた人の解剖体。ぼんやり青白く発光する薔薇の鉢の数々。
ヴァ「青い薔薇? 存在しないって図鑑に書いてあったのに」
   鉢の前に、青い短髪にメガネ、マスク、白衣の若い娘(青薔薇ブルーローズ)がいる。白い薔薇の花弁を剥き、ピンセットでおしべをむしって小さな皿に乗せている。鉢の周りには乾燥したおしべが入った皿がいくつも置かれている。
青薔薇(以下、青)「意図的に採取した雄蕊おしべの花粉を意図的に雌蕊めしべに与え、種をつけさせれば、新しい薔薇を作出できる」
ヴァ「?」
青「ヴァンパイアの薔薇を作るならさらにもうひと手間。花粉に我らの血を与える。どんな薔薇になるかは血の個性次第」
   青薔薇は自分の指をナイフで切り、血を皿の上に垂らす。花粉と混じり合った赤の液体を、花弁をむしった薔薇のめしべに垂らす。その薔薇はピリリと静電気を帯び、花弁が枯れ、青い実を作る。
   青薔薇は手の血を舐めてから台に近寄り、台の上のヴァイオレットをのぞきこむ。
青「様子はカメラで見てた。おまえの血を飲んだ同胞全員、能力が一時的に向上していた。何故だ? そもそも同胞の依代になって戦える人間なんてありえない。何者?」
ヴァ「……?」
青「どんな成分が入ってる? そんな血からはどんな薔薇が生まれる?」
   全身青い甲冑で覆われた騎士が数体、周囲を取り囲んでくる。額に静電気がピリピリ唸る青い薔薇を咲かせている。
ヴァ「ガーディアンだな。ここは3階?」
青「猿頭にしちゃ察しがいい」
ヴァ「(怒り)ああ?」
   青薔薇は青い薔薇をぷすっとヴァイオレットの皮膚に刺す。身体にピリピリ電流が走り、ぐったりする。
青「脳みその成分は? 調べることが山ほどある」
   青薔薇はナイフを見せてくる。
   その時、スピアが台に突き刺される。青薔薇が振り向くと、額に青い薔薇を咲かせていない騎士がいる。その騎士は拘束具をすばやく壊し、ぐったりしたヴァイオレットを抱えて逃げる。
青「故障か? 捕まえろ」

◯同・同・庭
   そこらにガラクタの山が積まれ、入り組んだ迷路のようになっている。暗いが、通路や噴水に沿うように、青白い光を放つ薔薇が植えられ、道が把握できるようになっている。
   額に薔薇を咲かせた甲冑の騎士たちが、弱ったヴァイオレットを抱えた甲冑の騎士に襲いかかる。騎士は弱ったヴァイオレットを守りながらスピアで戦う。甲冑で顔は見えない。
ヴァ「(弱々しく)あんた誰?」
   騎士はしかし、背後から別の甲冑の騎士にひとつきされ、よろめく。
   騎士はとっさに、近くの機械(車のような物)にヴァイオレットを乗せ、スイッチを押す。機械が自動で走り出す。
ヴァ「待って」
   機械は迷路を猛スピードで勝手に進み、戦う騎士からどんどん離れていく。叩いても蹴っても止まらない。
ヴァ「クソ!」
   横に力を入れて、横転させる。ヴァイオレットは投げ出される。

◯同・同・同
   ヴァイオレットはうめいてフラフラ歩く。
   向こうから甲冑の騎士たちが歩いてくるのが見え、後退ろうとすると、後ろから壁の隙間に引きずり込まれる。
   騎士たちが目元から放出されるレーザーでカッと周囲を照らす。
   誰もいない。
   騎士たちは通り過ぎていく。
   死角になる壁の隙間で、ヴァイオレットの口を塞ぐ手が緩まる。
アーサー「いきなりごめんよ。もう大丈夫だね」
   ヴァイオレットは顔を上げる。若い青年(アーサー)が立っている。
ヴァ「誰?」
アーサー「(愛想よく)俺はアーサー。この塔の薔薇目当てで来たハンターさ。ところで君、前にどこかで会った?」
ヴァ「え?」
アーサー「いや。知り合いに似てただけなのかも」
   優しい目でじっと見つめられ、ヴァイオレットは胸が高鳴る。
ヴァ・心の声「血が騒ぐ。なんでだろう。この人をずっと昔から知ってる気がする」

