2023/5/20 牡牛座新月 M君が来ると約束した日

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確実に『行く』と言われたわけではなかった。

『20日は久しぶりに予定ないから、
朝 皮膚科行って、午後からは弟とボール蹴りしようかなと。

夜なら行ける可能性はあるかもです』

『可能性』はある『かも』とは。
なんて微妙過ぎる言葉…
それに、弟とボール蹴りをせずに、私の家に来ることはなぜできないのでしょう…?

「会えるといいなぁ」

『会えたらね』

「とりあえずお仕事は入れてないので
お部屋のお片付けしながら連絡を待っていますね。
来られるときは、何時くらいか わかったら連絡下さい。
来られないときは 無理 って早めに連絡いただけると助かります」

午後一に『やっぱり無理』と言われれば、
それからでも仕事を探そうと思っていた。
あえて催促はせずに、連絡をおとなしく待つつもりでいた。

とはいえ、
来てくれるかもしれない、と想像すると、
ドキドキが止まらなかった。
男性が1人きりでこの部屋に来ることは初めてだった。


まだ離婚したての30代に、
高校の先輩2人(男性)が宅飲みしに来た事があった。
でも、どちらも私の好みでもなく、
あちら側も私の事をそういう対象と思っているわけでもなく、
ただシングルマザーの暮らしぶりがどんな様子か見に来た、という感じだった。

高校時代は、学年がひとつ上の先輩達と仲が良かった。
卒業してからも飲む機会があり、なんとなく付き合いが続いていたのだ。
もちろん彼らが来たときに、ドキドキなどしなかった。
2人だったし、娘も一緒にいたし。


M君も全く好みではない。
なのに、なぜ……?
毎日毎日、どんなに考えても答えは出ない。
ただただなぜか会いたい。

マッチングから1ヶ月半経ったこの頃、
私の体重は6kgも減っていた。
いつもと同じLLサイズの服を着ていた私は、痩せたことになかなか気付かれなかったけれど、
そういったことが敏感に分かる人もいて
「会う度にゲッソリしている気がするけど大丈夫?」
などと、派遣先の人に声をかけられたりもした。


当日はとにかく朝から、休まずに片付け作業をした。
洗濯したり布団を干したり、
物の移動と拭き掃除…
催促はしないと決めていたけれど、
いつ連絡がくるものかと、何度も何度も携帯を覗いた。

午後になってもなかなか連絡は来なかった。
無理なら早めに連絡して欲しいと頼んだのだから、
連絡が無いということは、逆に来てくれる可能性が高いということかな…?

15時9分 やっとLINEが。
『こんにちは。今はお片付け中かな?』

「こんにちは。そだよ」

その一言のみ。

次にLINEがきたのは16時3分
『あまり綺麗にしないでね。
今日だけでなく、気軽に行きたいので』

「うん。来られそうかな…?
ドキドキして吐きそう」

『行くよ』

私はなぜか、本当に緊張のあまり吐きそうになっていた。

次は17時22分
『今は何してる?』
『夕ご飯は食べてなね。で、歯磨き』
『何食べるの?私も食べてから向かいます』

「食べないかも。胸がいっぱい」

『少しは食べないと』

M君の住む町から私の家までは、車で1時間半以上かかる。
これからご飯って、一体何時に出発するつもりなんだろう…?
予定は無いって言っていたのに…?
今日は仕事を入れなかったけれど、
明日は朝から仕事なのに…
朝からの作業だけではなく、
何時間も緊張し続け
へとへとになっていた。

『明日の朝に行った方が良かったかな?』

「え、なんで?明日はもうお仕事入れちゃったよ」

『結構到着が遅くなりそうだからさ』

「もう出たのかな」

『まだまだ出られないからさ。
今、母の実家を出たところ』

母の実家って一体どこですか…
そこからまた家に帰って、それからご飯なのですか…
母の実家から家までは、どのくらいかかるのですか…

質問する気にもなれなかった。

そのときの時間はもう18時48分だった。
来られないなら早めに連絡して、って言ったのに…

『明日の夜に行こうかな』

などと言いだした。
母の実家に行く前に、
『遅くなりそうだから明日でもいい?』
などと相談してくれれば、今日1日こんなに緊張して過ごさずに済んだのに…

「明日来るとしたら何時頃に来られそうなの?」

『迷ってます』

一言二言やりとりすると、すぐにまた途切れた。

20時6分
『今は何してる?』

あんたこそ何してんの!?
と、言いたい気持ちだった。

「しょんぼりしてる」
と、送ってみた。

『なんで』
は?お前が来ないからだよ!!!!

