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朝寝髪われは梳らじ愛しき君が手枕触れてしものを

愛しいひとの夢を見た。

夢の中で
これは夢だとわかっていて
目が醒めそうになると
深く深く堕ちて行こうと、夢の奥へ潜り込んだ。

黒いフレームのベッド
ブルーのリネン
左側に
すこし体温が低い、細い躰。
髪に顔を埋めては
「こそばいな」と楽しげに笑う。

眠りにつくときは
腕枕をして抱き締めているのに
いつの間にか背中を向けてしまっていて
気がつくとキミが背中にぴったりと寄り添って
同じ形で眠っていた。
シングルベッドの中で
いつも、ふたりはひとつだった。

日に焼けた細い腕
甘えたような寝惚けた声
眠る前に飲んだココアの甘い香り
ひやっこい唇
すべてがあの頃のまま。
17年経っても褪せることがない
上書きがされない記憶。

夢だとわかっているので
目が醒めそうな瞬間もわかる。

いつもは目が醒めると
キミの腕をするりと抜けて
キッチンの換気扇の下へ
煙草を吸いに行っていたが
きっと、もうすぐ夢から醒めてしまう──。
もぞもぞと布団に潜り込んで
腕枕をしてギュッと抱き締めた。
「んー?どしたん?」
キミは少しだけ驚いていたけれど
微笑みながら抱き締めてくれた。
「一緒にいたい」
「おるやん」
「ずっとだよ?」
「なんや急に。ずっと、おるで?」
キミが髪を撫でようとしてくれた瞬間に
目が醒めてしまった。

久しぶりに夢で逢えたことが
声が聞けたことが
笑顔を見られたことが
とにかく嬉しくて
暫くは、ぼーっとしていたが
永遠の眠りについた愛しいひとと
夢でしか逢えない現実に
すこしだけ泣いた。


朝宿髪 吾者不梳 愛 君之手枕 觸義之鬼尾
(万葉集 巻11 2578番 作者不詳)
朝の寝乱れた髪に櫛を通さない。
いとしいあなたの手が触れたから。


1300年も前に詠まれた歌だが
痛いほどに気持ちがわかる。
愛しいひとが触れた部分は
それが、たとえ夢の中でも
そのままにしておきたい。
現に、今、もう一度、夢の続きが見られないかと
布団から出ることすらできない。

腕枕をされるのが苦手で
いつも腕枕をしていた。
「逆なんちゃう?」と言いながらも
すぐに慣れて
腕の中で、すやすやと眠りについていた。

もう髪が乱れる朝は、来ない。
あるとすれば、ただの寝癖だ。

願望が見せた夢かもしれないが
愛しいひとは、ずっと自分の中に居る。
人生の中の、たったの4年しか
同じ歩幅で歩めなかったけれど
キミがいない時間のほうが
4倍も長くなってしまったけれど
人生の大半、愛しいひとが心に居る。
それは、とても倖せなことだと想う。

欲を言えば
毎日とは言わない
週イチとも、月イチとも言わない
もうすこしだけでいいから
夢で逢いたい。

出不精なのも
自分の時間をたいせつにしていることも
充分に知っているから
我儘は言わないけれど。

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