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「広告が嫌われる”本当”の理由」という文章を読んで違和感があったので、「”本当”の理由」を書いておく。

次の文章を読みました。

この問題提起。これについては非常に重要なことだと思う。

一方で、「本当の理由」とタイトルにある割には本質的な部分が全然的を得てなくて、本文の内容に違和感もあり、誤認識があるように思った。

そこで以下を書いておきたい。

・そもそも冒頭にあるアドフラウドと「嫌われる広告」の話は別問題

「広告が嫌われる理由」について、幅広く「広告」と言った場合のそれと、「ネット広告」に限った場合のそれとの問題の切り分けをしないといけない。上記文章では残念ながら混同されてしまっている。

・「広告が嫌われる」のはなにも最近に始まった話ではなく、テレビCMが「トイレタイム」と言われる時代からあった。その頃の「広告が嫌われる理由」は、楽しんで見ている番組が中断されることにあった。テレビの前を離れればいいだけなので、「見たくないものを見せられる」という感覚ではなかった。

・一方、現在の「ネット広告」が「嫌われる理由」というのは、“ターゲティング”の名のもと、あるいは“リコメンデーション”の名のもとであるにも関わらず、「興味のない、見たくもない広告」に「ストーキングされる」という状況にある。

・マス広告に関しては、ターゲットへのフリークエンシーがある閾値を超えると、その後の(広告認知などの)効果が上がらないことがわかっている。そのため、あまりにもしつこく何度も広告を出すことは、そもそも広告の費用対効果として無駄なので行われない。なので高フリークエンシーの結果としての「広告が嫌われる理由」は発生しにくい

・ちなみに、新聞広告は一つの情報=「告知」としての由来があり、かつ新聞社の広告考査も厳しいため、「不快な広告」は掲載されにくいので、すなわち昨今言われるような「広告が嫌われる理由」は発生しにくい。

・また、テレビCMに関しては、広告クリエイティブの制作チームが最初に生まれたのが広告代理店の“媒体局”内(例・ラジオテレビ局=媒体枠の取引を行う部署)だったこともあり、そもそも番組を中断してしまう嫌われものになる可能性を想定して、「見てもらえる広告」として現在に至るまでのエンターテイメント性のフレーバーを当初より盛り込むことが試みられていた(この点はそれ以前のラジオCMの影響も大きい)。こうした背景から「広告」そのものをある種のエンターテイメント、コンテンツとして扱うような専門誌が現れてきた。また、一般の人々であっても、「好きなテレビCM・嫌いなテレビCM」を挙げることができるのも、それらの「広告」そのものが、コンテンツとしてフェアに判断されているからであるように思う。後述もするが、この点は、無理やり見たくもない広告が何度も投げ込まれる「ネット広告」の世界とは大きく違う。

以下、「広告が嫌われる理由」を「(現在の)ネット広告が嫌われる理由」焦点を合わせて書きます。マスを中心とした「従来型広告」については、「嫌われる理由」よりも「見られない理由」のほうがより深刻な問題なので、「嫌われる理由」の議論からは省きます。

・一方で、現在の“日本の”ネット広告の主流は、「枠購入型」ではなく「成果報酬型」となっている。この「成果報酬」が曲者で、クリックやコンバージョンなどを基準としてしまうため、インプレッション過多であっても広告を出している側はそれを気にしない。結果として、「見たくもない広告」が、高フリークエンシーで露出してしまうこととなる。

「ネット広告」は枠数的に物理的な制限を受けないという特徴がある(マス広告は時間や紙面などによって設置可能な枠数には物理的に上限がある)ので、広告出稿の需要供給関係でいうと供給過多に陥り、単価が安くなりやすい。結果として、ネット広告に出稿する広告数は増えるがその審査は追いつかないし、実際のところ審査を放棄してるようなアドネットワークも存在する。

・とりわけ「アドネットワーク型」の広告ビジネスは、その広告枠を埋めるために埋草となる広告主やキャンペーン数を増やす傾向にあり、それにおいて広告の質を問うことも、それによって広告に触れた人が不快になることも、自分たちの収益の二の次になっている。つまり、審査を厳しくすれば枠が埋まらなくなるので売上が激減することを恐れてしまう。またそれらアド的企業の投資家や株主でさえ、社会性・倫理性よりも投資先の収益低下を恐れて、投資先に対して広告の質の是正をアドバイスすことなんてない。むしろ「広告の質」について興味を示さないことも。

・「アドネットワーク型」の広告は、出現する広告のクリエイティブチェック/コントロールを媒体社側がコントロールすることは難しく、プラットフォーム側にまかせているが、プラットフォーム側が適切に対応できてない。

・最も普及している広告フォーマットのひとつ、リコメンデーション型ウィジェット型のネイティブ広告は概して広告枠数が多くなるため、その広告枠を埋めるためにとてもマッチングしていると思えないような広告を露出してしまう。「リコメンデーション」といっているが、実際はその仕組みは破綻しており、リコメンデーションなんてされていない。むしろ不快な広告を撒き散らす装置になっている。

・などなど、広告が嫌われる理由というのは、それ、従来型広告の話?ネットに限った話?っていう整理もしないといけないし、ネット広告が嫌われる理由ははっきりいってビジネススキームとその結果業界が陥っている環境にあるのであって、マーケターの忙しさとかは関係がない。

上記した以外にも色々な複合要因によって「広告が嫌われる」状況が生み出されてはいるんだけれども、なによりも昨今の「広告忌避」については、ネット広告において、

・自分たちにマッチした広告ではない。
・不快なビジュアル
・同じ広告がストーキングしてくる


ということにある。ここがなぜ起きてるのか?という議論を抜きに、「(ネット)広告が嫌われる“本当”の理由」なんてことは語れないのだ。

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あなたの見ているりんごは他の人が見ているりんごと同じなのか?どうして同じものだと言えるのだろうか?という視点と、そもそもりんごが赤いと感じる前のりんごとの体験って何だろうか?という視点から、結構真面目にマーケティングを考え直してる時々社会人大学院でも教授してる人。