「今日はどうなるのかな?って」

『一応行こうとは思ってますよ』

一応?? 行こう「とは」???

『一般道か高速 迷うね』
迷ってる場合の時間????

『明日だと明後日仕事だから今日にしようとは思ってます』

あの…ですから私は明日仕事なんですってば!!!

「きりんになりそうだよー」

『12時くらいには』

「それは今日なのか」

『そうだよ』

「お風呂はお家で入ってくるのかな」

『入ります』

「私んちで入るのではなかったの?」

『お線香の匂い落とした』

急に不幸があったのだろうか?
予定は無いと言っていたのだから、急にお線香をあげなければいけない用事が出来たのか?
お線香のにおいなんて、気にしないのに…
っていうか、もう、このLINEやりとりしてる間に家出ろよ…
ご飯もコンビニで買って、食べながら運転できないもんかね…

21時49分の『お線香の匂い落とした』でまたLINEが途切れた。

待てど暮らせど、『出発しました』というメッセージは来ない。
12時までに家に来るとしたら、高速を使うにしても23時には出発しないと着くことは出来ない。

23時にメッセージを送ってみた。

「どうでしょう?12時くらいに来られそうでしょうか…?」

既読もつかない。

「またいつの間にか寝てたりします…?」
「今日は最初から難しかったかな。
早めに無理って言ってくれて良かったのに」

全く既読がつかないので、
23時半、私は布団に入った。
朝からの疲れで眠ることが出来た。

夜中の2時頃に目が覚めて、携帯を見てみた。
また、予想も出来ない事が起こっている。

1時22分に
『起きてるかな?』
などと言っている。
そして、
最寄りのインターを降りた辺りにある店の駐車場で、仮眠してしまったとあった。
更に、マップに現在地を知らせるマークがついているスクリーンショットも送られていて、確かにその時間、私の住むまちの近くまでは来ていたようだった。

仮眠て。
23時に寝ていた様子なのに、2時間半も仮眠する?
それが嘘だったにしてもなぜ、
どう考えても私が寝ているであろう時間に、わざわざそこまで来たのだろう?
約束はちゃんと守ったぜ、と言いたかったのか?
会うのが面倒になったのなら、高速代やガソリン代や時間をかけてまで、
会う努力はした、みたいなことをわざわざする必要なんかないのに…

夜中に目が覚めたそのときには、とにかく頭がまわらなかった。
読んだことは読んだが、何と返事をしていいかわからない。
怒りというか、呆れというか、
何よりとても残念だった。
1時半に起きていれば、来てくれたのだろうか?

「今目が覚めたけど、もう帰ったかな。家を出るときに連絡欲しかったです」

『今○○のロードパークです。安全運転でゆっくり帰ります』

お気をつけて、などと言う気持ちにはなれなかった。
正直に

「なんと言っていいかよくわからないです」と返すと

『また近いうち行きます。○○ちゃんおやすみなさい』


初めて会ったときから思っていた。
本人や家族の認識がどうであるかはわからないけれど、
おそらくM君はアスペルガー症候群だろう。
人の気持ちをあまり考えられない。
言いたいときに言いたいことを言いたいだけ言ってくる。
すべて吐き出さないと気がすまない。
他にやりたいことがある時には、それを我慢することが出来ないのだろう。

次の日私はまた寝不足のまま仕事に行った。

ただ1つ、確実に良かったことはあった。
《牡牛座 新月》のその日、
私の家の中は ピカピカになった。


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