どういう状況ならば不妊治療に保険が使えるの?
不妊治療はもともとほとんどが保険適用外の自由診療で、特に体外受精は経済的負担も大きいために、43歳未満の女性を対象に厚生労働省が助成制度による支援を行ってきました。2022年4月に体外受精に対する助成支援事業が撤廃され、大幅に不妊治療の保険適用の拡大が進みました。
厚生労働省が提示した、保険適用の概要を図に示します(文献1)。これだけみてもわからないことが多いと思いますので、解説をしていきたいと思います。ただし今回解説する不妊治療の保険診療は2022年現在の内容で、まだ流動的で今後も変わっていく可能性も十分ありますので、ご了承ください。
注意:保険診療は「混合診療」ができません!
まず不妊治療を保険診療で行ううえで知っておいてほしいことは、保険診療で不妊治療を開始した後は、原則保険適用外の診療(自由診療)を行うことができなくなります。
通常の保険診療は、混合診療(保険外併用療養)を行うことはできないため、保険適用外の診療が必要な場合は、保険診療と自費診療を同じ日ではなく別の日で行うことで、診療が可能です。ただ不妊治療においては、治療が1日で完結しないため、日を変えても自費診療を行うことが原則できません。
今後、制度は変わる可能性も十分にありますが、2022年10月現在では行うことができません。そのため、必要な自由診療を先に終わらせてから、保険診療に入ることをお勧めします。
不妊スクリーニング検査
実際の診療に関して、まず不妊治療にかかわる検査について説明します。
もともと精液検査や子宮卵管造影検査などの一般的な検査は保険診療で行うことが可能でした。今回、不妊治療で最も行う検査である経腟超音波検査やホルモン検査が、保険診療可能となったことは、非常に大きいと思います。例えば、採卵にむけて採血によるホルモン検査と超音波検査を行った場合、もともと自由診療で10割負担とした場合、1万円以上の負担がありました。今回、保険で3割負担とすると診察料が3,000~3,500円程度になります。また今回新たに、体外受精を行う患者さんに限り卵巣予備能を評価する抗ミュラー管ホルモン(AMH)検査とB型肝炎ウィルスやC型肝炎ウィルスなどの感染症検査が、保険診療内で測定できるようになりました。
それ以外の検査は原則保険適用外となるため、例えば筆者のクリニックでは、着床や流産に関係し異常があれば前もって治療をしたほうが妊娠成績の向上が期待できる検査として、甲状腺ホルモンやビタミンDの検査は保険診療に入る前に行っています。またAMH検査に関しては、低値を認めた場合に早期に体外受精に進まなければいけないため、体外受精を行わない方では保険で検査ができないため、一緒に自費で採血していただいています。
保険診療の条件
婚姻関係でなくても認知するなら不妊治療は可能!
保険診療で不妊治療を行うためには、主に3つ条件があります。
1つ目の条件は、患者とパートナーが婚姻関係もしくは出生した子について認知を行う意向があることです。つまり婚姻関係ではなくても、パートナーが出生した子について認知をするならば事実婚でも保険診療で不妊治療を行うことが可能です。
2つ目の条件は、患者とパートナーともに治療内容について直接対面で話をして、書面で治療に関して同意を確認する必要があります。この対面というのは、携帯電話などを使ってリモートで会話することも大丈夫です。このふたつの条件がクリアできれば、保険診療が可能になります。
3つ目の条件は、患者さんパートナーともに日本の保険に加入していることです。不妊治療は2人で行うもののため、患者さん自身のみ日本の保険に入っていても行うことができません。
男性側が海外に別居している場合はどうなるの?
ひとつ問題があるのは、ご主人が海外などに単身赴任などで別居している場合です。これまでは、ご主人が日本にいる間に精液を持参していただき凍結保存したうえで、奥さまが採卵した後に凍結精子を融解して顕微授精を行っていました。しかし、「精子凍結」は保険の適用がありません。
医療保険制度は、国の資金を使いますので、病気ではない自己都合の医療行為に対して保険診療ができません。ただし保険診療に入る前に自由診療で精子凍結を行っておいて、ご主人に前もって保険診療の同意書を記載してもらい、単身赴任後にリモートで治療内容の説明を聞いてもらえば、保険診療で行うことができます。
単身赴任の予定があるようなときは、実際に不妊治療を行っている病院へ相談して、精子凍結だけでも行っておいても良いかもしれません。
保険診療が可能な診療内容
保険診療が可能な主な不妊治療の診療内容を表に示します。採卵、顕微授精、胚培養、胚凍結の診療費に関しては、診療を行った卵子や胚(受精卵)の個数で変わります。
体外受精には年齢制限がある!
