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男は、まるで子供の相手でもするかのように言った。そして、品定めの目つきをわざとシュンジに見せつけながら話し始めた。
「俺は、中国のとある研究機関でウイルスの研究をしていたんだ。結構、優秀だったんだぜ。そして、その手腕はテンサを生み出してしまう程までになったんだよ。いや、俺からすると、あれ程までに充実した施設があるのにもかかわらず、何も成果を上げられない上司や同僚、部下が、俺の半径5m以内に存在することの方がおかしな話に感じられた。要するに、バカの集まりだったんだよ。もしくは、俺が何かに選ばれた。いや、そうだったんだよ。だから俺は、俺自身が生み出したウイルスに、天鎖って名前を与えたんだ。テンサを作製し終えたその時、俺の眼の前には、天から垂れ降ろされてきた、はっきりとした鎖が見えたんだ。そして俺は、それを掴んだ。この鎖は俺に全てを授けてくれると確信したんだ。芥川の蜘蛛の糸みたいな話だが、あんな頼りない糸じゃない。そして俺には、足を引っ張ってくる罪人もいなかった。俺は一匹狼だったからな。ただただ信じて、あの鎖を掴んだんだ。するとその瞬間、テンサをこの世に解き放つアイデアが浮かんだんだ。そして俺は機会を伺った。なんせあそこのセキュリティーは、国の威信がかけられた厳重なものだったからな。ただ突破口はあった。WHOからお声が掛かったんだよ。どこかで俺の成果を聞きつけたんだ。勘の良い機関だ、全く。危険を察知したのか知らんが、今後の感染症分野の重要参考物として、俺の作製したテンサは徴収されることになった。そして、その引渡しの日程が組まれた。順当に行けば、俺が責任者として選ばれる可能性が高かったが、俺は慎重に事を進めた。より一層、周囲からの信頼を得るように気を配ったよ。そしてWHOの、俺らの研究機関に対する措置を逆手に取った、俺の一連の計画は思惑通り進んだ。要するに早い話が、テンサの引渡し先に向かう道中で、俺は姿をくらませたってわけだ。未だに騒動になっていないことを考えるに、俺の代わりの者を向かわせて事なきを得たんだろうよ。何てことはなかったよ。元が鈍感な奴らだ。出し抜くのはお前にだってできただろうよ。そして俺は、この亜熱帯気候の地を逃走先の拠点として選んだのさ。それだけのことだ」
男は淀みなく、淡々と話した。前もって原稿を用意していたかのような話し方だった。
「はは、経緯は理解できた。だが、目的が見えてこないな。つまらん思想からか。もしくは、精神病患者みたいにお天道様から啓示でも受け取ったか。そんな類のことを語り始めるなよ。もう何百万人もの尊い命が犠牲になってるんだぞ!」
「はっはっは、そう熱くなるな。似合ってないぞ。目的か。何百万もの命ねぇ」
男は、シュンジをじっと見つめていた。何かを決めたような瞳の動きがあった。
「何百万もの命の犠牲、お前は何を連想する」

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