間違いだらけの不妊治療 体外受精編②

インターネットをみてみると、体外受精に関して本当にたくさんの間違った情報が流れています。また一部の企業は自分たちの製品を使ってもらうため、一部のクリニックは自分たちの病院へ患者さんを呼び込むために、エビデンス(根拠)の不確定な検査や治療をあたかも完成された治療のように書いていることもあります。
 ここでは、前回、前々回に引き続き、きちんとしたエビデンスのある、間違いのない情報を実際に患者さんから聞かれた質問に沿って、説明していきたいと思います。

Q. 卵巣刺激をしないで採卵した卵子は、自然で選ばれた卵子だから、妊娠しやすいのは本当ですか?また卵巣刺激をすると卵子の質が下がるのは本当ですか?

卵子の質が低下すると、卵子の染色体異常が増加し、胚(受精卵)の発育障害が起こりやすくなり、さらには胚移植ができてもその後の着床率は低下し、妊娠後の流産率が上昇します。

正常な胚かどうかがわかる検査があります

現在、着床前スクリーニング検査(preimplantation genetic testing for aneuploidy;PGT-A)という方法が、体外受精で行われるようになりました。胚の将来胎盤になる細胞(栄養外胚葉)の一部から46本あるヒトの染色体の数を確認する方法です。この方法によって、胚の染色体異常を確認したうえで、染色体数が正常な胚を選択して胚移植を行う方法です。

卵巣刺激をしても卵の質は下がりません!

海外ではすでに卵巣刺激法別にPGT-A後の染色体異常胚の発生率を確認した臨床研究が行われています。アメリカからの報告で、2,230周期の体外受精後の胚にPGT-Aを行った研究結果では、女性の加齢に伴って染色体異常胚の発生率が上昇することは当然のことですが、年齢ごとで比較すると、注射の数やとれた卵子の数ごとで染色体異常胚の発生率に明らかな差はありませんでした(文献1)。また別の論文では、自然周期369周期と卵巣刺激を行った2,846周期を比較しております(文献2)(図)。年齢ごとの比較でみると、自然周期と卵巣刺激周期の染色体異常胚の発生率に有意な差はありませんでした。
つまり、卵巣刺激を行うことで卵子の質が低下するということは、否定されたことになります。

卵巣刺激とは別ですが、年齢が上がると卵子の染色体異常が増加します

女性の年齢とともに卵子の染色体異常が増加するため、染色体正数胚(染色体が46本ある胚)が出る確率は40歳で、およそ胚盤胞3個のうち1個、42歳で4個のうち1個です(文献3)。高齢で自然に近い卵巣刺激法で採卵を行う場合、数周期のうちの1回しか胚盤胞が確保できず、そのうちの3~4分の1の胚しか染色体正数胚がありません。
そのため、高齢で自然に近い卵巣刺激法で行う場合には、その後の妊娠・出産率は非常に低いですので、よく検討して卵巣刺激法を検討すべきです。

Q. 血液をサラサラにする低用量アスピリン(バイアスピリン®︎、小児用バファリン®︎)の内服やヘパリンの注射が、着床率を上げてくれるというのは本当ですか?

血液が固まりやすいと流産率が上がります

血液が固まりやすくなる一部の血栓性素因が流産率を上げることは有名です。特に膠原病のひとつの抗リン脂質抗体症候群という病気は、妊娠後の流産率や死産率が高くなることがわかっています。それ以外にもプロテインC欠乏、プロテインS欠乏、第XII因子欠乏などは流産率を上げる因子のため、流産予防のために妊娠後から血液をサラサラにする低用量アスピリン(バイアスピリン®︎、小児用バファリン®︎)の内服を行うことがあります。

