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「でも、みんなも聞いてたと思うけど、アクアまでの移動中におっさんの言ってた落ち着きのない独り言は、なんか嘘っぽくなかったよね。テンサ対策の鍵は俺が握ってる。誰も手は出せない。コロナウイルスの用意は万全だって。なんて言ってたっけ。熱帯地方で活性化するように設計されたコロナウイルス?もう効果は出始めている?目には目を歯には歯を?盛者必衰?腸内細菌と一緒で、形勢を逆転させれば良いだけのこと?テンサをコロナで封じ込めるんだよとかなんとか。まあ確かに、一般的なコロナウイルスは子供のうちに感染する弱毒株だ。それがテンサと入れ替わる形で全世界に広まれば、ただの風邪がテンサの症状に取って代わることになる。天鎖の負の連鎖を断ち切れる!なんともアツい話だ。でもやっぱ、胡散臭いかな」
シュンジの独断場となった配信のリスナーは、たったの5名しかいなかった。
「それにしても疲れたね。お疲れ、みんな。それではまた明日。良い夢を。じゃねばーい」
シュンジは、配信終了ボタンをそっと押した。
最後のコメント欄には、こうあった。
『話が難しくて、意味分からん』
シュンジは思わず笑ってしまった。
「俺もまだよくわかってないよ」
シュンジは気の抜けた声で言った。
「でもこの、spoonとかいう配信アプリ。大した役目を果たしたね。さじはさじでも、テンサウイルスの生みの親の足元を掬ってみせたんだから」
シュンジは、依然として芝居がかった様子で話した。
アクアの車内は、心地よく乾燥し、涼しかった。
シュンジへの追手の火矢が飛んできそうな気配も無い。
シュンジは、自宅へと向けてアクアを発車させた。
偶然なのか、この日からテンサは下火になった。
世界を患わせた熱病は、解熱の段階へと進み始めていた。

終わり。

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