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なつかしの ”かんでる ガム” 〜ネーミングで怒られた話

2014 年のある日,T 大学の A 先生から編集部に電話がかかってきました。
「 “かんでるガム” とはいかがなものか。カンデル先生に失礼ではないかっ!」というお叱りの電話でした。

覚えていらっしゃいますか,“かんでるガム”?
『カンデル神経科学』の初版発売時に,書店や学会場で配ったプレゼントのガムです。A 先生は『カンデル神経科学』の訳者でもありました。

「まさか,決して……」,私はしどろもどろ。
「こ,これはダジャレではございますが,“カンデル” と “噛んでる” の……。カンデル先生に対する深い尊敬の念のもとに作ったのです……。ガムが脳を刺激するといいなぁーと。はっ,はい。それから,あの,原著出版社にも箱をお見せして,すでに OK の確認をとっておりますので……」

といった説明を繰り返し,なんとか A 先生にお許しをいただいたのでした。

そもそも “かんでるガム” を作るにあたっては,どんなプレゼントがよいかと編集部と販売部のメンバーが何度も話し合った末に決定したものです。

「どんなものをプレゼントしたら読者に喜んでもらえるだろうか」
「カンデル先生にちなんで,アメフラシのぬいぐるみなんかもいいんじゃない? カンデル先生はアメフラシを用いた実験で,記憶の研究をしたのだから」
「でも,アメフラシって,みんなわかるかな? アメフラシをだれも知らないかも」

などと,いろいろなプレゼント候補をまじめに議論しました。その結果,ガムに決まったのです。作るならば品質の良いものをということで,ロッテのキシリトールガムを用いることにしました。販売部の S さんがロッテを訪問し,何度も何度も交渉を重ねたあげく,ようやく出来上がったプレゼントです。いざ,学会場で配ると,「へえ−,おもしろいね」と反響も抜群。私たちの心はうれしさでフーセンガムのように膨れました。

電話をいただいた A 先生は,「原著出版社にも見せたのなら」と,納得してくださいましたが,「ガムの箱に書かれた “かんでるガム” という日本語のダジャレは,カンデル先生も出版社の人も読めないとは思いますが……」という言葉は、私は最後まで声に出せませんでした。

しばらくして,何かの機会に A 先生とお目にかかることがありましたが,「 “かんでるガム” ,みんなにウケているみたいですね」と笑顔でおっしゃってくださいました──私の脳に刻み込まれている記憶では。

2022年7月25日 Yoshiko Fujikawa