体外受精に関しては、年齢制限があり、これまでの助成支援事業の対象者同様に、43歳未満が保険適用の対象で、40歳未満は6回、40〜42歳は3回胚移植までが対象となります。
ここでいう年齢は、「初めて胚移植にかかわる治療計画を作成した日における年齢」と決められています。つまり胚移植した年齢ではなく、採卵に向けて卵巣刺激などで治療を開始した年齢となっており、例えば39歳11か月で卵巣刺激を開始し40歳に採卵を行っても、胚移植は6回保険診療で行うことができます。
ただし42歳の方は、43歳になった後は、回数制限の3回を満たしていなくても、保険適用がなくなる可能性がありますので、気をつけてください。
また年齢制限を超えても保険診療で体外受精を受けることができるのは、原則継続的に不妊治療を行っている方に限ります。41歳で胚凍結を行って、2年あいて43歳になってから保険診療で胚移植を行いたいと思っても、保険診療はできませんので、ご注意ください。
2人目の妊娠では限度回数がリセットされます!
また保険診療で胚移植により妊娠・出産した後に、2人目の妊娠を希望した場合は、限度回数はリセットされます。つまり、2人目の妊娠を希望し、胚移植に向けて治療を開始した年齢の回数の胚移植を保険診療で行うことができます。このリセットされる制度には、妊娠12週以降の死産も含まれています。死産というのは本当に本当につらいできごとです。そんなつらいことが起きて、しかも保険適用外でしか治療継続ができないというと、本当に妊娠を諦めたくなると思いますので、すごく良い制度だと思います。
原則、若いうちにたくさん採卵することは保険診療ではできない!(例外あり)
さらに保険診療における体外受精は、「胚移植の実施に向けた一連の診療」と決められています。そのため、若いうちにたくさん採卵をして凍結胚をたくさん貯めるということは、原則保険診療ではできません。やはり卵巣刺激~採卵~胚凍結までの過程が最も高額になりますので、そこを自己都合で保険診療を受けることはできません。
ただし、例外もあります。例えば、41歳で妊娠する前に手術をしなければいけない子宮筋腫をもっている場合、先に手術を行うと手術前の治療や術後に子宮が妊娠できる状態まで改善するのに、1年以上かかる場合もあります。40歳を超えてからの1年間は、妊娠を希望する女性にとって致命的な期間になります。手術する前に採卵し胚を凍結保存することで、採卵したときの年齢の妊娠率・出産率の胚を保存しておくことができます。そのため、手術前に十分な数の胚凍結をしておけば、手術で時間が経過しても妊娠・出産できる可能性があります(文献2)。つまり、凍結胚を確保する医学的な理由があり、医師が必要と認める場合には、保険診療で胚移植をせずに採卵・胚凍結を何度か行うことは可能です。
保険診療による体外受精の例
保険診療による体外受精の診療例を表に示します。先ほど述べた通りで、診療を行った卵子や胚の個数で診療費は変わります。そのため、卵巣刺激法の強さや採れる卵子の数によって診療費は異なります。
胚移植のチャンスが多いほうが負担費用を抑えられる!?
連日排卵誘発薬を注射する高卵巣刺激法、1日おきくらいで3~5回注射をする中卵巣刺激法、まったく卵巣刺激をしない自然周期で、3割負担の費用はおよそ21~24万円、15~18万円、8~9万円です。やはり卵巣刺激が強いと負担費用が高くなるのですが、診療例で挙げた通り、高卵巣刺激法や中卵巣刺激法であれば3~5回胚移植をするチャンスがあります。しかし自然周期法では多くて1回、もしくは胚移植ができない場合もあります。
つまり1回ごとの胚移植の負担費用でみると、採卵における基本料金があるため、逆に採取できる数が少ないほど負担費用が高くなります。
保険診療では高額療養費制度を利用できる!
