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「いたたた」
「どうしたん」
レイジは右肩をそっと押さえるようにしてボールを持ってきた。
「ワクチン打ったんだよ」
「ああ、なるほどね、え、でもじゃあ、安静にしておいた方が良くないか」
「いや、大丈夫。久々で楽しみにしてたし、俺の場合だと意外とスコアは良くなるかも知れんしな」
「あはは、それ以上良くなってどうすんのよ」
レイジのボウリングの腕はセミプロ級だった。しかも、お得意先にボウリング好きがいるとかなんとかで、定期的に密かに練習もしていたらしい。
「あ、賭ける?」
レイジとのボウリングでは単調に投げるのもつまらないので、実際に徴収するかは別として数百円単位から金を賭けて勝負したりしていた。
「いいぜ」
僕は張り切って答えた。
スコア画面にはA、Bとだけ名前がある。かつては冗談で、マタズレーとかキョコーンとか名付けていたけど、その頃に戻るにはもう、僕らは投げ過ぎていた。股擦れも巨根もボウリングをするには不便に違いない。股擦れと巨根のボウラーはボウリング場のどこを見渡しても居なかっただろう。そしてこれからも。
レイジが一投目を投げた。ガターだった。最初のゲームは慣らしとして投げ、二回目から勝負するのが暗黙のルールとなっていた。二投目は3本だけピンが倒れた。
「まあ、こんなもんこんなもん」
頷きながら言った。
ボウリングのレーンには、たくさんの目印がある。手前からスタンス・ドット、リリース・ドット、ファール・ライン、ガイド、スパットというように。僕は一番奥の、スパットを目安に投球を定めるようにしていた。V字に並んだ、中央から右に一番目から二番目あたりを目がけて、決まった場所から投げるとストライクになる確率が高かった。体幹の軸を意識して投球動作に入る。腕は振ろうと力は入れない。あくまで下半身の大きな筋肉を使いながら、体全体でボールを方向付ける。理想とされるフォームで投げると、ナチュラルフックと言って、右利きであれば自然とボールは軽く左に曲がる。
僕は一投目を投げた。ボールは概ね思い通りの軌道を描いたが、ポケットと呼ばれる1番ピンのやや右側よりも右に、つまり、浅くボールが入ってしまった。両端の7、10番ピンが残った。スネークアイだ。
「幸先悪いね〜」
レイジが茶化すように言った。
「こんなもんこんなもん」
僕は真似して言った。
ストライクが出るときは、ボールがピンにインパクトした位置と角度で大体わかる。今回は位置が悪かったということだ。
隣のレーンでは、仰々しいグローブをはめたおっちゃんが黙々とボールを投げていた。スコアはそれほど良いとは言えない。投球がかぶると、おっちゃんの方が右側だったので、その度に譲った。心地良い音が連続して場内に響いた。カコーン、カッコーン、カッコッーン。ふと僕は、レイナが言っていた股間の話を思い出して、このおっちゃんも投球に熱が入ってくると股間が蒸れ始めるのだろうかと疑問に思った。熱帯地方のジャングルのように、スコアが上昇していくたびにパンツの中の温度も上昇し、ストライクでピンが弾け飛ぶごとにパンツの中の水分子も縦横無尽に駆け巡る。結果、蒸れる。僕は気持ちが悪くなったので、意識を自分の体に戻した。股擦れに巨根に股間の蒸れのことを考えるなんてどうかしてると思った。売れ残った羞恥心は高くついていた。掛け金は早くも、一万円を超えていた。集中力が戻った。
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