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最後の声

もうすぐ、午前2時。

ピッという聞き慣れない電子音が鳴った気がして
PCのキーボードから手を離し
耳栓代わりの鳴っていないイヤホンを外す。
外を走る車もなく
かすかに冷蔵庫のモーター音が聞こえる程度で
静かな夜だった。
耳鳴りにしてはやけに自己主張が強いし
幻聴にしてはデジタルすぎる。
特に気にせず、無音のイヤホンを耳に押し込み
作業を続ける。

どれくらい経ったのかは定かではないが
また、ピッと聞こえた。
同じ音だったので、聞き間違いではなく
確実に何かが鳴っている。
携帯電話の類は、サイレントにしているが
鞄の中に入れっぱなしのガラケーは
電池が切れるときに、ちょっと鳴く。
間違いなく音が違うけれど
念のためガラケーを開くと、スンっとしていた。
出所のわからない電子音は
なんだか、気味が悪い。
しかも、夜も深い。

何回か、音がするたびに手を止めて
音の原因を探すが、まったく見当がつかない。

ピッ デン○○レデス

無機質な電子音声が響き
ビクッとなったが、聞き取れなかった。
「え?!なんて??」
返事があるはずもないのに
思わず、声にしてしまった。

喋る機能がついたもので
電源を入れてあるものの見当がつかない。
家ではなく、隣の家なんだろうか?
聞き取れるよう、イヤホンをせずに
すこし待ってみた。

ピッ デンキモレデス

え?まじで?
火災報知器って、こんなん喋んねや。
漏電も教えてくれるん?
えぇ…、どうしたらいいん???

とりあえず、ブレーカーを落として
スマホのライトで充電式のライトを探し
怪談でも始まりそうな灯りの中
原因を考えてみる。

テレビ側のコンセントは抜いてあるし
使用していないコンセントは
ブレーカーごと落としてある。
エアコン?冷蔵庫?充電器をさしてるタップ?
お風呂場?玄関?
いや、部屋の電気すらつけていなかったのに
漏れ要素ある?
PCは作業中だから、できれば繋いでおきたい…。
狭い部屋をうろうろしていると
再び、聞こえた。

ピッ 電池切レデス

お前かーっ!!!
天井付近の火災報知器に手を伸ばしたが
届くわけがない。
ライトを手に持っているので脚立が出せない。
出したところで無傷で作業をする自信もない。
あ、漏電じゃないから
ブレーカーあげればいいのか…。
てかさ、はっきり喋らんかい!!
半ば逆ギレ気味に、停止のボタンを押した。

Google先生で調べると
停止のボタンを押しても
電池がある限り、一定の時間を置いて
ヤツは喋り続けるらしい。
最後の力を振り絞り声を上げ続ける火災報知器が
健気で、不憫に思えてきた。

頑張って教えてくれたのに
聞き間違いをして、勝手に怒ってごめんね。
ありがとうね。

伝わったかどうかはわからないけれど
ひと思いに電池を引っこ抜いた。
新しい電池を買わなくては。

だいたい、10年程度で
火災報知器の電池は切れるらしい。
いつ取り付けられたものかは知らないが
2006年に義務化されたので、その前後だろう。
この家に暮らして8年。
実家を出てから31年。
火災報知器の最後の声を初めて聞いた。

よくよく考えたら
煙や熱に反応する火災報知器が
漏電を教えてくれるわけがないのだが
そもそも
電池切れを教えてくれる機能を知らず
聞き取れずに焦ってしまった。
静かな深夜に、まあまあの音量だったので
焦りが強くなったのもある。

これ、お年寄りの一人暮らしだったら
びっくりするだろうし、調べる術がなければ
音を消すのも容易ではないし
たいへんだろうな…。

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