刑法 48
問題
甲は乙にAの殺害を依頼し、乙はこれを引き受けた。甲は、犯行準備のための資金として乙に現金100万円を手渡し、A殺害後には報酬としてさらに200万円を支払うことを約束した。その後、乙は、その妻丙から「甲なんかのために、危ない橋を渡ることはない。」と説得され、殺害を思いとどまり、丙と二人でその100万円を費消した。そのころ、Aは既に重病にかかっており、しばらくして病死したが、乙はこれに乗じて、甲に対し自分が殺害したように申し向けて約束の報酬を要求し、現金200万円を受け取った。その夜、乙は、丙にこれを自慢話として語り、同女にそのうちの100万円を与えた。
乙及び丙の罪責を論ぜよ。
※旧司法試験 平成10年度 第2間
答案
第1 乙の罪責
1 乙の、甲から手渡された100万円を消費した行為に横領罪(252条1項)が成立するか。
(1) まず、右100万円が「他人の物」にあたるか。
ア 金銭は民法上所有と占有が一致することから問題となる。
この点、民法では取引の安全の観点からこのように考えられているため、刑法上このように解する必要性はない。また、また、刑法上保護する必要があることから、金銭にも他人性が認められると解する。
イ そうだとしても、右100万円の交付は、不法原因給付(民法708条)にあたり、甲は返還請求権を有していない。そのため、「他人の物」とはいえないのではないか。
この点についても、前述のとおり、民事と刑事では目的が異なる以上、交付者の所有権は刑法上保護に値する。
したがって、不法原因給付物でも「他人の物」にあたる。
ウ したがって、上記100万円は、乙「の占有する他人の物」にあたる。
(2) また、占有離脱物横領罪(254条)との区別から、右占有は委託信任関係を要すると解する。では、殺害依頼という不法な委託信任関係も横領罪の要する委託信任関係にあたるかが問題となる。
この点ついても、財産的秩序保護の観点から、不法な委託信任関係でもこれを認めるべきであると解する。
したがって、甲乙間に委託信任関係が認められる。
(3) では、「横領した」といえるか。その意義が問題となる。
ア この点、「横領」とは不法領得の意思を発現する一切の行為をいう。そして、横領罪においては占有が両得者に移転している以上、不法領得の意思とは、委託の任務に背いて権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思をいうと解する。
イ 本件では、乙はAを殺害していないにもかかわらず受け取った100万円を消費している。これは、委託の任務に背いて権限がないのに甲でなければできないような処分である。
ウ したがって、「横領した」といえる。
(4) さらに、乙の上記行為の認識・認容があるといえ、故意(38条1項)も認められる。
(5) よって、乙の上記行為に、後述のとおり横領罪の共同正犯が成立する。
2 次に、乙が、自分が殺害したとして200万円を受け取った行為に詐欺罪(246条1項)が成立するか。
(1) 乙は、自分が殺害していないのに殺害したと欺いて200万円を甲に請求している。これにより甲は錯誤に陥り200万円を「交付」しているので、「欺いて財物を交付させた」といえる。
(2) もっとも、右200万円は、殺害依頼という不法な原因に基づいて給付されており、甲はこれの返還請求権を有していない。しかし、欺かれなければ財物を交付しなかったという関係が認められる以上、この交付により物に対する使用・収益が害されたといえる。
したがって、甲に財産上の損害があるといえる。
(3) また、乙は上記事実につき認識・認容があるため故意も認められる。
(4) よって、詐欺罪が成立する。
3 以上により、乙は横領罪と詐欺罪の罪責を負う。両罪は併合罪(45条前段)となる。
第2 丙の罪責
1 丙が、乙と共同で100万円を消費した行為に横領罪の共同正犯(60条)が成立するか。
(1) 横領罪は「他人の物」を占有者に成立する犯罪あるところ、非占有者である丙にも成立するのかが問題となる。
横領罪は占有者に成立する真正身分犯である。ここで、65条は1項で真正身分犯についての成立と科刑、2項で不真正身分犯についての成立と科刑を規定した条文であると解されるため、65条1項の問題となる。
そして、非身分者も身分者を通じて法益を侵害することが可能であるから、同条項の「共犯」には共同正犯も含むべきと解する。
そこで、自ら犯罪を犯す意図を有する者と共同して横領行為を行う場合には、65条1項により共同正犯としての罪責を負うというべきである。
(2) また、共同正犯が認められる根拠は、相互に他人を利用・補充し合うことで法益侵害に対する因果性を形成した点にある。そこで共同正犯が成立するためには、意思の連絡があり、共同実行の意思をもって犯罪を行うことを要すると解する。
丙は、乙と連絡があり、二人で100万円を消費し横領していることから、共同実行の意思も認められる。
よって、共同正犯が成立する。
(3) 以上により、丙の上記行為は「横領した」といえ、横領罪の共同正犯が成立する。
2 次に、丙が、乙から100万円を受け取った行為に盗品等無償譲受け罪(256条1項)が成立するか。
(1) 丙は、乙より詐欺罪という「財産に対する罪に当たる行為によって領得」された200万円のうち100万円を「無償で譲り受け」ている。また、これらの認識・認容があるため、故意も認められる。
(2) もっとも、乙丙は夫婦であるため、257条1項の適用が考えられるところ、同条項はどのような関係に親族関係が認められるかが問題となる。
この点、同条項の趣旨は、親族が本犯者を庇護し利益を助長する行為には期待可能性が減少する点にある。そこで、親族関係は、本犯者と盗品犯人の間に必要だと解する。
本件では、本犯者は乙と盗品犯は丙は「配偶者」の関係にある。したがって、丙に同条項の適用があり、刑が必要的免除される。
3 以上により、丙は横領罪の罪責と盗品等無償譲受け罪の罪責を負うものの、後者は刑が必要的免除される。
以上
論点
横領罪 詐欺罪 盗品等無償譲受け罪
財物の他人性
不法原因給付と横領
不法な委託信任関係
横領の意義
不法原因給付と詐欺
65条1項「共犯」の意義
共同正犯
257条に適用される親族関係
条文
252条 246条 65条 257条
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