ハラスメントのない映画制作環境を〜パク・キヨンKOFIC委員長に聞く〜

放送レポート301号(2023年3月)
放送レポート編集部

変化に対応できる人材を

 韓国の映画製作現場では、政府と業界の費用支援を受けたハラスメント防止システムが導入されており、日本の映画界からも注目されている。昨年秋に東京国際映画祭にあわせて来日した韓国の映画振興委員会(KOFIC)のパク・キヨン委員長が「日本芸能従事者協会」(森崎めぐみ代表理事)主催のレクチャーで、韓国映画界の現状を踏まえた展望やハラスメント防止に向けた取り組みについて語った。  (編集部)

パク KOFICは韓国の国家機関だが、映画界が大きく関与してできた組織だ。日本の映画界が発展していくためには同様に映画製作を支援する機関が必要だと思う。私は東アジアの日本、中国、韓国が交流して発展していくということが、世界の映画の発展につながると考えている。しかし、この数年間、政治や外交の問題で交流が中断したということがあり非常に残念だった。日韓が強い絆で結び付いて、日韓で共同・協業で共に作品を作ることができる。
 私は2022年1月からKOFICの委員長になって、中期計画を立てた。まずはKOFICとしてのビジョン(展望)は「Kムービー(韓国映画)」を世界の映画界で、映画大国として存在を示すことを考えている。今までは観客が劇場で、他の観客と時間を共有し、映画を観ていた。今は、映画はいつでもどこでも観られる。今の時代、映画とはどのようなものか、その概念を整理することが必要だ。
 KOFIC自体が変革し、未来型の動きある組織に変わることが必要だ。ビジョン達成のために、まずは人材の育成が必要だ。映画の概念が変化する中、その変化に対応できる人材を育てていくということだ。
 さらに、Kムービーの持続可能性を広げる。Kムービーの持続可能な発展のためには、技術などを支援していくことなどが必要だ。KOFICはCGを使ってスタジオ撮影をする「バーチャル(仮想)プロダクション」について支援している。
 次にKムービーの多様性の拡大。韓国の中でいつでも、どこでも、誰もが映画を撮れる環境が必要だ。地域に合った映画製作や上映ができるように、KOFICは支援する。さらに、世界のどこでもKムービーが見られるように、新市場を開拓していく。

自律的な解決方法を探る

パク 労働面については、撮影現場におけるさまざまな問題について是正し、映画産業労働組合と共に賃金の未払いや労災やいじめなどを取り扱う「映画人申聞鼓シンムンゴ」と、「女性映画人の集い」と一緒にセクハラや性暴力事件などを取り扱っている「韓国映画性平等センター トゥンドゥン」があり、各機関についてはKOFICが費用を負担している。
 映画の撮影現場がハラスメントの予防教育を行うにあたり、KOCICが講師を派遣している。現場でハラスメント予防のガイドラインも提示している。製作会社の費用負担はない。
 韓国では、現場から勤労者代表を出して、製作会社と休日の確保や労働時間の延長について労使で話し合う。選出については、立候補やスタッフ同士が話し合って推薦して決めていく。
 実際に撮影現場でハラスメントが起きたら、ハラスメント当事者、目撃者がまず勤労者代表に伝える。勤労者代表は製作会社に通告。その製作会社は調査をして対応するが、その次に仲介、仲裁の段取りとなる。それでも解決できない時は法的措置を取るという流れだ。
 このような問題が起きた時に重要なのは、自律的な解決方法をスタッフ、製作会社が共に探っていくこと、そして、どのようなものが自律的に解決できるか、ということだ。そういうことで解決できない時は、映画人|申聞鼓
《シンムンゴ》という窓口で、セクハラについては、トゥンドゥンで受け付ける。
 撮影現場のハラスメントの予防教育というのは義務ではない。製作会社が必要だと考えて行われている。ハラスメントが起きた時はさまざまな影響が起きるので、事前に教育をしておいたほうがいいと製作会社が判断して行うことになっている。
 実際に映画を作っている途中で何かハラスメントが起きると、映画自体が上映できなくなるということを危惧し、事前に予防教育をしようと考えて行われている。
 最近、韓国では俳優がいじめ加害者だったとか、過去に何らかのハラスメントに関わっていたことが暴露された事例があった。俳優は降板し、代わりに再収録となると、その負担はとても大きい。

