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悪魔と手を繋いだ日

「イルミネーション見に行こう」

何年前のことであったか。
彼が言った。

日取りを決め、彼が車で迎えにくる。
イルミネーションを見に行くことはあまりない。
『興味ないでしょ』
と彼が言うからだ。
女らしくない私を、彼はそう位置づける。
意外とロマンチックなの好きなんだけどな、と伝えても、伝わらない。

「スカートなんだ、珍しい。寒くない?ひざ掛けいる?」
彼が笑い助手席に乗せてくれる。
ロングだから大丈夫と返答し、花園が電気で彩られている場所へ向かう。

職場の人間と会うのを懸念し、彼は私と少しだけ距離をおいて歩く。
私も少しだけ、彼から視線を外す。
赤いストールを巻き直しながら、じゃぁなんで連れて来たんだよという言葉を心に留め、どこから回るか声をかける。
広い場所で、中央には池があり、入り口からこれでもかとシャンデリアのような眩さに囲まれ、反対に電飾がない場所はしんと暗さを増す。

綺麗で、これを彩った方々にも思いを馳せてしまう。
そんなことを思うから、いつも彼に『イルミネーションだけに興味ないでしょ』と言われてしまうのだ。

光に集る虫のよう。
しかも用意された光は、餌だろうか。
であるならば、それは味わいつくさねば。

道なりに進んでいくと、暗さを増す場所がぽつりぽつりと点在する。
ねぇ、と声をかけると、彼は少し振り向いて、手をつないでくれた。
温かくもない、冷たいぐらいの手。
みんな光に集っていて。
私はこの暗闇で、ただこの手に縋っていたい。

イルミネーションが眩くなり、冷たい手が離され、夜風でいっそう冷たくなる。
でもそこから、離れて歩いていたのが、少し距離が縮まって、世間話をしながら見る。
暗いところでは彼から手を繋いでくれ、嬉しくて握り返す。
また明るい場所に出た時、手は繋がれたままだった。
嬉しさと驚きで戸惑う。
いいの?と一言だけ聞く。なんなら聞かずに繋いでいたい。
「誰もいないし、誰も見てないでしょ」
と返ってきて、手を強く握る。
手を握る、肌が触れる行為は、気を許した人にしかできない。
逆にそんな人には、ずっと手を繋いでいてほしいとすら思う。
音楽にあわせて変わるイルミネーションを見て、すごーいってはしゃぐ間も、ずっと手を繋いでいてくれた。

たったそれだけのデート。
家に送ってもらって、車の中で抱きしめられる。
「寒くなかった?」
うん
「帰したくないんだけど」
うん
「キスしていい?」
うん?

聞くな?と返事すると彼は自分の唇をぺろりとなめ、唇をあててくる。
いつも乾燥しているなぁとか思いながら。

次の日お互い仕事なので、またね、と別れる。
彼は「またね」という。
彼ならば『それじゃぁ』という。

家に入りちょうど電話がなる。
『もしもし、今日は何かあった?』
んーとね、なんもなかったよ。

悪魔は平然と嘘をついた。

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