だからといって、アスピリンやヘパリンを投与しても着床率が上がるわけではありません

血栓性素因は、一般的な女性で検査を行っても異常が出る方は5%未満でほとんどいませんが(文献4)、体外受精で複数回胚移植を行っても着床しない着床不全の既往の不妊女性に多く認めることがわかっています(文献5〜7)。筆者の研究データでも着床不全の女性は血栓性素因を20~30%もっています(文献5)。しかし、低用量アスピリンやヘパリンが着床率を上げることはありません。
抗リン脂質抗体が陽性の着床不全既往の女性に対する、低用量アスピリンとヘパリン投与の無作為化対照試験の報告があります(文献8)。無作為化対照試験とは、患者を治療群と非治療群にランダムに分けて、医師側も実際に治療しているかそれともプラセボ薬(実際には薬効のない錠剤)を処方しているかわからないで治療を行い、その効果を比較検討する臨床研究です。
低用量アスピリンとヘパリン投与を胚移植当日から投与した胚移植周期158周期296胚と、プラセボ薬を投与した胚周期142周期259胚を比較すると、アスピリン+ヘパリン群が20妊娠 (6.8%)、プラセボ群が22妊娠(8.5%)を認め、いずれも非常に低い妊娠率で、むしろアスピリン+ヘパリン群の方が低い妊娠率でした。また4回以上胚移植を行った症例ではアスピリン+ヘパリン群で1例も着床していませんでした。
つまり、低用量アスピリンとヘパリン投与によって、着床不全既往の女性の着床率を向上することを示すデータは出ませんでした。
別の抗リン脂質抗体症候群のない着床不全に対して胚移植当日からヘパリンのみを投与した複数の臨床研究を集めたメタ解析の報告では、コントロール群と比較してヘパリン群の着床率はほぼ差がなく、ただ有意に流産率が低下し出産率が向上したという報告でした(文献9)。
流産率を上げる血栓性素因の中で、抗リン脂質抗体症候群はほんの一部です。先ほど説明した通り着床不全既往の女性は血栓性素因をもっている方が多いです。この臨床研究ではヘパリンによって、抗リン脂質抗体症候群以外の血栓性素因による流産を予防できている可能性はありますが、着床をサポートするものではありません。

アスピリンやヘパリンは副作用も考えながら投与していく必要があります

むやみなヘパリン投与は、切迫流産の出血を増悪させて流産を誘導する可能性があり、また骨粗鬆症や血液を固める血小板が減少するヘパリン起因性血小板減少症により、ひどいと死にいたるような副作用もあります(文献10)。
アスピリンやヘパリンは着床率を上げることはありません。ただ着床不全の既往があれば抗リン脂質抗体症候群に限らず血栓性素因の検査も行い、血栓性素因がある女性にしぼって流産予防を行うべきです。

Q. 体外受精でできた受精卵のグレードは、生まれた後の胎児の奇形や障害と関係しますか?

体外受精後の受精卵のグレードは、胚盤胞の時に将来胎児になる「内細胞塊」と将来胎盤になる「栄養外胚葉」の2カ所で決定します。そのグレードは胚移植後の妊娠率や受精卵の染色体異常の有無と関係することがわかっています(文献11)。
ただ染色体異常のある受精卵は通常胚移植をしても着床しないか流産するかで淘汰されるため、胚移植した後の胎児の形態異常や障害と関係することはありません。

Q. 1個受精卵を胚移植するより2個以上の受精卵を胚移植する方が、妊娠率が高いのは本当ですか?

日本ではほとんどの施設で1度に1個の胚移植です

1個の受精卵を胚移植するより2個移植した方が、胚移植での妊娠率は高いことは間違いありません。しかし日本は日本産科婦人科学会から出された推奨もあり海外と比較しても、1個の胚移植の割合が80%を超えています。いくつも凍結胚をもっているのに1個ずつ移植するなんてもどかしい!って思っている方もいるのではないでしょうか?

実は1度に多くの受精卵を胚移植するよりも、数を分けた方が妊娠率は高いのです

2個以上の胚移植は、胚移植ごとでの妊娠率は高くなるのですが、その上昇はごくわずかです。例えば、40%の妊娠率のある受精卵が2個あって、2個まとめて胚移植しても妊娠率は倍にはならず、約50%です。ただ40%の妊娠率のある受精卵を2回に分けて移植すると、1回目で40%の方が妊娠し、2回目では妊娠せず残った60%のうちの40%が妊娠することになります。
つまり累積妊娠率は60%以上となり、2回に分けた方が妊娠率は高くなります。

2個以上の胚移植では、受精卵ごとの妊娠率が低下することがあります

2個以上の胚移植、特に不良胚と良好胚を組み合わせた胚移植は、実は受精卵ごとの妊娠率が低下することがわかっています(文献12,13)。つまり、1個ずつ胚移植を行うと胚の最大限の妊娠率を引き出すことができます。日本は1個の胚移植を中心に行ってきて、複数個胚移植を多く行うイギリスやアメリカと比較すると、前述のとおり受精卵1個当たりの出産率が明らかに高いです(文献14)。

2個以上の移植で一番大きな問題は多胎妊娠!

