熊谷和徳「In-Spire」に、In-Spireされた夜

コロナ蝸における悲願だった、リアル舞台.
第一弾は、熊谷和徳「In-Spire」.
10歳の娘とともに. というよりも、このところなかなかにハードなことが続いていた娘にこそ聴かせてあげたくて、反射的にチケットをとってしまっていた.


かつてダンス雑誌の編集者だった頃、実は熊谷さんとは編集部で何度かお会いしている、というか、すれ違っているのだけれども、結局直接担当することはなく、隠れファンを続けているw

久々のリアル舞台、久々の熊谷さんのTAP.
まずは、このタイミングで「In-Spire」という作品と出会えたことを、いるかいないか知らん神に(むしろ仏に?)感謝したいくらいの衝撃.
大げさに聞こえるかもしれないけれど、奇跡か、あるいは運命と呼びたい.

素足で舞台に登場した熊谷さんの、素足のTAPから始まった「Bare Foot Life」.彼のTAPを聴いていると、時折、奴隷であることを余儀なくされていた人々が、憤りと絶望の中に、踊ることがもたらす無垢な喜びと一筋の希望を込めて鳴らしたであろうTAPの音が聴こえてくるような、彼らの姿が見えてくるような錯覚を覚えてしまう.

続く、「The Dance is My Life」と「光へ」から受け取ったイメージは、なぜか宇宙の始まりや地球の誕生、燃え盛るマグマに、人々の日々の営み.

「JAZZ IT UP」「SP404」に限らず、全体を通して言えることだけれども、熊谷さんという稀有なタップダンサーの、音の幅の広さに、モダンなような、クラシカルなような、重厚なような、ポップなような、でも「熊谷和徳」という人が生み出す紛れもなくオリジナルな音に、ほぅっとため息が出てしまう.
たった一人の孤独な誰かが鳴らしているように思えることもあれば、複数の人々がともに鳴らす音のようにも聴こえてくる.  板に何か仕掛けがあるのでは?!とすら疑いたくなる多彩さ.


続くナンバーでは、舞台奥に飾ってあった花瓶を舞台前へ&スポットライト.
9.11に3.11、新型コロナ、それから地球に起きた諸々のことで逝ってしまった人々へのレクイエム、祈りだろうと聴いていた曲のタイトルは、「Tribute to My Friend」.

舞台終了後のトークで、新型コロナで熊谷さんのお誕生日の日に旅立ってしまったタップ仲間、熊谷さんとお誕生日が一日違いの大切な友人へ向けた一曲だったと知る.

レクイエムは、死者の安息を願いつつ、残された者たちが、少しずつ一歩を踏み出していくためのものでもある. そんな光を感じる音に、自然と涙があふれてきて、そうしたら、同じタイミングで娘がパーカーの袖で涙を拭っているのが目の端に映って、心の中でちょっと笑ってしまった.

「TAP SOLO -In- Spire」では、「上を向いて歩こう」を聴き取れるか聴き取れないかの絶妙な塩梅でぼそぼそ歌いながらTAPを踏む熊谷さんに、またもや自然と涙.

熊谷さんのTAPにすっかり惹き込まれてしまうのは、彼がかき消されそうな声なき声を、そっとひろって、時に力強く、時に繊細に、TAPの音にのせて紡いでいくからだろうと思う.

ラストは、「TARIKI - Poem "Life doesn't Frighten me"」. わが娘と同じ10歳の、熊谷さんの娘さんが朗読した詩とのコラボ. 娘にとって「魔法のペンダント」になりそうな1曲. 

Life doesn't Frighten me at all 人生はまったくこわくない

Not at all Not at all.   これっぽっちも

娘よ、きっと、大丈夫. 繊細さとやさしさ、強さ、は、共存できる.  そして、あなたなら、それができる. 

このタイミングで「In-Spire」という作品に出会えたこと、特別な1曲に出会えたことには意味がある. たぶん.

終演後、きっと親子だったからだろう. テレビ局の取材班に声をかけられるも、娘、逃げるw 舞台中、言葉はあんなにもせわしなくあふれていたのに、いざ舞台の感想を聞かれたら、どんな言葉も陳腐にしか聞こえないように思えて、母も娘と一緒に逃げるwww でも、この作品に出会えた喜びを生涯忘れないように、熱が冷めやらないうちに、記しておく.

人生はまったくこわくない、これっぽちも、ね.


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