欧州心臓病学会(ESC)会議 2020 Digital Experience での発表から

ACE阻害薬/ARB服用中断は試験開始後30日時点での生存退院日数に影響せず(中断の臨床的利益なし)

軽症~中等症新型コロナウイルス感染症(COVID-19) 入院患者を対象としたBRACE CORONA試験

循環器分野で、今や、世界最大になっている欧州心臓病学会(ESC)会議。本年は新型コロナウイルスの影響で初のonline開催(Digital Experience)となった。昨年、パリで開催された同会議の参加者は約3.3万人(151カ国)だったが、アムステルダムで現地開催される予定だった今回は約11.6万人(211カ国)がネット登録したという(会期は8月29日から9月1日)。「ACE阻害薬/ARB服用中断は試験開始30日後の生存退院日数に影響せず(中断の臨床的利益なし)」との結果が報告された軽症~中等症新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者を対象としたBRACE CORONA試験は、同学会の最大の呼び物とされるHOTLINEセッションで発表された(日本時間9月1日21時30分-22時)。報告者は、米国からOnlineで参加した同試験の主任研究者であるRenato D. Lopes氏(米国・デューク臨床リサーチ研究所)。

BRACE CORONAは軽症~中等症COVID-19入院患者を対象にRA系阻害薬の影響を検討した初めて無作為化臨床試験

BRACE CORONA試験は軽症~中等症のCOVID-19入院患者を対象に、血圧上昇や動脈硬化促進などに関与するレニン・アンジオテンシン(RA)系と呼ばれる生体の調節ホルモン分泌の流れを阻害する薬剤(高血圧・心不全・腎臓病などに世界中で汎用されているACE阻害薬およびARB)のCOVID-19に対する影響を調べる目的で、ブラジル(学会プレスリリースによれば29病院)で実施された臨床試験である。

同試験が行われた背景には、COVID-19のウイルス(SARS-CoV-2)は、細胞膜にあるACE2(アンジオテンシン変換酵素2)の受容体から生体内に侵入するため、ACE2を増加させる働きがあるACE阻害薬やARB服用が、COVID-19の発症・増悪に関与するのではないかとの懸念の広がりがある。しかし一方で、ACE2自体は降圧や動脈硬化抑制など生体に良い作用をもたらすことが知られており、各国の研究者から発表されているこれまでの予備的データに基づいて、RA系阻害薬がCOVID-19患者の肺損傷を減少させたり、肺の炎症を予防することへの期待感が高まっている。Lopes氏は冒頭でまずこうした背景を概観した。

今春のCOVID-19流行以降に行われた幾つかの観察研究では、ACE阻害薬やARB 服用がCOVID-19の病態に悪影響を及ぼすとの確証は得られていなかった。そこで、我が国を含めた世界の循環器関連医学会は、服用中断によるデメリットも勘案してACE阻害薬やARB服用を継続するようにとの声明を出していた。しかし、これらの観察研究は、集めたデータを振り返って分析する方法(後ろ向き解析)によるもので、様々な要因の影響を完全には排除できないため、証拠(エビデンス)としては十分とは言えなかった。そこで望まれていたのが、現在進行形で行われていて前向き解析可能な、比較対象を2群にランダムに(無作為に)割り付けた臨床試験であった。このような無作為化臨床試験で得られた結果は、信頼性が高いと考えられている。Lopes氏が強調したのも、無作為化臨床試験で得られるCOVID-19治療の指針となる早急なエビデンスだった。

Lopes氏によればBRACE CORONA試験は、2020年5月21日というCOVID-19世界的流行の最中に試験デザインが決まり、4月9 日~6月26日に患者を順次2群に割り付け、7月26日には最後の患者フォローを終了、8月17日にはデータベースをロック、9月1日にESC会議で発表という迅速さで実施された。

ACE阻害薬/ARBを服用していた659例を中断群と継続群に分け試験開始後30日時点での生存退院日数を比較検討

BRACE CORONA試験には1,352例が登録された(18歳以上のCOVID-19入院患者、ACE阻害薬やARB服用中)。次のような患者は登録から除外された。12カ月以内の非代償性(心臓が自力では対応できないほど進行した)心不全、3剤以上の降圧薬服用、サクビトリル・バルサルタン(今年、日本でも発売となった、成分にARBを含む慢性心不全治療薬)の服用、確定診断までの最初の24時間における血行動態不安定など。登録例のうち解析対象となったのは、その後、登録条件が確認された659例(ACE阻害薬やARB非服用が判明した例などが除外された)。

