エミ

目が覚めると電車の中にいた。まだ視界はぼやけている。頭の後ろの方が暖かい。背後から西日が射していた。乗客は一人もいない。空気がやけに澄んでいた。エミは、自分が制服姿になっていることに気づいた。ただ、ウエストがきつい。どうやら夢らしい。気持ちは若返っていたが、体型が置いてきぼりになっていた。立ち上がって、車内を詮索しようと歩き回っているうちに、体の動きだけは軽くなっていることに気づいた。階段を上がればすぐに息が上がり、バーゲンでもみくちゃにされるだけでも脈が早くなる、あの体ではなかった。エミは、この体で外の世界を体験したいと思った。窓の外の光景を見やると、夕日に輝く海面が目に入った。きらきらゆらゆら光っていて、いつまでも眺めていたくなった。砂浜がやけに白かった。エミの出身地である、日本海側の海とは雰囲気が全く違った。季節は冬のように感じられたが、低く暗い雲は一切無かった。何も無かった。エミは今までの人生で、これほどまでに澄み渡った空を見たことがなかった。大気すら存在せず、この電車と自分の肉体は、直に宇宙空間に曝されているのだと感じた。急に暗闇がエミを包んだ。それと同時に、エミの鼓膜が圧迫された。トンネルに入ったようだった。エミは、今さっきまで目の前にあった座席を暗闇の中で探し求め、モケット生地の感触を手のひらに感じ、それを頼りに体の方向を変え、座席に腰を下ろした。電車の車輪がレールを送りさばく音が、車内に響き渡った。どこからか、さっきまでとは違った風も流れてきている。そしてその風は、わずかだが何かを燃やしたような臭いを含んでいた。エミの体に遠心力がかかった。カーブにさしかかったようだが、電車は一向に速度を落とす気配がない。エミは恐怖した。このままだと脱線すると感じた。さらに、焦げ臭さも増していた。しかし、手元がやっと見えるくらいで、足元になるとほとんど何も見えなかった。なすすべがなかった。完全に諦めた時、エミの体は電車の進行方向に、真横に飛ばされた。座席に置かれた大きな氷のようだった。氷は途中で宙を舞い、電車の連結部分に続く闇へと吸い込まれると、その中で激しい音を立てて砕けた。しばらくすると、その周りを炎が包んだ。氷は溶け始めていた。その水面に映し出された炎は、喜びの舞でも踊っているかのようだった。

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