刑事訴訟法 問題9

 甲は、乙と共謀の上、甲の姉である丙宅へ赴き丙から金銭を脅し取った。さらに、その帰り際に、丙が、甲及び乙を罵倒したので、甲及び乙は、腹いせに丙宅の棚を蹴り飛ばし、棚の上にあった丙所有の花瓶及び丙の夫丁所有の壺を壊した。
1 丙及び丁が、甲及び乙を器物損壊罪で告訴するべきか迷っていた場合、捜査機関は、当該器物損壊事実について捜査することができるか。
2 丙だけが、乙のみを恐喝罪及び器物損壊罪で告訴した。これを受けた検察官は、捜査を進めた上で、甲及び乙を、丙に対する恐喝罪と丙及び丁に対する器物損壊罪の容疑で起訴しようとしている。この場合に、甲に対する起訴は許されるか。


1 設問1
 器物損壊罪(刑法261条)は親告罪(同264条)であるところ、被害者である丙らからいまだ告訴(刑事訴訟法(以下法令名省略)230条以下)はなされていない。そこで、告訴のなき親告罪について捜査の可否が問題となる。
(1) この点、親告罪において告訴は訴訟条件であることからすると、その公訴提起の準備としての捜査も許されないと思える。 
 しかし、親告罪で告訴のない間、一切の捜査活動が許されないとすると、その後、告訴期間が経過する前に告訴がなされた場合、告訴されてから捜査したのでは手遅れになることも考えられる。
 そもそも、器物損壊罪が親告罪とされた趣旨は、被害の軽微性ゆえに刑罰権の発動も被害者の意思に委ねたものである。そこで、かかる趣旨が妥当しない場合、すなわち被害者の告訴が期待できない場合には捜査は許されるべきではないと解する。
 本件では、被害者丙らは告訴をするべきか迷っているにとどまり、告訴が期待できないとまではいえない。
 したがって、上記趣旨が妥当しないため、捜査が許されないとはいえない。
(2) よって、捜査機関は、当該器物損壊事実について捜査をすることができる。
2 設問2
(1) 恐喝罪について
 本件では、丙だけが乙のみを恐喝罪で告訴しているにもかかわらず、検察官は、甲及び乙を丙に対する恐喝罪の容疑で起訴しようとしている。
 ここで、恐喝罪は相対的親告罪(刑法251条・同244条2項)であるところ、丙のした告訴の効力が甲にも及ぶのかが問題となる。
ア この点、共犯の1人にした告訴は他の共犯者にも及ぶ(238条1項)。そうすると、乙にした告訴の効力は甲にも及ぶとも思える。
 もっとも、相対的親告罪が認められた趣旨は、家族関係の尊重にある。だとすると、告訴にあたって非親族が含まれている場合は、その者に対してのみ告訴がなされたと考えるべきであり、当該告訴の効力は親族共犯者には及ばないと解する。
 したがって、丙の乙のみを告訴した効力は甲に及ばないと考える。
イ よって、告訴されていない甲の起訴は訴訟条件を欠くこととなるため許されない。
(2) 器物損壊罪について
 本件でも、丙だけが乙のみを器物損壊罪で告訴しているところ、検察官は、甲及び乙を、丙及び丁に対する器物損壊罪で告訴している。
ア ここで、器物損壊罪は相対的親告罪でないため、丙の告訴の効力は乙のみならず甲にも及ぶ。したがって、甲に対する、丙所有の花瓶を損壊した被疑事実についての起訴は許される。
イ では、丁所有の壺を損壊した被疑事実についてはどうか。丙のした告訴の効力が右被疑事実にまで及ぶのかが問題となる。
(ア) この点、一個の犯罪の一部について告訴があった場合は、犯罪事実全体についてその効力が及ぶのが原則である。これは、告訴は犯罪事実を対象とするものであり、通常、告訴人に訴追・処罰を限定する意思はないからである。
 もっとも、親告罪の場合はこのように解すると、前述の親告罪を認めた趣旨に反することから、被害者が複数いる場合、1人のした告訴は他の被害者に関する事実には及ばないと解する。
(イ) したがって、丙のした告訴は、他の被害者丁に関する被疑事実である丁所有の壺を損壊した被疑事実には及ばない。
ウ よって、甲に対する、丁所有の壺を損壊した被疑事実についての起訴は許されない。
以上


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