同試験に参加した患者の背景は、平均年齢55.7歳、性別では女性40.4%、BMI(肥満指数)31.0 (日本肥満学会の基準では25以上が肥満)。基礎疾患のうち高血圧は全員で既往歴があり、肥満52.2%、糖尿病31.9%、冠動脈疾患4.6%、喘息3.9%、心不全と腎臓病はいずれも1.4%だった。なおACE阻害薬服用16.7%、ARB服用88.3%だった(服用期間の中央値=データを順に並べた際に中央に位置する値、5年)。前述のようにACE阻害薬とARBはRA系阻害薬と総称されるが、阻害に働く箇所が異なっている。両薬とも異なったタイプのものが、独自の商品名でラインアップされている。

患者背景から見て、ACE阻害薬とARBは主に降圧薬として、高血圧対して処方されていたことが分かる。降圧薬としては他に利尿薬(31.1%)、Ca遮断薬(18.2%)、β遮断薬(14.6%)が使われていた。あらかじめ医学専門誌に掲載されていた試験デザインなどをまとめた論文(Lopes R.D.ら、Am Heart J 2020;226:1-10)によれば、ACE阻害薬とARB中断群では、治療医師の自由裁量により、必要に応じて他の降圧薬に置き換えるべきだとあるので、そうした患者で利尿薬、Ca遮断薬などが新たに使われたことも考えられる。

入院時所見は、呼吸困難53.7%、発熱69.5%、咳70.3%、SaO2(動脈血酸素飽和度)<94%(正常値は96%~98%、酸素吸入などをせずに室内の空気を呼吸する状態で評価)は27.2%。症状出現から入院までは6.0日(中央値)。最初の24時間の症状は軽症57.1%、中等症42.9%。重症は0%。入院時における肺CT重症度スコアで評価した異常影の程度は、25%以下が50.7%、25%超~50%未満が37.9%、50%以上が11.4%(異常影の比率が高いほど重症度が高まる)。

659例は、ACE阻害薬やARB服用を30日にわたって一時的に中断した群(334例)と、継続した群(325例)にランダムに割り付けた2群で比較検討された(無作為化試験)。前出の論文によれば試験は、患者も医療供給側もどちらの群に属しているか分かっている形(open)で行われ、結果に関しては、どちらの群か分からない形(blind)で判定された(PROBE法と呼ばれる)。なお同論文では参加施設は34となっている。

臨床試験は、立案の時点であらかじめ、その結果を評価する指標(主要評価項目、副次評価項目、安全性など)を設定しておく必要がある(これも前出の論文にまとめられている)。BRACE CORONA試験における主要評価項目は、試験開始後30日の時点における生存退院日数(無事に退院してからの生存日数)。これは追跡期間から入院日数を引いたものに相当。同論文によれば、副次評価項目は試験開始後30日の時点における総死亡(あるゆる原因での死亡)、心血管死(心血管系疾患による死亡)、急性心筋梗塞、心不全の新規発症および悪化、高血圧緊急症(血圧の急激な上昇による急性症状の出現)、一過性脳虚血発作、脳卒中など。解析はintention-to-treatによる(振り分けられた集団から離脱することがあっても、その最初の集団とみなして評価する方法)。

中断による臨床的利益を認めず。ACE阻害薬/ARBの継続治療を提言 

Lopes氏によれば、両群ともに100%が30日間の追跡期間を終え、脱落例はなかった。主要評価項目の値は中断群21.9±8.0日、継続群22.9±7.1日(いずれも平均値)。継続群で平均1.1日長かったが、両群間に統計学的に意味のある差(有意差)はなかった。主要評価項目を達成した割合は中断群91.8%、継続群95.5%と継続群で高かったが、やはり両群間に有意差はなかった。得られた数値に若干の差があっても有意差がなければ、比較した2群の薬剤の使い方には大差なし、ということになる。なお、生存退院日数の中央値は両群ともに25日だった。副次評価項目は総死亡のみが発表されたが、中断群9例(2.7%)、継続群9例(2.8%)、とやはり両群間に有意差はなかった。