◯同・同・同
   積まれた機械のガラクタの山の間を、ヴァイオレットとアーサーは一緒に歩く。天井に連なる配管からは、青白く発光する薔薇が吊るされている。地面にも、一面青い薔薇が。
   上に続く階段を発見。
アーサー「ここから4階に行けるんじゃない?」
ヴァ「アーサーは?」
アーサー「俺はこの階でやることがあるから」
ヴァ「ねえ。もしかしてさっきは……」
ヴァ・心の声「あなたが助けてくれたの?」
アーサー「この塔は危ない。気が済んだら早く帰るんだよ」
ヴァ「でも私にもやることが……」
アーサー「(大真面目に)ここは本当に危険なんだ。君に死んでほしくない。約束だよ」
   小指で指切りされ、ヴァイオレットは硬直する。
   アーサーは手を振って行ってしまう。
   そこへコウモリのアーリマンが飛んでくる。
ア「血薔薇姫。探したぞ」
   ヴァイオレットはアーサーの後ろ姿をポーッと見送っている。アーリマンはチラッとアーサーの背中を見ると、不機嫌そうにぺちぺちヴァイオレットの頬を叩く。
ア「おい」
ヴァ「絶対あの人が私を助けてくれたんだよ」
ア「……君はそう思うか」
ヴァ「だって背も同じくらいだったし」
ア「(小馬鹿にしたように)はっ。騙されやすい愚かな娘め」
ヴァ「あの人はそんなんじゃない!」
ア・心の声「教えるものか。君がとんでもない男と話していたなど。……誰が君を助けたのかも」
   アーリマンは回想する。2階で倒れたヴァイオレットが青薔薇と手下の騎士たちに捕まった時、こっそり逃げ隠れて救出の隙を窺っていた。3階で壊れた青甲冑の騎士を発見したので、中に溜められていたオイルを飲んでみたら、騎士に変身できたので、ヴァイオレットを助けに行った。
   不意にカツカツと足音が響き、青薔薇が騎士たちを連れてやってくる。
青「機械騎士、全部メンテナンスしとけばよかった」
   ヴァイオレットは左腕を上げる。
ヴァ「(アーリマンに)とりあえず腕だけとかできない?」
ヴァ・心の声「もしかしたら全身よりはマシかな」
   アーリマンは不機嫌なまま腕に噛みつき、吸い込まれる。袖が破け、左腕が巨大なコウモリの翼に変化する。騎士たちや、彼らの武器のスピアを翼で一閃していく。その度にコウモリの腕にビリリと電気が走る。
   青薔薇の喉元に翼を突きつける。
ヴァ「どけよ」
ヴァ・心の声「(冷や汗)腕だけも長時間は正直キツい。なんかビリビリするし……」
   青薔薇は余裕の表情で、ポケットからリモコンを出し、ピッとスイッチを押す。
   階段がウィーンと上に収納されていく。
ヴァ「(唖然と見上げて)は?」
   青い甲冑の騎士にまたしても囲まれる。
ア・体内の声「血薔薇姫。上をよく見ろ」
   天井の配管と、吊るされた青い薔薇。
   意味を察し、ヴァイオレットはパシッと自分の太ももを叩く。
ヴァ「脚!」
   腕の翼が引っ込み、代わりに脚が黒くなる。
   ヴァイオレットはガラクタの山から適当な棒を引き抜くと、強化された脚で天井にひとっと飛びし、棒を振って配管を破壊する。
   壊された配管とビリビリ帯電する青い薔薇が、甲冑の騎士たちに落ち、破壊していく。青薔薇は舌打ち。
ヴァ「よっしゃ!」
ア・体内の声「私の機転に感謝したまえ。あんな雑な指示でわかるのは私だけだ」
ヴァ「なんか今日はトゲトゲしくない?」
   配管が当たり、ガラクタの山も崩れ出す。青薔薇に落ちそうになる。
   ヴァイオレットはその瞬間、父の死に際のことや、シルビアの死体を思い出す。
ヴァ・心の声「どんな悪党にだって死んだら悲しむ奴がいるんじゃ……」
   ヴァイオレットは青薔薇の方に飛び込み庇う。

◯同・同・庭
   暗い庭を早足でイライラと歩く、ヴァイオレットそっくりの少女。爪を噛んでいる。
少女「銀薔薇シルバーローズの役立たず。あの子が3階まで来ちゃったじゃない」
少女・心の声「あの子の『人形』を赤薔薇に差し出して退治したことにしたかったのに」
少女「青薔薇は勝手にあの子を持ってちゃうし。早く王様の永遠の薔薇がほしいのに。こうなったら……」
   ぐしゃっと薔薇を踏み、ふと足元を見下ろす。
   青い薔薇の中に、一つだけ黒い薔薇がある。
少女・心の声「これって……」
   黒い薔薇がスルスルと伸びて、少女の身体に巻き付く。身体に棘が刺さると、その部分がピキッと黒く硬化していく。
少女「(怯えて)嘘でしょ。いや……」
   瞳を下に動かせば、前の暗闇からゆっくり、黒の執事服の女の身体が歩いてくる。顔の代わりに首から生える、大輪の黒い薔薇。
少女・心の声「殺戮の薔薇デスローズ……!」
少女「(恐れて)ま、待って。あなたを騙してそんな姿にしたのは謝るわ。でも今あなたの片割れも来てるから……」
   女は少女の前でピタリと立ち止まる。
少女「ひっ」
   女はおもむろに少女の前で片膝をつき、深々と頭を下げる。
少女「?」
少女・心の声「いつもと態度が違う。もしかして、この顔のせい?」
   ダンッと銃声。銃弾が当たる前に、女は飛び退き闇の中に消える。
   薔薇の拘束がとけ、ふらりと倒れそうになると、後ろから小銃を持ったアーサーに支えられる。
アーサー「殺戮の薔薇め。やっぱり3階に……。(少女の顔を見て驚き)あれ? 君はさっきの……」
少女・心の声「(目を見開き)王様!」

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