若者が入ってこない理由

パク 私が映画界に関わってきた1980年代から2000年代の中盤まで見ていると、日本と製作現場の現状は変わらなかったと思う。映画の撮影現場は非常に男性中心主義的で、閉鎖的でマッチョだった。
 そういった中で、映画を作りたいと夢をもっている人がいても、入るのが難しかったと思う。その当時は女性が映画を作りたくても、ほとんどできないような状況だった。
 振り返ると、80年代後半から90年代にかけて、女性が映画界で仕事をするとしたら、スクリプト(記録担当者)を担当するという程度で、映画監督はほとんど不可能に近かった。スクリプトを担当して、次に助監督、監督と経験していかなければならない。しかし、1、2年経験して「とてもここではやっていけない」というふうに考えて、映画界を去っていく人が多かった。
 2000年代に入って、韓国の映画産業が変わったかもしれない。私が01年からKOFICの教育機関「韓国映画アカデミー(KAFA)」の校長になった時、入学する女性が増えて半分、それ以上になっていた。その前までは、映画アカデミーに入学する女性は1人いるかどうかだった。
 映画を作りたいという人たち、多様な背景を持っている人たちが、映画業界に入り、その結果、有名な映画人が生まれてくると考えている。日本の映画界についても若者が入ってこないという話があると聞いている。若者の支援は必要だと思う。
 映画界に入ってこようとする人たちが、昔のようなセクハラ、セックスを求められるとか、パワハラ被害を受けることが分かったら、一体誰がこの業界に入ってこられるのだろうか。才能のある若い人たちが、そのような理由で入ってこないということであれば、映画界にとって大きな損失だ。
 日本でも若者たちが入ってこない、現場がおもしろくないという話があると聞いているが、なぜそうなったかと考えると、その理由は1つや2つではないと考える。
 製作現場の改善がなされて、新しい人たちが入ってきて、雰囲気が変わることが重要だ。そういう時に、新しいエネルギーが生まれてくる。まずは環境を整えることが必要だ。
 当然その対策をするには費用も必要で、韓国には「映画発展基金」がある。基金は、映画館のチケットの売り上げ3.3%を徴収して基金に納められ、KOFICの運営に使われている。韓国政府も2000億ウオンの予算を計上している。コロナの影響でチケット代の徴収が下がったが、同様の徴収システムを持つフランスの国立の映画映像センター「CNC」などはオンライン配信からも売り上げを徴収していて、韓国でも必要だと考えている。そうするためには、法制度を変えないといけない。

権利主張が当たり前に

パク ここ10年くらいの間に、韓国はいろいろ変わってきた。韓国社会全般が変わってきて、その一環で映画界も変わってきた。
 映画界がほかの分野に比べて、声を大きく上げたというのもあり、ハラスメント撲滅に対して積極的に取り組んだ。他の分野の模範的事例になった。
 昔は映画の製作会社に対してスタッフが物を申すことなんてできなかった。解雇されたら怖いから、言われるがままに働いてきた。セクハラもあったが、知っていても知らん顔をしていた。
 しかし、現在、韓国では自分の権利を主張したり、何かを訴えたりすることが当たり前になってきた。そのことがかなり定着しつつある社会になってきている。


パク・キヨン 映画振興委員会(KOFIC)委員長。
檀国大学文化芸 術大学院教授、映画『モーテルカクタス』監督(1997)、韓国映画 アカデミー院長(2003 〜2009)、シネマデジタルソウル映画祭執 行委員長(2006 〜2009、 2012)。

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