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ちいちいさんの絵 と ドライブ・マイ・カー

ちいちいさんの絵は、饒舌ではない、と思う。

静かで、でもじっと向き合っていると、何か言いたそうな雰囲気がじわぁと滲み出てくる。そこから耳を澄ませ、感じて、やりとりする。


世の中にあることは、わかりやすいことばかりじゃない。喉越しの悪い、納得いかないけれど通るしかない道がある。目の前で沈んでいく船を見つめ、ただ眺め続けるしかないことがある。

科学、技術は日々更新されているが、調べても出てこない問い、統計学では説明のつかない事象、前例のない未曾有のできごと、

「わたし」

という生き身で立ち向かう以外に選択肢がない時がある。

そういうときの人間は、身体中の細胞を使えるだけ使って、感じる。野生の生き物と同じく、本能から直感や五感をフルに活性させ、その人のおどろおどろしいと言ってもいいようなエネルギーが力強く渦巻いているように思う。行動になる前のほんの数秒かもしれないし、息が詰まるように長い時間かもしれない。外からは見えないけれど、その人の視線や表情、後ろ姿からそれを感じる。

わたしはそういうのが人の魅力であり、可能性だと信じている。

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ちいちいさんの絵は、そういうのが見え隠れして、好きだなあ、と思う。



15年以上前、わたしのメールアドレスの一部に“rembrandt“が入っていた。レンブラントの絵が好きだったからだ。運命か偶然か、突然知らないメールアドレスから友人へ向けた気さくなメッセージが届いた。どうやらアドレスの間違いだったようだが、なんとなく美術系の方なんだろうなと思い、返信した。そこからやりとりが始まり、美術展について情報をいただいたり、彼女の展示されている作品を見に行って、実際にお会いしてお茶をして、ちいちいさんと出会った。年賀状のやりとりをし、大学院の受験を検討して自分の表現や価値について悶々としていた頃には相談に乗ってもらった。ちいちいさんがご自身の受験の頃に使ったデッサンや資料がたくさん送られてきた。

「好きなことは、続けていればいいよ」

いつも等身大で、押し付けがましくなく、励ましてくれた。


作品とゆっくり過ごしていたら、ギャラリーのスタッフの方が自然に近寄ってきて、作品について、田中千智という作家について、きらきらした表情で話してくださった。時間をつないで、場所を越えて、ちいちいさんがいろんな人につながっている。なんて、素敵なんだろう。

わたしの好きな作家さんの装丁画を手がけ、国を超えて愛される3児の母となったちいちいさんの作品には、ちゃんとした値段がついていた。かっこいいなぁと思う。

そして、変わらないなぁ、ありがたいなぁ、と思う。

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福岡のイムズのときのポスターが1人一部持ち帰れるとのことで、早速部屋に飾った。うれしい。


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『ドライブ・マイ・カー』は久しぶりに読んだ村上春樹の小説で、その後映画化されたと耳にして、なんとなく、タイミングがあって観に行った。

作品自体は他の短編もうまく編集されて、小説とは違った新しい作品になっていた。特徴のあるキャラクターを介して淡々と作品は進み、程よい余韻を味わいながらエンドロールを見ていたわたしは、唐突のことに、目を見開いた。

ヘアメイク助手として、小学校の同級生の名前があった。


大学生の頃、ギャラリーや美術展など回って夜行バスで東京に通っていたとき、彼女が都内に住んでいるというので宿を借りたことがある。

彼女は美容の専門学校に進んで、わたしより早く社会に出て働き、上京していた。髪を確か金髪に染めて、綺麗にお化粧していた。わたしは髪は染めたが、化粧が苦手だった。表面上はそういうことだが、雰囲気も何もかも、彼女の美容という言葉を通してみる世界は、わたしの髪を染めることの意味とは全く違う気がした。早朝から働き、社会の一部になっているという意味でも、彼女のもつ言葉の意味は、わたしとは違う世界のものだった。

彼女は、三軒茶屋のワンルームロフト付きの、広いとは言えない部屋に友人と2人で暮らしていた。久しぶりに会った私たちは、若者らしく、将来への期待や夢を語り合い、意見が合わないこともあった気がするが、深夜「それじゃぁおやすみ」とロフトに登る彼女の階下で床につく直前には、互いに

「うちはヘアメイクとして、川っち(わたしの小学生のときのあだ名)は教育の分野で、お互いプロになろうやん」

「うん。そうやね!」

とふざけた感じで笑顔になったのは覚えている。



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本当にありがたい。

恵まれているなぁ。


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田中千智「1000のキャンバス」 @ Bunkamura ギャラリー 2/16まで

https://www.tokyoartbeat.com/events/-/2022%2Fchisato-tanaka-1000-canvas

映画もまだやってるかな。

興味のある方はぜひに。


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