以上の成績の臨床への適用を同氏は、次のようにまとめた。
╶╴無作為化試験であるBRACE CORONA試験は、30日間のACE阻害薬やARB治療の中断は、生存退院日数に影響を与えなかった。
╶╴これらのデータは、軽症~中等症のCOVID-19入院患者におけるACE阻害薬やARB治療のルーチンの中断は、臨床的利益がないことを示しているので、通常、ACE阻害薬やARBは適応に沿って継続されるべきである。 
╶╴我々の知見は、同時代の質の高い無作為化試験でのエビデンスであり、COVID-19患者のケアの指針となるものである。

BRACE CORONA試験の意義と今後の課題

HOTLINEセッションでは、発表結果に対して専門家がディスカッサント(討論者) としてコメントする形が取られている。アムステルダムのESC特設スタジオから、ディスカッサントのGianfranco Parati氏(イタリア・ミラノ-ビコッカ大学)は、以下の4つの問題点を指摘した。

①観察研究においてACE阻害薬やARBは若年者よりも高齢者でより強い効果を発揮することが示唆されている
②ACE阻害薬とARBの作用機序(効き方)は異なるが、分けないで評価されている。また、ACE阻害薬が16.7%、ARBが83.3%と使用頻度に明らかな差がある。
③短期間の中断は、従来からの非服用と同じと考えることはできない(一時的中断後も、それまでに治療を続けていたことで、心臓の機能的変化に加えて構造的変化という長く続く効果が存続していたかも知れない)
④比較的若年で軽症~中等症を対象とした30日という短期間での死亡リスクの調査は、信頼性が困難である(死亡率が低く、両群ともわずか9例の死亡に過ぎない、SaO2<94%は27.2%と低率、COVID-19治療に必要とした薬剤の情報も必要、参加施設における退院基準は異なっていたのか?どのようにしてサンプルサイズ=症例数、を決定したか?)
④主要評価項目を達成した割合は中断群91.8%、継続群95.5%と継続群で良好な傾向があるように思われる。より高齢でハイリスク例に絞ったCOVID-19による致死率が高い状況下では、継続群のメリットが一層明確になるかも知れない。     

Parati氏は次のようにコメントをまとめた。
╶╴無作為化臨床試験であり、重要な貢献となっている
╶╴その結果は、多分、最終的なものではない。COVID-19患者における死亡リスクに関与する年齢や併存疾患(患者が抱える様々な病気)を一緒に考慮することなしには、この結果を日常診療に移しかえることは困難かもしれない。
╶╴注意深く実施され、適切に分析された現場(real world)での観察研究が、無作為化臨床試験の適切な試験デザインを導く可能性がある。

なおParati氏の指摘のうちサンプルサイズに関しては、前出の論文に、「500例で90%の統計的検出力をもって、少なくても平均比(mean ratio)1.10が得られる」との記述が見られる。通常、有意差を持って優れる、あるいは非劣性(同等であること)を示すために必要な症例数があらかじめ計算され、それにのっとって登録が開始される。

このあと視聴者から質問に対してLopes氏は、さらに細かく分析を加えたところ、ACE阻害薬とARBの比較、65歳以上(4分の1相当)と65歳未満の比較でも結果は一致していた、高血圧緊急症発症や腎機能悪化に中断群と継続群で違いはなかった、などとの回答を寄せた。

前出の論文では、「我々の最初の仮説は、ACE阻害薬とARBの継続投与は中止と比較して、COVID-19感染の全経過に対して利益的だろうということだ」とも述べられている。BRACE CORONA試験の結果は、中断する臨床的利益がないことが示されたが、とくに継続の利益が示されたわけではない。この仮説の証明は、次なるCOVID-19無作為化臨床試験の課題となろう。

今後、BRACE CORONA試験の結果に関する詳細な論文が医学専門誌に掲載されれば、COVID-19治療の内容や退院基準などParati氏が指摘した疑問の一部は回答が得られるかも知れない。

同試験は非営利機構のD’or Institute for Research and Education(IDOR)からの資金援助のもとで行われた。











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