ジャン=フランソワ・ミレー ~人の営みと自然への畏怖を描いた画家~
ミレーは私にとって最も馴染み深い画家だ。
幼少期より私の家にはミレーの晩鐘が飾ってあった。
おそらく、農家の出身でカトリック系学校を卒業した母の趣味だったのだろう。
故郷から遠く離れた場所で、ミレーと自分を重ねたのかもしれない。
そして農村や馬、牛などの家畜、広大に広がる平原などが身近にある私にとってもミレーの作品は親近感の湧くものであった。
自身でも絵を描くようになり、絵画にも興味を持ったため、冒頭に紹介した本の個人的補足としてこのnoteを書くことにした。
ミレーの生い立ち
ミレーは1814年フランス ノルマンディー地方の小村で生まれた。格式ある農家の長男であったが、その類まれな画力、才能を父に認められ、その道を歩み始める。1840年サロンにて初入選し、肖像画家として歩みを始めるも注文は少なく、貧困のうちに妻も亡くしてしまう。その後、1848年の二月革命で共和派が実権を握ることになり、サロンの出品審査が廃止されたことで<箕をふるう人>などを出品し、内務省から注文されるなどの評価を受けることができた。しかし、翌年の六月事件で保守派の巻き返しが起こるとサロンの出品審査も再開となり、注文も取り消しとなってしまう。※1)
政治的混乱に加え、コレラの流行をし始めていたパリから、ミレーは一家でバルビゾン村に移住する。そこで豊かな自然と農村に魅了され生涯をバルビゾン村で過ごした。※3)
作品としては<落穂ひろい>や<種をまく人>などの農村のありのままの光景、自然の美しさを美化することなく描いた。
しかし、その生々しさは当時の保守派に貧農層の現実を突きつける形になり、長らく正当な評価はされずにいた。
1864年、<羊飼いの少女>がサロンにて一等賞を得ることができ、1867年パリ万博では同作品や<落穂拾い><晩鐘>などが高い評価を得てその名声を確立した。※2)
※1当時のフランス情勢
少数の特権階級がその他多くの階級を支配しており、圧制に反発を抱いて革命を起こして共和政となったり、逆にクーデターで立憲君主制となったりしていた。ミレーの絵が最初評価されたのは第二共和政の時。ミレーはありのままの農村、労働、生活を描いたが、それが重労働にあえぐ貧困層という自分たちを描いたものとして作者の意図とは違う形で評価された。その後の第二帝政では不評を買うこととなる。(当時は産業革命によりブルジョアと労働者層の格差拡大、対立、ジャガイモ飢饉などの不況などから貧困層は拡大しており、社会主義者との対立もあり、社会そのものが不安定であった。)
※2ミレーの作品はなぜ評価されたのか
保護貿易体制から自由貿易政策に転換したことで産業資本家が成長し、フランスの産業革命は完成期を迎えた。そのアピールのためのパリ万博を行った。産業資本家や労働者の要求は強まり、一定の言論の自由などを行い自由帝政と称したが、偉大な皇帝による恩恵としてでなければ帝政を保てないため人気獲得のため積極的な外交政策(戦争)の時代へと移っていく。
保守派から批判されていたミレーの作品は当時大部分を占めていた農民からの支持を受けるために政府が評価した。国からのお墨付きをもらえたことでミレーの名声は確立することとなった。
⚪︎アメリカでフランスよりも早期に評価されるようになった要因として、➀宗教性が強くない、新興国家のため新しいものを取り入れたり、絵画に対して偏見の少ない評価をされていた。(フランスでは伝統や保守派の貧困に対するアレルギーで宗教色の強いほうが評価されていた。印象派もアメリカではフランスに比べ早期に評価されていたように。)②アメリカではプロテスタントが多いため、ミレーの描く農村の人々の敬虔で清貧な姿が模範的であるとして受け入れられた。(アメリカはイギリスから農地を求めたり、イギリス国教会からピューリタンが迫害されて移住したりした歴史がある。)
※3バルビゾン派
バルビゾン村とはパリより約60㎞ほど離れた場所に位置する農村。
産業革命や近代化によって電気や鉄道などが発展していた時代に、都会の喧騒から離れ、自然や動物の美しさを描こうと画家たちが村に集まった。
印象派のように描き方や野外製作するなど共通する画法があったわけではなく、バルビゾン村で描いていた画家たちのグループのことをいう。
(彼らの作品を見ると、ミレーは自然や農村の風景ではなく、もっと内側の生活そのものを描こうとしたことが分かる。また、キリスト教への深い造詣も絵画のテーマに現れていて、比較すると面白い。)
好きな作品
1.晩鐘
この作品は鐘が鳴り響いたときにお祈りしている場面である。
キリスト教では1日3回、朝6時・昼12時・夕方6時に1日の始まり・正午・労動の終わりを告げる鐘がなる。これは天使ガブリエルがマリアに「受胎告知」をするシーンを黙想しながら聖母を賛美することから天使の鐘(Angelus Bell)・・・「アンジェラスの鐘」と呼ばれるようなった。信者達は、教会堂から鳴り響くその鐘の音を、祈りを捧げる(神の栄光とキリストの誕生のお告げに対して。)時刻を示す合図として、日常生活の習慣を導く指針としていった。
私はキリスト教ではないが、その祈りを捧げる姿が日々の営みがあること、今私がいること、家族が生きていることに対する感謝のような敬虔さを感じて、感銘を受けてしまう。
2.星の夜
暗闇の中で星の瞬く夜空。
私は人の想像する10倍くらい田舎で育った。
だだっ広い牧場で、人工の光も月明かりもない夜。一人で歩いていると暗闇と一体化されていく感覚を覚えるが、その時にふと上を見上げると、星がまばゆいほどに光を発している。そんな時、自分が自然と何もかも同化していくような感覚を覚えるとともに、逆に自分という存在を強く意識する。
そういう記憶を呼び起こし、そして懐かしくなる。そんな作品でとても好きだ。
3.冬の夜
この作品はパステルで描かれている。
実はミレーはパステルでも多くの作品を描いており、19世紀のパステル復興の一員を担っている。ドガなどにも強く影響を与えたとされている。
パステル画で調べると画面が明るく、どこか幼稚な印象をうける作品が検索で出てくるが、昔の画家(ミレーやドガ)を見るとその画力はもちろん、パステルの魅力を改めて感じる。
結びに
ミレーの作品で描かれる農村や自然は美しい。
それはそれとして画家の半生、その絵画の影響などを調べるとまた違った一面を観ることができて面白い。
今後もドガやモネ、ロートレックなど個人的に好きな画家のことを調べたい。
この方のブログも面白かったです。