刑法 問題38

 甲と乙は、丙から教唆されてA宅に侵入して強盗することを決心し、某夜、共に短刀を持ってA宅に赴いたが、戸締りが厳重なので、A宅への侵入を断念した。甲は、「せっかく来たのだから、別の家に強盗に入ろう。」と乙に言ったが、乙は、これに応ぜず、帰ってしまった。甲は、ひとりでB宅に侵入し、Bに短刀を突きつけ、金品を強取した。
 甲、乙及び丙の罪責を論ぜよ。

※旧司法試験 昭和51年度 第1問


第1 甲の罪責
1 甲の、乙と共に、A宅に侵入しようとした行為は、住居権者Aの意思に反する立ち入りであるため「侵入」(130条)にあたる。もっとも、これを遂げていないため、住居侵入未遂罪(132条・130条前段)の共同正犯が成立する。
2 甲の、B宅に強盗目的で侵入する行為に、住居侵入罪(130条前段)が成立する。
3 甲の、Bに短刀を突きつけ金品を強奪する行為は、Bの反抗を抑圧するに足りる暴行を手段として財物を強取する行為といえるため、強盗罪(236条)が成立する。
4 以上により、甲は、①住居侵入未遂罪、②住居侵入罪、③強盗罪の罪責を負う。②と③は目的手段の関係にあるため牽連犯(54条1項後段)となる。これと①は併合罪(45条前段)となる。
第2 乙の罪責
1 前述の通り、A宅に侵入しようとした行為に住居侵入未遂罪が成立する。
2 では、B宅に対する強盗罪が成立するか。乙は、甲と共にA宅に強盗に入る旨の共謀があるところ、右共謀が、甲がしたB宅に対する強盗にまで及ぶとする共謀共同正犯が成立しないかが問題となる。
(1) そもそも、共同正犯において一部実行全部責任を負う根拠は、法益侵害に対する因果性を直接的に形成した点にある。そして、実行行為を行わずとも、法益侵害に対する因果性を直接的に形成することは可能である。
 そこで、正犯意思を前提とした共謀が認められ、かかる共謀に基づき実行行為が行われた場合には、実行行為を行わずとも共謀共同正犯が成立すると解する。
(2) ここで本件の共謀について検討するに、甲乙に、A宅に強盗に入る旨の共謀は認められるものの、これをもってB宅に強盗に入る旨の共謀があったと認めることは自由保障の見地から許されない。また、甲がB宅に強盗に入る前に、乙はこれに応じず帰ってしまったことから新たな共謀も認められない。したがって、そもそも共謀が認められないと解する。
(3) したがって、共謀共同正犯は成立しないため、乙は強盗罪の罪責を負わない。
3 もっとも、乙は強盗の準備行為としてナイフを用意しているため、右行為に強盗予備罪(237条)が成立する。
 なお、強盗予備罪は強盗罪が成立しない場合の補充的な規定であるため、甲に強盗罪が成立する以上強盗予備罪は成立しない。したがって、乙には単独正犯が成立する。
4 以上により、乙は、住居侵入未遂罪の共同正犯と強盗予備罪の罪責を負い、両者は併合罪となる。
第3 丙の罪責
1 丙が、甲乙に、A宅に侵入して強盗するよう教唆した行為に、住居侵入未遂罪の教唆犯(61条1項・132条・130条前段)が成立する。
2 では、甲がB宅にした強盗に、住居侵入罪及び強盗罪の教唆犯が成立するか。
(1)丙は、A宅に強盗をするよう甲に教唆したことから、丙の教唆行為と甲がB宅にした強盗との間に因果関係が認められないとも思えることから問題となる。
ア 教唆犯が成立するためには、教唆行為と正犯の犯罪行為との間に因果関係が必要なところ、その判断は教唆行為の持つ危険性が正犯を通じて結果へ現実化したか否かで判断すべきと解する。
イ これを本件についてみると、強盗が指示された客体とは別の客体に向けてこれを行うことは一般的にあり得ることである。だとすると、丙のした、A宅に強盗に入るよう教唆した行為のもつ危険性が現実化したことにより、実際に甲がB宅へ強盗したといえるから、因果関係が認められると解する。
(2) そうだとしても、丙は、A宅に強盗するよう指示しているにもかかわらず、甲がB宅に強盗に入ったことから、故意(38条1項)が認められないのではないか。
ア そもそも故意責任の本質は、規範に直面したにもかかわらずあえて行為でたことに対する非難にある。そして、その規範は構成要件という形で与えられている。そこで、構成要件的評価で一致していた場合には故意責任を問うことができるため、かかる場合には故意は阻却されないと解する。
イ 本件では、AもBも「人」という点で構成要件的評価で一致している。したがって故意が認められる。
(3) よって、甲のB宅への住居侵入罪及び強盗罪の教唆犯が成立する。
3 では、乙に成立した強盗予備罪の教唆犯も成立するか。
 この点、実行行為概念の相対性から、予備にも「実行」(61条1項)行為性が認められる。また、正犯が可罰的な予備を行った以上、それに関与する共犯が成立するのは実行従属性の観点から当然である。
 したがって、乙の教唆行為に、強盗予備罪の教唆犯が成立する。
4 以上により、丙の教唆行為にA宅への住居侵入未遂罪の教唆犯、B宅への住居侵入罪の教唆犯と強盗罪の教唆犯、乙の強盗予備罪の教唆犯が成立し、これらの罪責を負う。ただし自然的観察において一つの行為でなされているために、これらは観念的競合(54条1項前段)となる。
以上


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