刑法 43


問題

 甲は、無賃乗車をしようと決意し、乙が運転するタクシーを停車させ、乗車後、乙に対し、A地点までの運転を依頼したので、乙はタクシーを発車させた。同地点の1キロメートル手前に来た時、甲は、逃走するため、「ちょっと電話をかけたい。」と言って停車を指示したので、乙はこれに従って停車した。甲は、タクシーから降りて付近の電話ボックスの方に向かったが、挙動に不審を持った乙が追いかけてきたので、運賃の支払を免れるため、乙を殴り倒して気絶させた。甲は、更に売上金を奪おうと考え、タクシーの中から5万円を持ち出して逃走した。甲の罪責を論ぜよ。

※旧司法試験 平成6年度 第2問

答案

1 甲が、無賃乗車するつもりで乙の運転するタクシーに乗車し、運転を依頼した行為に2項詐欺罪(246条2項)が成立するか。
(1) 甲は、代金を支払うつもりがないにもかかわらずA地点までの運転を依頼をすることにより、乙は甲が代金を支払うものと錯誤に陥っているため、「欺い」たといえる。
(2) それにより、乙は、甲に運転役務を提供しているため、甲は「財産上不法の利益」を得たといえる。
(3) さらに、甲に上記事実につき認識・認容があるため、故意(38条1項)も認められる。
(4) したがって、2項詐欺罪が成立する。
2 次に、甲が、「ちょっと電話をかけたい」と嘘をついてタクシーから降りた行為に2項詐欺罪が成立するか。
(1) 2項詐欺罪が成立するためには、不可罰的な利益窃盗との区別から処分行為が必要なところ、乙に処分行為があったといえないのではないか。そこで、処分行為の内容をどのように考えるのかが問題となる。
ア この点、利益移転の意思表示がない限り処分行為とはいえないとすると、相手方に移転する客体を認識させる必要がある。だとすると、典型的な類型を詐欺罪から除外することとなり妥当でない。そこで、詐欺罪における処分行為とは、何らかの財物が移転すること又は事実上相手方に利益を与えることの認識があれば、処分行為として認められると解する。
イ 本件では、乙はタクシーを停止させただけであり、上記認識があったとはいえない。
ウ したがって、処分行為があったとはいえない。
(2) よって、上記行為に2項詐欺罪は成立しない。
(3) なお、詐欺罪における欺罔行為は処分行為に対してなされる必要があるところ、本問ではA地点の1キロメートル前で上記欺罔行為がなされている。そうだとすると、乙に処分行為をする可能性がなかったことから、「ちょっと電話をかけたい」との欺罔行為があったとしても、これは処分行為に対してなされたとはいえず、そもそも実行行為性が認められない。したがって、詐欺未遂罪(250条・246条)も成立しない。
3 そうだとしても、甲は、運賃の支払いを免れるために乙を殴り倒して気絶させている。そこで、2項強盗罪(236条2項)が成立しないか。
(1) 甲は、殴り倒すという、乙の反抗を抑圧するに足りる「暴行」(同条1項)を用いている。
(2) また、乙は、これにより気を失っており、事実上甲に代金の支払いを請求し得ないため、甲は「財産上不法の利益を得」たといえる。
(3) さらに、甲に上記事実の認識・認容があるために故意も認められる。
(4) したがって、2項強盗罪が成立する。
(5) なお、強盗罪は「暴行又は脅迫」を予定している以上、軽微な傷害は同罪に評価されていることから、「気絶」という軽微な傷害では強盗致傷罪(240条前段)は成立しない。
4 では、甲がさらに売上金の5万円を奪った行為に1項強盗罪(236条1項)が成立するか。
(1) 本罪が成立するためには財物奪取に向けた「暴行」が必要なところ、甲が売上金を奪おうと考えた時点以降で右暴行はなされてない。
 したがって、1項強盗罪は成立しない。
(2) もっとも、乙の意思に反して売上金を自己の下に占有移転させているため「窃取した」(235条)といえ、上記行為に窃盗罪が成立する。
5 以上により、甲の行為に2項詐欺罪、2項強盗罪及び窃盗罪が成立するが、2項詐欺罪は重い2項強盗罪に吸収される結果、甲は2項強盗罪及び窃盗罪の罪責を負う。両者は併合罪(45条前段)となる。
以上

論点

2項詐欺罪 2項強盗罪 1項強盗罪 窃盗罪
処分の意思の要否(2項詐欺罪)
事後的奪取意思(強盗罪)

条文

246条 236条 235条


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