また2個以上移植した場合に、最も問題になるのは双子などの多胎妊娠です。「一度の妊娠で2人以上の子どもが産まれるなんて最高!」って思う方もいるかもしれませんが、多胎妊娠は妊娠中に問題が起きる可能性が高くなります。

多胎妊娠はハイリスクです!

例えば、流産や早産、妊娠高血圧症候群などの妊娠中の合併症のリスクがひとりの子の妊娠(単胎妊娠)と比較すると明らかに高く、特に早産となると産まれた子はNICUという赤ちゃんのICUに入れられてしまうことも多々あります。
早産のあとに普通に育ってくれれば良いのですが、障害が残る子ももちろんいます…。また出産方法は、基本帝王切開しかありません。胚移植個数はよく考えて決めたほうが良いかと思います。

参考文献

1.       Irani M, et al. No effect of ovarian stimulation and oocyte yield on euploidy and live birth rates: an analysis of 12 298 trophectoderm biopsies. Hum Reprod. 2020;35(5):1082-9.

2.       Hong KH, et al. Embryonic aneuploidy rates are equivalent in natural cycles and gonadotropin-stimulated cycles. Fertil Steril. 2019;112(4):670-6.

3.       Franasiak JM, et al. The nature of aneuploidy with increasing age of the female partner: a review of 15,169 consecutive trophectoderm biopsies evaluated with comprehensive chromosomal screening. Fertil Steril. 2014;101(3):656-63.e1.

4.       Ormesher L, et al. 'To test or not to test', the arguments for and against thrombophilia testing in obstetrics. Obstet Med. 2017;10(2):61-6.

5.       Kuroda K, et al. Analysis of the risk factors and treatment for repeated implantation failure: OPtimization of Thyroid function, IMmunity and Uterine Milieu (OPTIMUM) treatment strategy. Am J Reprod Immunol. 2020:e13376.

6.       Coulam CB, et al. Multiple thrombophilic gene mutations are risk factors for implantation failure. Reprod Biomed Online. 2006;12(3):322-7.

7.       Qublan HS, et al. Acquired and inherited thrombophilia: implication in recurrent IVF and embryo transfer failure. Hum Reprod. 2006;21(10):2694-8.

8.       Stern C, et al. A randomized, double-blind, placebo-controlled trial of heparin and aspirin for women with in vitro fertilization implantation failure and antiphospholipid or antinuclear antibodies. Fertil Steril. 2003;80(2):376-83.

9.       Potdar N, et al. Adjunct low-molecular-weight heparin to improve live birth rate after recurrent implantation failure: a systematic review and meta-analysis. Hum Reprod Update. 2013;19(6):674-84.

10.    Nelson-Piercy C. Hazards of heparin: allergy, heparin-induced thrombocytopenia and osteoporosis. Baillieres Clin Obstet Gynaecol. 1997;11(3):489-509.

11.    Liu Y, et al. The Relationship between Human Embryo Parameters and De Novo Chromosomal Abnormalities in Preimplantation Genetic Testing Cycles. Int J Endocrinol. 2022;2022:9707081.

12.    Wintner EM, et al. Does the transfer of a poor quality embryo together with a good quality embryo affect the In Vitro Fertilization (IVF) outcome? J Ovarian Res. 2017;10:2.

13.    Ohgi S, et al. Morphologically poor blastocysts could affect the implantation rate of a morphologically good blastocyst during a double-blastocyst transfer for patients who have experienced repeated implantation failures. Reprod Med Biol. 2018;17(3):249-54.

14.    黒田 恵司. 【排卵誘発のすべてII ART編】卵巣刺激法の国際比較とその成績. 産婦人科の実際. 2021;70(13):1579-85.

 

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