また保険診療は自由診療と異なり、「高額療養費制度」が利用できるため、所得水準と月ごとの診療合算額にもよりますが適応されれば、自己負担をかなりおさえることが可能です。
例えば、パートナーの年収を含まない患者自身の年収が370万以内なら月の診療費が57,600円を超える場合、高額療養費制度に申請すると医療費が高額になっても57,600円までしか払わなくても良いのです。年収が370~770万なら80,100円を超える場合に申請が可能です。
パートナーの年収を含まないため、共働きでなければほとんどの方が申請可能です。高額療養費制度を利用すれば、なおさら採取できる数が少ないほど負担費用が高くなります。
高額療養費制度について、詳しくは厚生労働省のホームページでご確認してください。
また、非常に強い高卵巣刺激法は、身体的な負担が大きくまた卵巣過剰刺激症候群などの合併症が問題になることも多々あります。卵巣刺激法については、それぞれの病院でよくご相談ください。
先進医療制度
不妊治療の保険適用拡大によって、多くの治療が保険で診療可能となりましたが、一部の体外受精における治療や検査は、保険収載されず、その中の一部は先進医療となりました。先進医療とは、保険診療の中でも自由診療で併用が可能な医療です。つまり国が認めた混合診療です。それぞれの医療施設が厚生労働省に申請し承認を受けた施設に限り、先進医療を受けることができます。
2022年4月現在の不妊治療における先進医療を表に示します。
タイムラプスとは?
例えば、タイムラプスという技術は、よく携帯電話のカメラにも入っている機能です。受精後の胚の評価は従来、培養器から一度胚を出して顕微鏡で覗いて、その瞬間の見た目だけで評価をしていました。タイムラプスインキュベーターは、胚を培養する培養器にカメラが内蔵されていて、培養しながら一定間隔で自動撮影をしてくれます。
これにより、胚の分割のしかたで胚盤胞の到達率や移植後の妊娠成績が予想できるようになり、移植する良好胚の選別がしやすくなります。また何より胚を培養器から出さなくてよいので、胚が外的なダメージを受けず、良好な胚盤胞ができ妊娠成績も向上することがわかっています。(文献3)。
このタイムラプスインキュベーターは、機種にもよりますが、車が数台買えるほど高額な培養器です。保険診療だからといって、タイムラプスインキュベーターを使わなければ妊娠成績は下がりますので、そこを先進医療制度でカバーしています。
先進医療は将来、保険給付の対象とすべきか検討中の診療で、ある一定期間を終えて厚生労働省で評価され、保険診療となるか保険診療との併用もできなくなるかが決定します。そのため、タイムラプスも保険診療で行えるようになるかもしれません。しかし、万が一保険診療にならなければタイムラプスインキュベーターを用いる施設が減り、日本の体外受精の妊娠成績が低下するかもしれません…。
自治体ごとの助成制度
保険診療以外にも各自治体が、不妊治療に関する助成制度を設けていることも多々あります。
東京都の場合
例えば東京都であれば、女性の年齢が40歳未満の場合に、不妊スクリーニング検査や⼀般不妊治療の費⽤の⼀部を5万円上限に助成し、かつ保険診療で体外受精を行っている方を対象に保険の効かない先進医療に対して診療費の7割の助成を1回15万円上限に40歳未満で6回、40~42歳で3回まで行っています。
宇都宮市の場合
宇都宮市は、女性の年齢が42歳以下の場合、初回の体外受精の全額を、45万円を上限に助成しています。
各自治体が少子化対策のために、多くのサポートを行っていますので、よく調べて使える助成制度はぜひ活用してくださいね!
参考文献
1. 厚生労働省 不妊治療に関する取組 不妊治療の保険適用に関する資料集(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kodomo/kodomo_kosodate/boshi-hoken/funin-01.html)
2. Kuroda K, et al: Combination Treatment of Preoperative Embryo Cryopreservation and Endoscopic Surgery (Surgery-ART Hybrid Therapy) in Infertile Women with Diminished Ovarian Reserve and Uterine Myomas or Ovarian Endometriomas. J Minim Invasive Gynecol. 2019;26(7):1369-75.
3. Zaninovic N, et al. Assessment of embryo morphology and developmental dynamics by time-lapse microscopy: is there a relation to implantation and ploidy? Fertil Steril. 2017;108(5):722-9.
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