刑法 問題42

 甲は、かねて顔見知りのA女(20歳)を強姦しようと企て、自宅まで送ってやると言って、同女を自分の車に乗せた。途中で方向の違うことに気付いたA女が「降ろして」と頼んだが、甲は、かまわず車を疾走させた。人気のない山中に着くと、甲は、強姦の目的でA女を無理やり車外に引っ張りだし、押し倒そうとした。極度に畏怖したA女は、「お金をあげるから勘弁して」と言って現金3万円入りの財布を差し出した。甲がこの財布をA女から取り上げ、中身を調ぺているすきに、A女は逃げ去った。
 甲の罪責について論ぜよ。

※旧司法試験 平成2年度 第2問


1 甲は、Aを自宅まで送ると嘘をつき、「わいせつの目的」で車に乗せている。これは、欺罔を手段として、Aをその生活環境から不法に離脱させ、自己の実力支配下に移したため「誘拐」したといえ、わいせつ目的誘拐罪(225条)が成立する。
2 次に、甲が、Aを強姦目的で自分の車に乗せた行為に監禁罪(220条)が成立するか。
(1) Aを車の中という一定の区画内に置き、Aの場所的移動の自由を奪っていることから、「監禁」したといえる。
(2) もっとも、Aが車に乗った段階では、Aは甲が強姦目的で乗せたとは気づいていない。そこで、監禁されたことを客体が気づいていない場合でも監禁罪が成立するか。同罪が成立するためには、客体が身体活動を拘束されていることの認識の要否が問題となる。
ア この点、本罪の保護法益は、人の潜在的・可能的自由にあるため、客体が身体活動を拘束されていることの認識は不要と解する。
イ したがって、Aが監禁されたことに認識がなくても監禁罪が成立し得る。
(3) また、甲に上記事実の認識・認容があるため、故意(38条1項)も認められる。
(4) したがって、甲の上記行為に監禁罪が成立する。
3 さらに、甲が、強姦目的でAを車外に引っ張り出した行為に不同意性交等未遂罪(180条・177条)が成立するか。
(1) 甲は、Aに対して、無理やり車外に引っ張り出し押し倒すという、反抗を著しく困難にする程度の「暴行」(177条1項・176条1項1号)を用いている。
(2) では、甲は、「実行に着手」(43条本文)したといえるか。実行の着手時期が問題となる。
ア そもそも、未遂犯の処罰根拠は、構成要件的結果発生の現実的危険性を惹起した点にある。そこで、かかる危険性が認められた段階で「実行に着手」したといえると解する。
イ 本件では、通常人の立ち入らない山中で、車の中から出されれば、姦淫行為の現実的危険性が認められる。したがって、「実行に着手」したといえる。
(3) また、甲は、姦淫行為には及んでいないため、既遂には至っていない。
(4) さらに、甲に上記事実につき認識・認容があるといえ、故意が認められる。
(5) したがって、不同意性交等未遂罪が成立する。
4 では、甲がAから財布を取り上げた行為に強盗罪(236条1項)が成立するか。
(1) 前述のとおり、甲にAに対する暴行が認められるものの、これが同条項の「暴行」にあたるかが問題となる。
ア この点、強盗罪に重い法定刑が規定されているのは、暴行・脅迫を手段として財物を奪取する点にある。だとすると、同条項の「暴行」といえるためには、財物奪取に向けられている必要があると解する。ただし、従前の暴行等から生じた反抗抑圧状態を維持・強化する暴行脅迫があれば、新たな暴行脅迫があったといえ、「暴行」にあたると解する。
イ 本件では、甲の暴行は姦淫行為に向けられたものであり、財物奪取に向けられたものではない。また、甲は財物奪取意思を有してから財布を取り上げただけであり、新たな暴行・脅迫は認められない。
 したがって、「暴行」は認められない。
(2) よって、強盗罪は成立しない。
5 もっとも、甲の上記行為は、Aの推定的意思に反して、「財物」である財布を自己の占有化に移しているため「窃取」したといえ、窃盗罪(235条)が成立する。
6 以上により、甲の行為に、①わいせつ目的誘拐罪、②監禁罪、③不同意性交等未遂罪、④窃盗罪が成立し、甲はこれらの罪責を負う。そして、①と③、②と③は目的手段の関係にあるため牽連犯(54条1項後段)となり、①と②は併合罪(45条前段)となるが、③をかすがいとして、全体として科刑上一罪となる。これらと④は併合罪となる。
以上


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