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Santorini in 2008 #1

サントリーニの崖の上で友達の元カレに出くわした。別れたばかりのふたりの関係については、私ははっきりと、彼の方に非があると思っている。彼は、己の行動原因は常に己の中にあるということを理解せず、キミのために、とか、キミのせいで、とか、そんな『恩着せがましい』言い回しを好む男。
そんな彼と夕暮れ時のサントリーニで出くわした。たくさんの観光客がひしめき合う中、彼も私もひとりだった。夕陽のかかった彼の瞳が茶色に輝いて、少しゾクっとする。でも今は面倒だ。ひとしきり挨拶を交わすと、私はなんとなくの気まずさの中で元カノの話を振った。その話しを振れば、私を誘ったりはしてこないだろうし、でもほんの少しだけロマンチックな気持ちになれる。
しかし彼は、ニコリともせず、首を振った。明らかに間違った話題だった。私は少し同情した。もし時間があるなら、と私は言った。座らない?日が沈むまで、と誘った。私は夕日を見ようとここまで来たのだ。彼は私の隣に座った。
もう特に話すこともなかったけれど、ゆっくりと変わっていく空の色を眺めている間、言葉はいらなかった。やがてオレンジ色に燃えた太陽が、ギラギラと海を侵食していく。私はスマホを取り出し、撮影を試みた。しかし、カメラの調子が悪い。牛モードの解除ができず、どうしてもフレームの中に架空の牛が映り込んでしまう。牛モードとは、あるヴィーガンプログラマーが3分で構築したといわれる、被写体に牛が映り込むだけのいたく単純なプラグインアプリである。今、フレームには、夕焼けが溶け込んでいく海と、遠近法を度外視した大きさの乳牛が写り込んでいる。うっすらと透けていて、まるでエーゲ海に舞い降りた神だ。しかも絶え間なく草を食べている。(牛は常に動画としてそこにいる)
太陽はとろとろと海に溶けていく。あと2〜3ミリしか残っていない。焦る私は、牛モードの解除を諦め、結局エーゲ海の夕焼けをバックに神々しく草を食むホルスタインというショットを何枚か撮影する。興醒め。そして彼を見る。彼は私と目を合わせると、ニコリともせず大きくため息をつきやがった。
「なに?なんか機嫌悪いの?」私は自分が十分に機嫌を害していることをいっさい隠そうともせず聞いた。不機嫌の発散は喧嘩に限る。
「佐々木の機嫌が悪いんじゃん」彼は初めて会った時から、私のことを名字で呼ぶ。
『はぁ?』と言いかけたが、私は吹いて笑ってしまった。彼も笑った。

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