刑法 問題26

 甲は、食料品店主Aに対し、「指定した口座に400万円振り込まなければ、商品に毒を入れるぞ。」と電話で吾し、現金の振込先としてB銀行C支店の自己名義の普通預金口座を指定した。やむなくAが二回に分けて現金合計400万円の振込手続を行ったところ、200万円は指定された口座に振り込まれたが、二回目の200万円は、Aの手続ミスにより、同支店に開設され、預金残高が37万円であった乙の普通預金口座に振り込まれてしまった。その直後、乙が、30万円を通帳を使って窓口で引き出したところ、なお残高が207万円となっていたので、誤振込みがあったことを知り、更に窓口で100万円を引き出した。乙は、家に戻りその間の事情を要丙に話したところ、丙は、「私が残りも全部引き出してくる。」と言って同支店に出向き、乙名義の前記口座のキャッシュカードを用い、現金自動支払機で現金107万円を引き出した。 
 甲、乙及び丙の罪責について、他説に言及しながら自説を論ぜよ。

※旧司法試験 平成11年度 第2問


1 甲の罪責
(1) 甲の、Aに対して電話で脅し現金を自己の口座に振り込ませた行為に恐喝罪(249条)が成立するか。
ア 甲は、「商品に毒を入れるぞ」とAを畏怖させて、それによりAに現金を振り込ませているため、「恐喝し」たといえる。
イ もっとも、銀行口座に振り込ませる行為は、「財物を交付」(同条1項)もしくは「財産上不法の利益を得」た(同条2項)のか、どちらにあたるのかが問題となる。
 この点、銀行振り込みにより、預金者が銀行に対し消費寄託契約に基づく返還請求権を得るとして2項恐喝罪が成立するとも考え得る。 
 しかし、自己名義の預金口座に入金されれば、現金自動支払機によりほぼ確実に現金を引き出せるため、「財物の交付」を受けたとして1項恐喝罪が成立すると解する。
ウ また、上記事実につき認識・認容もあるため故意(38条1項)も認められる。
エ したがって、上記行為に1項恐喝罪が成立し得る。
(2) もっとも、200万円は甲名義の振り込みされ、残り200万円は乙名義の口座に入金されている。そこで、乙名義の口座に着金した分についても既遂となるのか。恐喝罪の既遂時期が問題となる。
ア この点、恐喝罪も交付罪である以上、交付を受けたか否で判断すべきであると解する。
イ したがって、自己の口座の着金した200万円については既遂、乙の口座の着金した分については甲は交付を受けたといえないため、未遂となると解する。
(3) 以上により、甲の上記行為に、200万甲の口座に着金した分については1項恐喝既遂罪が成立し、乙の口座に着金した残り200万円については1項恐喝未遂罪が成立する。そして、甲はこれら二罪の罪責を負う。なお、これらはひとつの恐喝行為になされたものであるため、観念的競合(54条1項前段)として処断される。
2 乙の罪責
(1) 乙の、誤振込みされた200万円のうち100万円を窓口から引き出した行為に詐欺罪(246条)が成立しないか。
ア そもそも、誤振込みなされた金銭についても民法上有効に預金債権が成立するため、これを引き出しても1項詐欺罪は成立しないとも思える。
 しかし、右債権は真の権利者が誤振込みであることを主張すれば失われてしまうものである。また、銀行は誤振込みした金銭につき調査する必要性から、誤振込みなされた金銭については銀行に占有があると解する。
 したがって、1項詐欺罪が成立し得る。
イ 乙は、200万円の誤振込みがあったことを知っている以上、誤振込みがあったことを銀行に伝える信義則上の義務がある。したがって、これを伝えず銀行員に引き出しを依頼する行為は「欺」く行為といえる。
ウ これにより、銀行員は、乙に100万を引き出す権利があると誤信し、本来引渡すことのできない現金100万円を支払っているため、乙は「財物」の「交付」を受けたといえる。
エ また、上記事実につき認識・認容があるといえ故意も認められる。
オ したがって、上記行為に詐欺罪が成立する。
 なお、乙の100万円引き出し時には、正当な権利で引き出せる金額である7万円の残高があったものの、100万円を引き出す権利がなかった以上、93万ではなく100万円全額についての詐欺罪が成立する。
(2) 乙の、丙に対して誤振込みされた事情について話した行為について窃盗罪の共同正犯(60条・235条)が成立しないか。
 この点について、後述するように丙に窃盗罪が成立するところ、乙は実行行為を行っていない。そのため、「犯罪を共同して実行した」とはいえないのではないか。
ア そもそも、共同正犯が正犯とされるのは、正犯意思をもって法益侵害に対する直接的な因果性を形成した点にあるところ、実行行為を行っていなくても、直接的な因果性を形成することは可能である。そこで、正犯意思を前提とする共謀が認められ、これに基づく実行行為が行われている場合には、共同正犯が成立すると解する。
イ この点、丙の引き出しにより利益を得たのは丙であるものの、乙丙が夫婦であり家計が同一であることからすると、乙も経済的利益を受けると評価することもできる。また、誤振込みなされた口座は乙名義のものであり、乙のキャッシュカードを使うことができなければ丙はそもそも現金を引き出せず、それを乙が許した以上、乙は丙の犯行について重要な役割であったといえる。そうすると、乙は、丙の窃盗について自己の犯罪として行う意思を有していたといえるから、正犯意思が認められる。そして、誤振込みがあった事情を丙に伝え、それを聞いた丙が「私が残りも全部引き出してくる。」といっていることから、乙丙に共謀があったといえる。したがって、正犯意思を前提とした共謀が認められる。
 そして、その共謀に基づき丙が窃盗行為に及んでいるため、共謀に基づく実行行為も存する。
ウ よって、乙の上記行為に窃盗罪に共同正犯が成立する。
(3) 本件では、誤振込みなされた200万円ついて2回に分けて得たといえるため、軽い詐欺罪は重い窃盗罪に吸収される結果、乙の行為に、窃盗罪の共同正犯のみが成立し、乙は同罪一罪の罪責を負う。
3 丙の罪責
 丙の、乙のキャッシュカードを使って誤振込みされた金銭107万円を引き出した行為に窃盗罪が成立するか。
(1) この点、現金自動支払機は機械であるが故に錯誤の陥らないため、詐欺は成立しない。また、前述のとおり、誤振込みなされた金銭は、銀行が占有を有するため、横領罪(252条)も成立しない。
(3) そして、キャッシュカードで引き出す行為は、銀行の意に反して財物である現金を自己の占有下に移転させたといえ、「窃取」したといえる。
(4) また、不法領得の意思とともに、上記事実の認識・認容があるといえ、故意も認められる。
(5) したがって、丙の上記行為に窃盗罪の共同正犯が成立する。
 なお、前述のとおり、107万円全額について成立すると解する。
 以上により、丙は同罪一罪の罪責を負う。
以上


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