刑法 問題41

 暴力団員甲は、密売人Aから覚せい剤を騙し取ろうと考え、Aに対し「400万円で覚せい剤1キロを売ってくれ。代金は10日後に払う。」と嘘をつき、Aから党せい剤1キログラムを受け取った。約束の期日になっても甲が代金を支払わないので、Aは、甲に対し「400万円を払え。払えないなら覚せい剤を返せ。」と強く要求したところ、甲は、この取引を知っているのは自分とAだけであることを奇貨として、Aの要求を封ずるためAを殺害した。
 甲の罪責を論ぜよ。

※旧司法試験 昭和62年度 第2問


1 甲の、Aを騙して覚せい剤を交付させた行為に詐欺罪(246条1項)が成立するか。
(1) 甲は、代金を支払うつもりがないのに支払うとAを錯誤に陥らせて覚せい剤を交付させているため、「欺い」たといえる。
(2) もっとも、交付させたのは覚せい剤という禁制品にあたる物である。そこで、このような禁制品でも246条1項「財物」にあたるか。
ア この点、禁制品であっても一定の手続きを経なければ没収等されないため、その限度で財物性を認めることができる。したがって、禁制品でも財物にあたると解する。
イ よって、甲は「財物を交付させた者」にあたる。
(3) また、甲には上記事実につき認識・認容があるため故意(38条1項)も認められる。
(4) 以上により、甲の上記行為に詐欺罪が成立する。
2 次に、甲の、Aを要求を封ずるために殺害した行為に強盗殺人罪(240条)が成立するか。
(1) 同罪が成立するためには、甲が「強盗」にあたることが必要である。そこで、甲の上記行為に2項強盗罪(236条2項)が成立するかを検討する。
ア まず、甲は、殺害行為という暴行の最たる手段を用いているため、「暴行・・・した者」(236条1項)にあたる。
2 では、甲は「財産上不法の利益を得」といえるか。
(1) 本件売買契約は公序良俗違反であることから無効(民法90条)であり、Aは代金支払請求権を有していない。また、覚せい剤についても不法原因給付物(同708条)にあたることから、Aは返還請求権を有していない。そこで、Aに財産上の損害が認められず、甲は「財産上不法の利益を得」たといえないのではないかが問題となる。
 この点、前述のとおり禁制品にも財物性が認められる以上、これに係る請求権についても刑法上保護して財産法秩序を維持する必要がある。そこで、禁制品に係る請求権についても「財産」性が認められる結果、2項強盗罪が成立し得ると解する。
(2) そうだとしても、2項強盗が成立するためには、1項強盗との均衡上、利益の移転を明確する必要性から処分行為を要するのではないかが問題となる。
ア この点、強盗罪は暴行・脅迫により相手側の反抗を抑圧し財物を奪取することを本質とする犯罪である。だとすると、相手側の処分行為はなし得ない場合も予定されていることから、これを要しないと解する。
 もっとも、1項強盗との均衡上、直接的、具体的かつ確実な財産的利益の移転が必要だと解する。
イ 本件では、甲A間の取引を知っているのはこの両者のみである。だとすると、Aを殺害すれば上記請求権につき請求することができる者が事実上いなくなることから、甲に直接的、具体的かつ確実な財産的利益の移転があったといえる。
(3) したがって、甲は「財産上不法の利益を得」たといえる。
(4)  また、甲に2項強盗の客観的構成要件事実につき認識・認容があるため、故意も認められる。
(5)  したがって、2項強盗罪が成立することから、甲は「強盗」にあたる。
3 もっとも、甲は、Aを殺意もって殺害している。そこで240条後段の「死亡させたとき」に、故意ある場合も含まれるかが問題となる。
(1) そもそも、240条の趣旨は、強盗の機会に人を死傷させることが犯罪学上顕著だからである。そして、強盗が故意をもって死傷させることはまさにその典型といえる。そのため、「死亡させたとき」に故意ある場合も含まれると解する。
(2) したがって、本件でも、故意を有する甲との関係においても、強盗殺人罪が成立する。
4 以上により、甲の行為に詐欺罪と強盗殺人罪が成立するものの、これら二罪は実質的に同一の法益侵害に向けられているため、軽い前者は重い後者に含まれる結果、甲は強盗殺人罪のみの罪責を負う。
以上


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